孫と図書館で借りて来る本の中に、絵本があります。最近は大人の農婆も絵本を借りていました。
「父さんの小さかったとき」「母さんの小さかったとき」こんな本を選んだ農婆でした。
昭和30年代のころでしょうか、昔の遊びや暮らしの懐かしい場面が描かれています。
これから果樹農家は繁忙期に入り、残念だけど図書館どころではありません。
孫と通った図書館は本選びだけではなく、車中の会話も楽しいものでした。また一段落したら行きましょう。
農婆が育った昭和30年代の田舎では、農繁期には学校もお休み・・・<農繁休暇>そんな日がありました。
田植えのお手伝いをしましょう。勉強よりお手伝いなんて今ではとても考えられませんがね。
田植えだけでなく稲刈り休みもあったのかなぁ~古い話で忘れてしまった農婆です。
とにかくこれからの忙しい時、農婆の図書館は休館いたします。農繁休暇ならぬ農繁休館でございます。
< 繁忙期思い出させる昭和かな >
「父さんの小さかったとき」「母さんの小さかったとき」こんな本を選んだ農婆でした。
昭和30年代のころでしょうか、昔の遊びや暮らしの懐かしい場面が描かれています。
これから果樹農家は繁忙期に入り、残念だけど図書館どころではありません。
孫と通った図書館は本選びだけではなく、車中の会話も楽しいものでした。また一段落したら行きましょう。
農婆が育った昭和30年代の田舎では、農繁期には学校もお休み・・・<農繁休暇>そんな日がありました。
田植えのお手伝いをしましょう。勉強よりお手伝いなんて今ではとても考えられませんがね。
田植えだけでなく稲刈り休みもあったのかなぁ~古い話で忘れてしまった農婆です。
とにかくこれからの忙しい時、農婆の図書館は休館いたします。農繁休暇ならぬ農繁休館でございます。
< 繁忙期思い出させる昭和かな >
さしずめ今のお母さんたちが、
子供の頃だから、
30~40年前に作られた絵本なのかな。
こっちにも田植え休みとか、
稲刈り休みがあったよ。
あの時代は小学生でも、
貴重な労働力だったね。
貧しくとも家族みんな力を合わせて、
何か今以上に生き生きしてたなぁ。
家族総出で芋掘りするほど たくさん植えていたのでしょうね。
芋カリントウの原料に買い付けに来るとか、保存食とか
で、芋畑のない家の子は、友達の家とか、お手伝いに行ったそうです。
私がこちらに来た頃にはそんな事は無くなって、夫に聞いた話です。
でもお祭りの1日は休みでしたよ。子供みこし(屋台かな?)を引いて、お祭りに参加です。^^
そんな日があっても良いですよね。
だから 夏休みは 8月のみでした
ちゃんと手伝いは しました
竃で晩御飯を 炊くのは ずっと私の係りでした
春は葉たばこの植え付け。
連休が終われば、田植えの準備。
当然のように「田植え休み」がありました。但し小学生までだったような(笑)
そして夏休み。毎朝早朝に葉たばこを摘みに出る 大人の代わりに 小学高学年でも 朝ごはんをつくってましたねぇ。
今、朝の連ドラをやってる風景そのものです。(あの頃、親たち、朝の連ドラ、楽しみにしてましたねぇ!)
話が反れました(笑)
ありました
一生懸命手伝いましたね
大人と一緒に働くのは何か一人前になったようでうれしいものでした
麦刈りの頃もあった様な
手伝いました 田植え 稲刈り 脱穀など等
お陰で色んな事を教わり体験できました
アッ そうそう 秋 冬の初めにはモズのハやニエなんて見つけたりしてね
今の子のお母さんで少し時代錯誤じゃないかと思って作者のプロフィールを見ました。
私とほぼ同じS27年生まれの方です。なるほど・・・。
30から40歳の子どもの親ということですね。
やはりあの時代農繁休暇はどこの地にもあったんでしょうね。まだ機械化も充分で無かったころですね。
これも絆であり、良い時代だったと思いますね。
芋ほり休みとは土地柄ですね。
能登はお祭り休暇とは伝統的なお祭りを大事にされてたんでしょうね。
竈炊きとは本格的ですね。きっと技術も要ったことでしょう。
夏休みは7月20日からだと思いますが・・・8月のみ夏休みなんですね。冬が長いわけでもないでしょうが・・・。
わが家も早くから簡単な食事は姉妹で作っていました。
今の子のは考えれないでしょうね。
レンジもない時代なのにね。
私も純粋な岡山産です。(^_^.)
岡山備中・備前の境目ですが、水田、イ草、葉タバコもありましたね。
大きな農家は九州辺りから泊まり込みで作業員さんを雇用していたようです。
私もしっかり炊事当番しました。
姉が二人もいたので相当免除されたかも・・・。
あのころは面倒だな~と思っていたことが結構いい思い出であり家族の絆でした。
今、姉妹だけになり思い出話は満開です。(^_^.)