書評 「危機の正体」 コロナ時代を生き抜く技法 佐藤 優 著 朝日新書 2020年8月刊
コロナに関する書籍が店頭に沢山並ぶようになりました。医学的な面については2020年1月の時点からrakitarouとしては分析を出していて「メディアなどで喧伝される内容」とは一部異なるものの最終的には私のCovid 19についての医学的分析に誤りはない結果になったと自負しています。またCovid 19に対する人間社会の対応は「コロナファシズム」だと私は指摘し続けてきましたが、同様の指摘をする書籍、メディアも増えてきました。その様な中で本書は多作ながら毎回きめ細かい分析と鋭い指摘をされる佐藤優氏らしい内容であると思いました。
大きな特徴は、コロナ危機を「神学における悪」から分類、分析している点だと思いました。分かりやすく大きな構成内容を目次の形に示してゆきます。
本書の構成は (カッコ内はrakitarouが内容をまとめたもの)
序章 新しい日常を強いる権力の存在 (知らぬうちに型に嵌められた生活へ)
第一章 リスクとクライシスの間で (政府社会が感染症対策にもがくうちにこうなった)
第二章 食事の仕方に口を出す異様さ (日本を含む各国社会が強制したシナリオ)
第三章 繰り返されるニューノーマル (新しい生活様式は昔からひな形があった)
第四章 企業と教育界に激震 (社会の変化からの経済、教育界への激震)
第五章 コロナ下に起きた安全保障の異変(イージスアショア中止と沖縄問題)
となっています。コロナ関連の書籍も種々の内容がありますが、氏は医学者ではなく社会学者なので上に示した様に医学的内容よりは社会学的な内容が主体になっています。特にその危機の捉え方については「あとがき」を読むことですっきりと腑に落ちる所がありました。氏はキリスト者であり、神学にも詳しいので彼らしい分析になったと思います。以下にあとがきの一部を引用します。
(引用はじめ)
神義論では、悪を3つの分野に分けて考える。悪の本質や起源について考察する形而上的悪、天災、地変や感染症がもたらす自然悪、戦争や貧困など人間が起こす道徳悪の3分野だ。(中略)人間には例外なく罪が内在していると考える。罪が形をとると悪になる。本人が自覚していなくても人間は悪を行うという前提に立たないと危機の正体をとらえる事はできないと思う。
(中略)新型コロナウイルス自体は自然悪の問題だ。しかしそれに対する人間の不作為並びに間違った政策、あるいはわれわれ一人ひとりの立ち居振る舞いに関する問題は、道徳悪に属する。
(中略)本書で繰り返し指摘したように、新型コロナウイルス対策の過程で国家機能が強まっている。国家機能の内部では、司法権と立法権に対して行政権が優位になっている。行政府の自粛要請に応じて、危機を克服するというアプローチが所与の条件下ではもっとも合理的であることは事実だ。しかし、この日本型の解決策は、ハーバーマスが指摘する「自由なき福祉」そのものだ。(中略)主観的には首相官邸の政治家と官僚、霞が関(中央省庁)の官僚が国家と国民を守るために全力で働いていることが私には皮膚感覚で分かる。しかし、主観的に真面目である政治家や官僚ほど、自らが抱える悪がみえなくなってしまうのだ。その悲喜劇的構造を本書で明らかにしたかった。
(引用終わり)
消毒、social distance、都市閉鎖など国や社会によって程度に差はありますが、結果的にコロナ前の社会と大きく変容した社会生活を全世界の人々が強制されているのが現在の姿です。新型コロナ感染症の自然悪については、「強い感染力」と「低い死亡率」という特徴が規定事実になっており、この事実から導かれる「自然悪の程度」もこれから先変わることはないでしょう。しかしこの感染症に対して「人間社会が取った対応で被る各個人への被害」は道徳悪に類するものであり、その「悪の程度」はこれからどこまで拡大するか未知の分野です。厄介であるのはこの道徳悪はだれかが悪意を持って意図的に仕組んだ「陰謀のシナリオ」に沿ったものではなく、著者が指摘するように善良なる政治家、官僚が国家と国民を守るために全力で働いた結果であるという点です。
専門知識がある医師、科学者であっても、未知のウイルスを前にした時、専門的知識と経験から「このウイルスはこの程度」という予測はできても政府から正式に委託されて助言を求められれば安全策を講じた内容を答えざるを得ません(私でもそうしたでしょう)。WHOの職員と言えども、未知のウイルスを前にすれば我々医学者と同程度の能力でしかも国際機関の官僚、縦社会の一員に過ぎず、「米国や中国に忖度せねば公式声明を出せない」縛りだらけの存在です。しかしWHOとして何等かの声明が出されれば、各国政府やその下部で働く医師たちはその声明を尊重せざるを得ません。
私や他国の医師たちが政府の対応を「コロナファシズム」と批判していますが、それは善意に基づいたその時最善と考えられた処置だったと言われれば否定はできないでしょう。そしてこの「善意に基づく処置が様々な道徳悪を世界中の人々にもたらした」事も事実ですから、現在の「危機の本質」とはこの道徳悪の事であり、〇 個人はこの道徳悪にいかに実生活において対応するか、〇 また為政者、官僚は善意に基づく結果としての道徳悪にどう改善策を講ずるか、という点こそ佐藤優氏が本書で主張したい事だと思いました。