rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

書評 病院化社会を生きる

2010-08-12 00:35:53 | 書評
書評 病院化社会をいきる(医療の位相学)米澤 慧 著 雲母書房2006年

「人の一生は病院から始まり、病院で死ぬことで終わる」という現代日本。最近では健康な人も病院に呼び込んで「病気にならないため」と称して「高脂血症」などの病名を付けて予防医療を施す。病院なしでは生きられない日本人の現状を「健診」「セカンドオピニオン」「アルツハイマー」「死生観」「医療事故」といった33のキーワードから述べた医事評論です。月刊「ばんぷう」という雑誌のコラムをまとめたものなのでそれぞれが数ページにまとめられて読みやすく構成されています。それだけにやや突っ込みが足りない、著者はもっと書きたい事があるだろうに言葉足らずかなと思う所もあります。

著者の米澤 慧氏は雑誌「選択」で「往きの医療、還りの医療」という医事コラムを担当されていて、私はそのバックボーンのしっかりした医療に対する思想に感銘していました。早稲田大学教育学部を出られて非医療者の立場から医療、看護、生命に関する評論を多数出しておられますが、本書でも千葉大学教授の広井良典氏との同名の対談を収録していて大変読みごたえがありました。端的に言うと「疾患を治癒させることが良く生きることにつながるのが(往きの医療)であるが、治癒を目標にしない医療で良く生きることにつなげる(還りの医療)があっても良いではないか」というのが氏の一貫した提言です。

現在のジャーナリズムの常識では「がん」が治癒しなければそれは医療における「敗北」であり、5年生存率が良いのが「医療レベルの高い良い病院である」と決めつけられてしまいます。これは「往きの医療」からのみの視点であって、がんで亡くなる人が「亡くなるまでの人生においていかに良い生活を送ることができたか」を良い病院であるかどうかの指標にしよう、というのが「還りの医療」の視点です。

「緩和」「癒し」「精神的ケア」「老いの受け入れ」といったことは宗教的生活が日常的でない日本においては必要にせまられないと考えないものです。特に医療においては私が普段主張するように「急性期医療は治って当たり前」になってしまった現在、治らない病気をいかに受け止めるかを主眼においた医療評価というのはすぽっと抜け落ちている分野のように思われます。だからこそ氏の主張、提言は現代社会において重要であり、これだけ医療が発達して国民が医療の恩恵を十分にうけていながら医療に対する満足度があまり得られない原因になっていると私は感じます。

良く生きるためには「往きの医療」が良いのか「還りの医療」が良いのかは患者それぞれの状態によって異なります。限られた医療資源を有効に使うために、また何より「良く生きる」ために「往きの医療に全勢力を費やすのが良い」時代はもう終わったと私も思います。

実はこのパラダイムシフトは医療だけでなく、社会や経済においてもあてはまるのではないかと思われます。広井氏との対談の中でも語られていますが、常に高度経済成長の発展型社会でないと「失われた20年」などと表現される日本ですが、北欧型の成熟した「定常型社会」を目指す事で日本人は十分幸福に生きられるのではないかと提言されています。今「成長著しい中国を見習え」などという掛け声がさかんに聞かれますが、本当に日本は80年代のような高度経済成長を続けていないと不幸だと誰が決めたのでしょう。建設や製造業の景気が悪いと就職先がないという社会構造がおかしいのであって、福祉、サービスや科学技術の研究分野、はたまた農業などでもっと若い人が働ける社会構造であれば別に高度経済成長型の社会でなくても日本人は幸福になれるのではないかと強く感じます。

6月の学会出張の際にミュンヘンの近郊、ローゼンハイムの牧畜業を営む友人を訪ねました。主人は小生と同じ年(52)、80代後半の父君も健在、二十歳の息子は牧畜業を継ぐために専門学校在学中、長女は大学を出て就職で家におらず、次女は中学を出て銀行勤め、実際には中学出の次女が一番英語が上手くて私との通訳も勤めてくれたのですが、アルプスに近い美しい土地で農業を実に楽しそうに親子三代でやっているのですね。中学出て社会に出て働いている娘も実に充実していて高校に行っている小生の愚息達よりよほど英語力も社会力もある。日本は大学に行かないと不幸だ、良い会社に勤めないと不幸だ、田舎で農業をやるなどというのは社会的に行けてない、といった根拠のない決めつけに自縄自縛になっていると言えます。もっと各人それぞれに良く生きる生き方がある方が成熟した社会と言えるように思いました。

秋に主催する学会に米澤 慧氏を招聘して講演をお願いする予定にしているのですが、今から直接お話を伺うのを楽しみにしています。

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