チューリップ
神戸サンチカの花壇
今年初めて団体さんのチューリップを見た
たまちゃんと「由紀さおり安田祥子」のコンサートに行った。その前に「伊藤グリル」でランチをしようと提案してありました。
たまちゃんとの待ち合わせに少々早いが、彼女も何時も早いので、待ち合わせ場所に行ってみた。彼女は既に着いていた。
「伊藤グリル」に直行しました。何時も前を通りながら、入らなかったお店。勿論「食べ歩き」でも紹介されている有名店。二階に上がる。私達より前の人が入って直ぐ出てきた。「満席ですか?」「一時間で食べて頂けるなら、予約席を使っていただけます」と言う。私達は了承して、席に着いた。ランチは2000円と3000円があり私達は安価の方にしました。今日のメインディッシュはポトフでした。お肉もとろけるように柔らかい。前菜もスープもデザートもデミコーヒーも美味しかった。パンも美味しかった。たまちゃんはライスだった。時計と睨めっこの食事だったが、何とか急ぐ事無く食べ終える事が出来た。
調理場とレジを行き来しているコックさんを私はチラチラ何度も見た「似ている!」絶対この人だ・・・。お会計を済ませてから、私は訊ねた「貴方が、此処のご主人ですね」「そうですが」相手は不信そうに答えた。思い切って「貴方のお母さんは○○まさこさんですよね」「そうですが」「私は幼友達なんです。貴方は小さい時○○のおばあちゃんのところにいましたよね」「そうです。おばあちゃんもご存知ですか?」「ええ。知っていると言うより、まさちゃん(彼の母)と私は乳兄弟(女同士でもこういいますか)なんです。貴方のおばあちゃんのお乳を貰って私は育ったんです」「それではご近所だったんですね」「そうなのよ、私も元町4丁目で育ったんです」「まさちゃんは早くに亡くなってしまったから」「三十代でした。丁度今父が来ております」「私は何時も貴方のおばあちゃんの家で会っていたので、旦那様のことは知らないんです」「お名前を・・・」「旧姓は△△、今は××です」「又ごゆっくりと・・・」と店を出た。
私は「伊藤グリル」の名を聞くたびにまさちゃん息子さんの事は気になっていた。もう何十年も前になると思うが、テレビでコック姿の親子を見たことがある。そのときも「似ている!」と思った。
彼のおばあちゃんは色白の頬にくっきりと笑窪のある方だった。私が幼稚園ぐらいになっても「○○チャン。あんたはこの私のお乳で育ったんやで。だからまさことは乳兄弟や」と豊かな胸をチラつかせながら言っていた。
八百屋の女将さんで、気さくなひとだったから、まさこちゃんが結婚してからも時々覘いていた。まさこちゃんがお店で働いている間おばあちゃんが子供を預かっていたのだと思う。まさちゃんは長女で弟や妹が沢山いた。すぐ下の妹がようこちゃんと言ったと思う。
私も結婚して元町を離れてから疎遠になった。風の便りに「まさちゃんの死」を知って小母ちゃんを訪ねた。まさちゃんには下に女の子がいて、幼稚園に送っていって倒れてそのままあの世に行ってしまった。
「まさこは自分が死ぬとは思わない間に逝ってしまった」と私に語った。その言葉は強烈に私の心を打った。「まさこがいなくなってから、孫も来なくなって・・・」と寂しげだったのを思い出す。乳兄弟の私を見るのは辛かろうと私の足も遠のいた。今から思えば、会いに行った方が良かったかもと思う。私も若かったので上場しか見えてなかった。
神戸サンチカの花壇
今年初めて団体さんのチューリップを見た
たまちゃんと「由紀さおり安田祥子」のコンサートに行った。その前に「伊藤グリル」でランチをしようと提案してありました。
たまちゃんとの待ち合わせに少々早いが、彼女も何時も早いので、待ち合わせ場所に行ってみた。彼女は既に着いていた。
「伊藤グリル」に直行しました。何時も前を通りながら、入らなかったお店。勿論「食べ歩き」でも紹介されている有名店。二階に上がる。私達より前の人が入って直ぐ出てきた。「満席ですか?」「一時間で食べて頂けるなら、予約席を使っていただけます」と言う。私達は了承して、席に着いた。ランチは2000円と3000円があり私達は安価の方にしました。今日のメインディッシュはポトフでした。お肉もとろけるように柔らかい。前菜もスープもデザートもデミコーヒーも美味しかった。パンも美味しかった。たまちゃんはライスだった。時計と睨めっこの食事だったが、何とか急ぐ事無く食べ終える事が出来た。
調理場とレジを行き来しているコックさんを私はチラチラ何度も見た「似ている!」絶対この人だ・・・。お会計を済ませてから、私は訊ねた「貴方が、此処のご主人ですね」「そうですが」相手は不信そうに答えた。思い切って「貴方のお母さんは○○まさこさんですよね」「そうですが」「私は幼友達なんです。貴方は小さい時○○のおばあちゃんのところにいましたよね」「そうです。おばあちゃんもご存知ですか?」「ええ。知っていると言うより、まさちゃん(彼の母)と私は乳兄弟(女同士でもこういいますか)なんです。貴方のおばあちゃんのお乳を貰って私は育ったんです」「それではご近所だったんですね」「そうなのよ、私も元町4丁目で育ったんです」「まさちゃんは早くに亡くなってしまったから」「三十代でした。丁度今父が来ております」「私は何時も貴方のおばあちゃんの家で会っていたので、旦那様のことは知らないんです」「お名前を・・・」「旧姓は△△、今は××です」「又ごゆっくりと・・・」と店を出た。
私は「伊藤グリル」の名を聞くたびにまさちゃん息子さんの事は気になっていた。もう何十年も前になると思うが、テレビでコック姿の親子を見たことがある。そのときも「似ている!」と思った。
彼のおばあちゃんは色白の頬にくっきりと笑窪のある方だった。私が幼稚園ぐらいになっても「○○チャン。あんたはこの私のお乳で育ったんやで。だからまさことは乳兄弟や」と豊かな胸をチラつかせながら言っていた。
八百屋の女将さんで、気さくなひとだったから、まさこちゃんが結婚してからも時々覘いていた。まさこちゃんがお店で働いている間おばあちゃんが子供を預かっていたのだと思う。まさちゃんは長女で弟や妹が沢山いた。すぐ下の妹がようこちゃんと言ったと思う。
私も結婚して元町を離れてから疎遠になった。風の便りに「まさちゃんの死」を知って小母ちゃんを訪ねた。まさちゃんには下に女の子がいて、幼稚園に送っていって倒れてそのままあの世に行ってしまった。
「まさこは自分が死ぬとは思わない間に逝ってしまった」と私に語った。その言葉は強烈に私の心を打った。「まさこがいなくなってから、孫も来なくなって・・・」と寂しげだったのを思い出す。乳兄弟の私を見るのは辛かろうと私の足も遠のいた。今から思えば、会いに行った方が良かったかもと思う。私も若かったので上場しか見えてなかった。