緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ピアノ曲集の名盤 レオン・フライシャー 「Two Hands」を聴く

2015-07-04 22:32:38 | ピアノ
シューベルトの遺作、ピアノソナタ第21番(D960)の最高の演奏を求めて、youtubeで数々の演奏を聴いているが、その中で派手さはないが何故か心に引っ掛かる演奏があった。
演奏者はレオン・フライシャー(Leon Fleisher 1928~)というピアニストであった。
youtubeでの投稿はかなり悪い音であったので、CDを探した。あまり出回っていないCDだったが、「Two Hands」というアルバムの中にこの曲が収録されていることがわかった。
色々探して、最安値送料込み1,080円という中古盤を買うことにした。
録音年は2004年、レオン・フライシャーが76歳の時である。この録音時の76歳という年齢は後で知ったのであるが、初め聴いたときには50~60歳代の演奏に思えた。シューベルトのソナタの終楽章などはとてもエネルギーに満ちていて76歳の演奏にはとても思えない。
レオン・フライシャーというピアニストは今回の ピアノソナタ第21番の聴き比べで初めて知ったのであるが、経歴を調べてみると、苦難の道を歩んできたことが分かる。
1952年の エリザベート王妃国際コンクールで優勝してから、技巧派のピアニストとして華々しい演奏活動をしていたが、1965年37歳の時、ジストニアと言う難病にかかり、右手の指2本が動かなくなってしまったのだ。
その後ピアノ界の表舞台から退き、指揮者や教育者としての活動を続けていたが、ピアノに対する情熱は失われることなく、ボトックスという療法でこの難病を克服し、40年ぶりに両手による録音を果たした。それがこの「Two Hands」というアルバムのネーミングの由来である。
彼の若い頃の演奏は未だ聴いていないが、技巧派としてバリバリ弾くタイプだったという。しかしこの76歳のアルバムは40年ブランクがあったとは到底思えない、また76歳という高齢による衰えを全く感じさせない演奏であるだけでなく、そのことよりも何度も聴きたくなる、惹き込まれるような「音」が素晴らしかったのである。
実際に聴いてみないと分からないと思うが、どう形容したらいいのだろう。一言で言うのならば、「凍った心を溶かす」ような音だと私は感じた。2曲目のJ.S.バッハの「羊は安らかに草をはみ」や、ドビュッシーの「月の光」を聴くとそう感じざるを得ない。
「凍った心を溶かすような音」。以前私は、フェデェリコ・モンポウの80歳を過ぎてからの自作自演集の中で、「歌と踊り」第2番の録音を聴いて、そのように感じて衝撃を受けたことがある。
この「Two Hands」で聴く彼の音はとてつもなく暖かみに満ちている。彼は間違いなく精神的に苦労してきている。
もう一つ感じることは、頭で演奏していない、ということ。音楽でなくても、人のしゃべる声でも、頭で組み立てたことを話すと、聞き手に伝わらないことがある。しかし本当の気持ちをそのままにストレートに声にして出すと相手の心に響く。
レオン・フライシャーの演奏を聴いていると、感情がそのままストレートに伝わってくる。そしてその感情の流れは自然そのものだ。
巨匠と言われる演奏家の多くは、このような演奏をする。ここまでくると演奏者の人間としての根幹、根源的なものが演奏する要素として重要になってくる。

「Two Hands」の曲目を下記に記しておく。

01. 主よ、人の望みの喜びよ
02. 羊は安らかに草をはみ
03. ソナタ ホ長調 K.380 (L.23)
04. マズルカ 嬰ハ短調 作品50の3
05. 夜想曲 変ニ長調 作品27の2
06. 月の光
07. ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960 (遺作)

どれも素晴らしい演奏であるが、私は特に「羊は安らかに草をはみ」と「月の光」と「 ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960 」が気に入っている。
今日の夕方寝ころびながらこの曲集の最後の曲、シューベルトの遺作のピアノソナタを聴いていたら、日頃の疲れと寝不足でしばし寝てしまったが、第2楽章の途中で目を覚ました。
その時聴いたフレーズが恐ろしいほどの孤独感を漂わせていた。ふと自分の20代の頃、地の底に落ちていくような孤独感を感じていた時代のことを思い出した。

この曲集は誰もいない静かな部屋で深夜のしじまの中で聴くのが最もふさわしい。この曲集は夜をイメージしている。
演奏者は聴き手に対し、夜のしじまのなかで一音一音に耳を傾けることで、浮かんでくる様々な感情や思い、出来事を、感じ取って欲しいと期待しているのではないか。



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2 コメント

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Unknown (Tommy)
2015-07-05 19:26:30
今回ユーチューブで下記の2つの演奏を聴きました。

https://www.youtube.com/watch?v=ylEE_KEyMKE

https://www.youtube.com/watch?v=GyOEOuUPvM0

事前に解説していただいたこともあり、<レオン・フライシャーの演奏を聴いていると、感情がそのままストレートに伝わってくる。

そしてその感情の流れは自然そのものだ。>と言うので理解を助けていただきました。

お陰様で音楽も演奏する人の人間性でも好き嫌いにもつながるのだろうなと言う思いがしました。
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Unknown (緑陽)
2015-07-05 21:16:52
Tommyさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
レオン・フライシャーのライブ演奏、ご紹介下さりありがとうございした。
シューベルトのソナタの方は"Tow Hands"のレコーディングの後年の、2009年、武蔵野文化会館でのリサイタルでした。
81歳?とは思えない演奏、音は"Tow Hands"で聴いたものとまさに同じです。演奏後の拍手がなかなか鳴りやまなかったのが印象的です。
2曲目はバッハの「羊は安らかに草をはみ」ですが、自宅での録音なのでしょうか。音は良く録れていませんが感動的な演奏です。指を見ていると小指が内側に曲がってしまい不自由そうでした。鍵盤から殆ど指を離さないのが印象的でした。
演奏中も演奏後も厳しい表情をしているのはアンドレス・セゴビアと共通のものを感じました。この表情で何であんなに繊細で美しい音をを出せるのかと不思議に思います。
演奏家がどのような人間であるかにより、演奏する音楽に好き嫌いが出るのは、全てではないにしても概ね当たっていると思います。
自分としては、野心的だったり、評論家がちょっと誉めそやすと自分をすごいと思い込むような演奏家は苦手です。
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