9/6-9に開かれたWCSS(World Congress on Social Simulation)について,前回の記事に書いた初日を除き,個人的に気になった発表を記録しておく:
Guerrero, Omar A.; Axtell, Robert L.: Scaling and Complexity of Labor Markets: evidence from Mexican labor micro-data
メキシコの年金記録データ(個人)を用いて労働市場のエージェントベースモデル(ABM)を構築。これは一種の大規模パネルデータ。公的機関の協力があれば,こういう研究は今後どんどん増えるだろう。量が質を変える(More is different)かどうかが問われる。
Ogibayashi, Shigeaki; Takashima, Kousei; Kunita, Takahiro: Analysis of Business Cycle and Fund Circulation in Multi-Agent Simulation of an Artificial Economic System Composed of Consumers, Producers and a Bank
荻林先生(千葉工大)には初めてお会いした。本研究は家計,製造業,卸/小売,銀行の各部門からなるエージェントベース・マクロ経済モデルを構築して景気循環などを再現しようとするもの。本職のマクロ経済学者がどう評価するのか,国内での発表も期待したい。
Ormerod, Paul Andrew; Rosewell, Bridget; Wiltshire, Greg: Assessing corporate credit defaults with an agent based model of decision making in a bank: an empirical example
ABM を用いた経済分析という点で高名な人物による報告。銀行の内部構造をネットワークモデル化して,金融危機時の行動を説明・予測するもの。つまり,金融経済のABM的ミクロ基礎づけとでもいうべきか。組織論と経済学を結びつけるなんて,ユニークな試みだ。
Held, Fabian; Marks, Robert; Wilkinson, Ian; Young, Louise: Exploring the Dynamics of Economic Networks - First Steps of a Research Project
これ,実は聴講していないのだが,ディナーでたまたま隣に座った,ドイツ人だが英国の大学で教えている OR の先生が強く薦めていたので,ここに記しておく。
Osman, Hoda; Dewal, Snigdha: The NY Model: An Interpretation of the Schelling Model for Ethnic Preferences and Socio-Economic Mobility
ノーベル経済学賞を受賞した Thomas Schelling の分居モデルの拡大版。現時点ではニューヨークの実際の民族別居住地分布状態を詳細に再現しようとするものではない。しかし,変にオリジナリティを出すのではなく,古典的抽象モデルを地道に拡張していこうという姿勢が買える。
Jager, Wander: Simulating social interaction in two dimensions: some ideas, data and measurement problems
社会的相互作用には情報伝達と規範的なものがあり,行動により強く影響するのは後者だが,その信頼できる測定は難しいという問題提起。具体的なモデルは出てこないが,刺激的なトークであった。ABMでは社会科学や認知科学の成果を踏まえた深い考察が必須である。
Quattrociocchi, Walter; Conte, Rosaria; Lodi, Elena: Turning Information into Knowledge: The Role of Peer-to-Peer Communication
個人的にはこれが一番面白かった。イタリアのマスメディアが選挙において正しい情報を伝えていないという強烈な(個人的な?)問題意識に立って,市民間のクチコミがその影響を是正できるだろうかを問うている。日本も似たような状況にあるんじゃ・・・と思いながら聴いていた。
Okada, Isamu; Yamamoto, Hitoshi: Evolution of Conditionally Risk Behaviour
人々の危険回避的な態度の生成を進化ゲーム的なシミュレーションで分析している。こうしたアプローチ,あるいは問題意識に対して,最近個人的に非常に興味が高まってきた。今後もその進展を注目していきたい研究の1つである。
Marco Janssen: Towards collective action among social simulators
ここからは基調講演。Janssen氏は欧州から米国に渡り,2つのABMコミュニティをつなぐ重要人物だ。表題の報告もさることながら,後半に紹介された OpenABM プロジェクトが興味深い。その一環としてNetLogoコードの公開=共有化などが構想されている。
Shingo Takahashi: Virtual Grounding for "Valid" Behavioral Model
アジアからは,高橋真吾先生(早大)による基調講演。Virtual Groundingとは,モデルが仮定するエージェントの行動を実世界で測定することは難しいので,ウェブ上の仮想空間で測定しようというもの。東京ディズニーシーの観客行動のモデルが例として紹介された。
Squazzoni, Flaminio; Bravo, Giangiacomo: Experimentally Grounded Social Simulation
これはチュートリアル。表題が示すように,エージェントの行動をラボでの実験に基づき設定するという方法。それが実験研究にもプラスの効果をもたらす ・・・という,アブストラクトに書いてある以上のことは,それがあるかどうかを含め,よくわからなかった。
自分自身の偏った興味と乏しい理解力の制約のもと,気になったものだけいくつかピックアップした。他に素晴らしい発表がいくつもあったことは間違いない。特に若い日本人研究者の皆さん,堂々たる英語の発表で感心した。おじさんもイタリア人の早口英語に着いていけるよう頑張らないとなあ・・・
Guerrero, Omar A.; Axtell, Robert L.: Scaling and Complexity of Labor Markets: evidence from Mexican labor micro-data
メキシコの年金記録データ(個人)を用いて労働市場のエージェントベースモデル(ABM)を構築。これは一種の大規模パネルデータ。公的機関の協力があれば,こういう研究は今後どんどん増えるだろう。量が質を変える(More is different)かどうかが問われる。
Ogibayashi, Shigeaki; Takashima, Kousei; Kunita, Takahiro: Analysis of Business Cycle and Fund Circulation in Multi-Agent Simulation of an Artificial Economic System Composed of Consumers, Producers and a Bank
荻林先生(千葉工大)には初めてお会いした。本研究は家計,製造業,卸/小売,銀行の各部門からなるエージェントベース・マクロ経済モデルを構築して景気循環などを再現しようとするもの。本職のマクロ経済学者がどう評価するのか,国内での発表も期待したい。
Ormerod, Paul Andrew; Rosewell, Bridget; Wiltshire, Greg: Assessing corporate credit defaults with an agent based model of decision making in a bank: an empirical example
ABM を用いた経済分析という点で高名な人物による報告。銀行の内部構造をネットワークモデル化して,金融危機時の行動を説明・予測するもの。つまり,金融経済のABM的ミクロ基礎づけとでもいうべきか。組織論と経済学を結びつけるなんて,ユニークな試みだ。
Held, Fabian; Marks, Robert; Wilkinson, Ian; Young, Louise: Exploring the Dynamics of Economic Networks - First Steps of a Research Project
これ,実は聴講していないのだが,ディナーでたまたま隣に座った,ドイツ人だが英国の大学で教えている OR の先生が強く薦めていたので,ここに記しておく。
Osman, Hoda; Dewal, Snigdha: The NY Model: An Interpretation of the Schelling Model for Ethnic Preferences and Socio-Economic Mobility
ノーベル経済学賞を受賞した Thomas Schelling の分居モデルの拡大版。現時点ではニューヨークの実際の民族別居住地分布状態を詳細に再現しようとするものではない。しかし,変にオリジナリティを出すのではなく,古典的抽象モデルを地道に拡張していこうという姿勢が買える。
Jager, Wander: Simulating social interaction in two dimensions: some ideas, data and measurement problems
社会的相互作用には情報伝達と規範的なものがあり,行動により強く影響するのは後者だが,その信頼できる測定は難しいという問題提起。具体的なモデルは出てこないが,刺激的なトークであった。ABMでは社会科学や認知科学の成果を踏まえた深い考察が必須である。
Quattrociocchi, Walter; Conte, Rosaria; Lodi, Elena: Turning Information into Knowledge: The Role of Peer-to-Peer Communication
個人的にはこれが一番面白かった。イタリアのマスメディアが選挙において正しい情報を伝えていないという強烈な(個人的な?)問題意識に立って,市民間のクチコミがその影響を是正できるだろうかを問うている。日本も似たような状況にあるんじゃ・・・と思いながら聴いていた。
Okada, Isamu; Yamamoto, Hitoshi: Evolution of Conditionally Risk Behaviour
人々の危険回避的な態度の生成を進化ゲーム的なシミュレーションで分析している。こうしたアプローチ,あるいは問題意識に対して,最近個人的に非常に興味が高まってきた。今後もその進展を注目していきたい研究の1つである。
Marco Janssen: Towards collective action among social simulators
ここからは基調講演。Janssen氏は欧州から米国に渡り,2つのABMコミュニティをつなぐ重要人物だ。表題の報告もさることながら,後半に紹介された OpenABM プロジェクトが興味深い。その一環としてNetLogoコードの公開=共有化などが構想されている。
Shingo Takahashi: Virtual Grounding for "Valid" Behavioral Model
アジアからは,高橋真吾先生(早大)による基調講演。Virtual Groundingとは,モデルが仮定するエージェントの行動を実世界で測定することは難しいので,ウェブ上の仮想空間で測定しようというもの。東京ディズニーシーの観客行動のモデルが例として紹介された。
Squazzoni, Flaminio; Bravo, Giangiacomo: Experimentally Grounded Social Simulation
これはチュートリアル。表題が示すように,エージェントの行動をラボでの実験に基づき設定するという方法。それが実験研究にもプラスの効果をもたらす ・・・という,アブストラクトに書いてある以上のことは,それがあるかどうかを含め,よくわからなかった。
自分自身の偏った興味と乏しい理解力の制約のもと,気になったものだけいくつかピックアップした。他に素晴らしい発表がいくつもあったことは間違いない。特に若い日本人研究者の皆さん,堂々たる英語の発表で感心した。おじさんもイタリア人の早口英語に着いていけるよう頑張らないとなあ・・・