Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

科学の本懐@JIMS部会

2013-02-23 10:25:07 | Weblog
昨日の JIMS 部会では,経済物理学の水野貴之先生(筑波大学)から「価格比較サイトのエージェントモデル」,統計学・マーケティングの星野崇宏先生(名古屋大学)から「ポイントプログラムの長期効果 - 目標勾配仮説は成立するか」というご発表をいただいた。

お二人のバックグランドはそれぞれ物理学と心理学なので,どういう研究をよしとするかの志向性は異なっている。しかし,お二人の話を聴きながら,優れた科学的研究には共通点があると感じた。それを乱暴にまとめてみると,以下の3点に集約されるように思う。

(1) データから「不思議な」規則性を見つける。
(2) それを再現する数理モデルを構築する。
(3) それによってデータに隠された規則性を見いだす。

水野さんの研究では,(1)は価格比較サイトに現れる価格改定の規則性になる。たとえば,日別の価格改定する店舗数の自己相関,顧客の価格の順位に基づく店舗選択,平均価格や店舗数の時系列変動のランダムウォークと値崩れというカスケード現象などが摘出される。

(2)は,水野さんの研究では単純なルールに基づくエージェントベースモデルである。しかし,それによって観察された規則性の多くが再現され,(3)が実現する。このような手順で研究を進めることは,ぼくの知る限り,経済物理学ではかなり一般的のように思われる。

星野さんの研究では,(1)はポイントカード利用者の来店行動である。先行研究では,カードが満了に近づくほど来店間隔が短くなり,カードが替わるとリセットされると主張されている。しかし,選択バイアスの少ないデータで分析すると,別の規則性が見えてくる。

(2)は顧客の異質性を考慮した繰り返しのある生存時間解析モデルである。そこから,来店頻度がそう多くない一般顧客の場合,カードが2枚目以降になると来店間隔が定常化し,いずれかのタイミングで離脱が起きるというパタンが見いだされる。これが(3)である。

膨大なデータから単純な,しかしなぜそうなるのかが不明なため興味をかき立てられる規則性を引き出し,数理モデルを手際よく使って謎解きをする。これこそ科学的研究の王道であり,それをやりこなすのが名人だ。残念ながら,研究者なら誰にでもできることではない。

ただし,実際の研究スタイルには様々な違いがある。マーケティングサイエンスは主体の異質性に注目し,意思決定への含意を求めるが,経済物理学では個々の主体を超えた普遍性を追求する。その溝は簡単に埋まらないが,対論によってお互い得るとことはあるはずだ。

以下に,今回の発表者のご著書を紹介しておく。いずれも骨太の専門書である。

株価の経済物理学
増川 純一, 水野 貴之, 村井 浄信, 尹 煕元
培風館


調査観察データの統計科学
―因果推論・選択バイアス・データ融合
(シリーズ確率と情報の科学)
星野 崇宏
岩波書店