晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

宮本輝 『草原の椅子』

2011-08-01 | 日本人作家 ま
宮本輝の作品を読み終わっていつも思うことは、このブログ
でもたびたび書いてきましたが、ノンフィクションなどとは
違って小説はそもそも創作なので、これでもかとリアリティ
を追求しなくても「嘘くさくない」話は、工夫次第でいくら
でも書けるんだよなあ、ということです。

基本的に、性悪な人間はあまり登場しません。今回は珍しく、
自分の子どもを虐待、あげく育児放棄という母親が出てくる
のですが、悲しい話よりも、その虐待を受けた子どもを周り
の大人たちが助けて見守ってあげる話に重きをおかれていま
す。
そして、これも特徴として挙げていいかわかりませんが、こ
れといって大きな出来事は起こりません。まあ、スリリング
ではないのです。が、その平坦な展開も、人物や風景の描写
だけでとても味わい深く、無駄な演出はいらないといった感じ
でしょう。

そんなに“どぎつい”リアリティを読みたかったら新聞雑誌
を読めば、そこには、やれ少年がウサギを殺しただの、現役
教師や警官が痴漢で逮捕だの、じゅうぶん“楽しめる”ので
はないでしょうか。

遠間憲太郎は、離婚して現在は娘の弥生と暮らし、もとは
カメラのメーカーの技術系として入社するも、営業として
大阪支社へ飛ばされ、それでも腐らずに会社勤めを続けて
います。
そんな遠間には、カメラの小売チェーン店の社長、富樫とい
う、同い年にして尊敬、信頼する人物と出会い、今では「俺
お前」の親友の間柄。

偶然通りかかった陶器の店の女性店主、貴志子に心奪われて
しまう憲太郎、富樫は再婚すればいいと言うのですが、相手
の事情もわからないまま。

弥生は大学4年で、就職先を富樫に世話してもらい、あとはぶじ
に卒業してくれるだけなのですが、帰りが遅かったり、父親に
内緒で携帯電話を買ったりと、怪しんだ憲太郎は娘に訊くと、
アルバイト先の社員の男が、息子の世話で悩んでいるというの
です。
圭輔という5歳の男の子は、母親から虐待を受けて心を閉ざし、
会話も出来ず、その社員の男に預けたままどこか消えてしまった
とのことで、男が困り果てているときに、弥生が事情を知り、
圭輔を見ると、弥生に心を開き、それ以来、弥生は時間がある
限り圭輔の世話をしているというのです。

そんな中、憲太郎と弥生は圭輔をあずかることになり、富樫に
も協力してもらい、数日過ごすと、憲太郎と富樫に心を開いて
くれますが、なんと、社員の男は「もう面倒だから」という理由
で圭輔を世話してくれと頼みにくるのです・・・

憲太郎と富樫は50歳を過ぎ、人生の意味を考えるようになり、
そして、以前憲太郎が旅行した、パキスタンと中国の国境近く
にある標高5千メートル級の山々の中にある秘境(フンザ)へ、
そして、「生きて帰らざる海」とう現地の意味であるタクラマカン
砂漠へ二人で行こうと決意しますが、その話を陶器店の貴志子
に何の気なしに話し、憲太郎は、いっしょに行きませんか、と
誘ってしまい、ところが貴志子は行きたいと・・・

圭輔に強くなってほしいと願う富樫は、圭輔も旅に連れていこう
と提案し、4人はタクラマカン砂漠へ・・・

この話は、阪神淡路大震災の数年後という設定で、憲太郎と弥生
は、家が潰れてしまった中、奇跡的に無事で、そのことが憲太郎
の人生観に大きく影響を及ぼしています。これは、作者の宮本輝
自身も震災を経験し、人生観とりわけこの国にたいする失望が大
きく、物語に反映されています。
が、それも、あと一歩でも読者に踏み込んでくると「説教くさく」
感じてしまうのですが、そこが文章のバランス感覚の良さで「心
に滲み入る言葉」として伝わってくるのです。

コメント
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