ブログ 「ごまめの歯軋り」

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また北朝鮮の「ゆすり・たかり外交」を見た

2008年06月11日 | 時事問題
asahi.com
2008年6月11日6時35分
北朝鮮、日本に4千万ドル負担要求 非核化の見返りに
 【ソウル=箱田哲也、稲田清英】韓国政府当局者は10日、北朝鮮が非核化に向けた措置の見返りの経済・エネルギー支援として、無煙炭のガス化施設の建設を求めていることを明らかにした。北朝鮮は建設費用のうち4千万ドル(約42億円)を日本に負担するよう求めている。
 6者協議の「経済及びエネルギー作業部会」の南北代表が5日、板門店で協議した際に北朝鮮が要求した。北朝鮮側は施設建設自体は中国に任せるという。
 北朝鮮は核関連施設の無能力化作業を進めており、これらの見返りとして重油計100万トン分の支援を受けることになっているが、日本政府は拉致問題の進展がないとして支援に参加していない。韓国などからは日本の早期参加を求める声が出ており、北朝鮮はあえて日本を名指しすることで揺さぶりをかけたのではないかと見られている。

軍事圧力と無償援助の要求のセット外交 北朝鮮のいつもの手
北朝鮮は冷戦終結後はロシアの支援がなくなり中国の支援が縮小されて以来「瀬戸際外交」を基本にしてきた。瀬戸際外交にとってミサイル発射するといっては、核開発をするといっては譲歩を引き出してきた。ところが2006年6月5日ミサイルを発射し、10月9日の核実験は事態は大きく制裁へ踏み出した。これは譲歩を外交目的とする「瀬戸際外交」の大きな失敗である。西側の譲歩がなくなり制裁が行われたのである。それほど金政権は国内で追い詰められていたのである。若し核開発を放棄したら,北朝鮮はただの貧乏国しかも最貧国にすぎない。ロシア、中国に見捨てられ崩壊の危機に直面し、米国の脅威に曝された感じた支配者が自暴自棄の核開発に走ったのである

ノーベル経済学賞受賞者のハイエク博士の「隷従への道」で北朝鮮を全体主義国家と軍事国家と指摘した。北朝鮮では国家という概念も稀薄で王朝と呼ぶほうが的を得ている。金一族=国家であった。(平安時代に日本でも藤原家=国家であった)、自らを金日成民族とか金日成国家と誇らしげに表現する。支配者への忠誠心が経済に優先し、1998年憲法改正で金正日は先軍政治という軍部独裁政権を作った。社会主義さえも放棄した。共産党の独裁から軍部独裁へ移行した。この政権では旧ソ連留学経験を持つ軍人は殆どが粛清された。ソ連崩壊とともに党の支配は終わったのである。儒教的伝統が辛うじて崩壊を防いでいる。それは価値観を同じくする韓国が全面的に援助しているからだ。 中国はこれまで何度も北朝鮮に開放改革を指導してきたが、北朝鮮指導者は全く耳を貸さなかった。開放すれば国内が目覚め支配体制が崩壊するから鎖国制度を維持するのであろうが、改革がなぜできないのか。改革という言葉は金日成・金正日の指導の全面否定につながるので、間違っても口に出来ない。口にすれば国家反逆罪で銃殺になる。

読書ノート 河野稠果著 「人口学への招待」 中公新書

2008年06月11日 | 書評
人口学は人口減少と少子・高齢化をどこまで解明したのか 第4回
人口学の基礎ー人口変動三要因と生命表 (2)

 「人口変動要因の三要素」のうち一番基本的で計算しやすいのが死亡である。出生は社会的・経済的諸要素の影響を受けやすいが、死亡は純粋に生物学的に決定されるからである(戦争、流行性疾病などのかく乱因子はあるが)。人口学は実に英国のグラントが1662年に近代的生命表(死亡表)を作成したのに始まる。生命表は人口現象の最も基本的なモデルである。生命表は厚生労働省統計情報部で発行している。ちなみに平成十七年度の生命表は「http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/08/dl/s0807-3b.pdf」で見ることが出来る。私もかっては生命表の読み方が出来なかったが、本書で生命表が読めるようになった。それだけでも本書を読んだ価値はあった。人口は封鎖人口の状況にあって移動はなく、人口は死亡によってのみ減少すると云う原理で年代死亡確率を与えられると非常に分りやすい。一切の曖昧さもなく確定できる見事な理論である。多少確立論の知識は必要である。図表なしには生命表は理解できないので、この読書ノートでは残念ながら省略する。年齢区分ごとに死亡確率が与えられ、生存数は0歳児10万人を基数としてその減少を計算するのである。 死亡数は生存数に死亡確率をかけて求める。次の年齢区分の生存数は前の年齢区分の生存数ー死亡数で計算する。こうして全年齢区分での生存数は逐次計算される。年齢区分を横軸にして生存数をプロットすると生存数曲線が得られる。この生存数曲線の各年齢区分ごとの面積とその年齢以降の生存曲線の面積を定常人口といい、全年齢の合計面積が生存総延べ年数である。平均余命とは生存総延べ年数を10万人で割った数値である。2005年の女性生命表では0歳児の平均余命は85.49歳、男子は78.53歳である。しかし誤解されやすいのは、平均寿命は0歳児の平均余命であるが、既に成人している人或いは老人はもっと長生きするのである。例えば女性で今60歳の人の平均余命は27.62歳すなわち87.62歳までと予測される。

 生命表は人口推計になくてはならのもので、コーホート要因法(世代の生残率)で利用される。たとえば生存数曲線で40歳から44歳の生存延べ年数で45歳から49歳までの生存延べ年数(年齢区分の生存曲線の面積)を割った比がその世代の生残率である。生命表から得られた生残率を前回の国勢調査人口に掛けると5年後の期待人口が出る。5年後の国勢調査人口と期待人口の差が純移動人口となる。東京では若い人の移動(流入)人口があるが、他の年齢では流出しているのである。日本の平均寿命は増加している。いまや世界一の長寿国になった。老人はいわゆる成人病(ガン、脳血管損傷、心臓疾患)で60%が死亡する。加えて免疫力低下による肺炎による死亡もある。平均寿命の伸長は個人の生活水準(収入)に比例すると云う意見もあるが、相関は収入による寄与は25%に過ぎなかった。医療や保険といった社会システム、教育水準や衛生・栄養知識の普及と云うソフトインフラ効果が75%以上と云う結果であった。

文芸散歩 「平家物語」 佐藤謙三校註 角川古典文庫

2008年06月11日 | 書評
日本文学史上最大の叙事詩 勃興する武士、躍動する文章 第65回
平家物語 卷第十一

大阪越
平家の陣を近藤六親家に尋ねると屋島には千騎ほどだという。平家は各地に兵を分散させていたようだ。阿波の平家方田内左衛門教能が伊予国の河野征伐に出て留守なのを幸いに、阿波と讃岐の境の大阪越を夜を徹して越えた。二月十八日、讃岐国引田から高松に着いて、高松を焼き払って屋島に向った。屋島では源氏が大勢で攻めてきたと思って沖の船に避難したが、屋島の御所を焼き払った源氏義経軍は七八十騎ばかりが渚にでた。

嗣信最後
能登殿は源氏の兵が少ないのを見て、越中次郎兵衛盛嗣を先頭に五百騎を濱に繰り出した。源氏側から伊勢三郎、平家側から次郎兵衛盛嗣がでて口上合戦をやってから、能登殿は強弓の手で奥州の佐藤三郎兵衛嗣信を射落とし、その首をとりに出た能登殿の童菊王丸は嗣信の弟忠信の矢で殺されたので、暫く源平のにらみ合いが続いた。

那須与一
義経軍は現地の雑兵をあつめて三百騎程になったが、その日は暮れて引き上げようとしたところ、平家側より船の上に女房が現れ紅の扇をかざして、これを射よと源氏を挑発してきた。義経矢の名人を募ったところ、下野国那須太朗与一宗高が名乗り出て沖の扇に矢を放つと、扇は空へ上がりさっと散った。源氏は箙を叩いて、平家は舷を叩いて感じ入った。

自作漢詩 「雨中読書」

2008年06月11日 | 漢詩・自由詩


江心白鷺雨疏     江心の白鷺 雨疏疏たり

岸上黄梅欲落     岸上の黄梅 落んと欲する初め

鬱屈難開全廃酒     鬱屈開き難く 全く酒を廃し
 
寂寥懶出静繙     寂寥出づるに懶く 静に書を繙く

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(赤い字は韻:六魚 七言絶句平起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)

CD 今日の一枚 テレマン「パリ四重奏曲(1738)」

2008年06月11日 | 時事問題
テレマン「パリ四重奏曲(1738)」
フルート:有田正広 ヴァイオリン:寺神戸亮 ヴィオラダガンバ:上村かおり チェンバロ:ルセ 
DDD 1992 DENON

テレマンは楽譜銅板印刷も自分で行い「予約出版」という販売方法をとった商売熱心な作曲家であった。当時の貴族相手の音楽商売を一般市民(富裕層)の音楽愛好家までを対象とし、平易で弾き易く楽しい音楽を目指したようだ。