Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

クチコミの深淵を探る夜~JIMS部会

2010-09-15 19:36:22 | Weblog
昨夜のJIMS「消費者行動のダイナミクス」部会では,東北大学の澁谷覚さんから2つの研究について伺った。澁谷さんはネット上での消費者間相互作用をよりミクロに,つまり認知科学的に研究することで知られるマーケティング,あるいは消費者行動分野の研究者である。広範かつ緻密な文献サーベイから仮説群を導き,統制実験を通じてそれを厳密に検定していく。そうしたアプローチは,クチコミを一定のネットワーク上の信号の流れであるかのように扱うアプローチとは距離がある。だが,それらは相補的な研究だとぼく自身は思う。

澁谷さんは一貫して,クチコミにおける受け手の情報処理に注目する。いわゆるソーシャルメディアは,市井の人々が積極的に情報発信できる手段だということで送り手の側面が強調されるが,実は多くの場合,人々はそこから情報を受け取るだけで,その点でマスメディアに近い。また,実社会での関係が存在しない発信者の情報を主に受け取っている点では。「ソーシャル」と呼ぶのはおかしいと澁谷さんは指摘する。「ソーシャル」とはそもそも何なのか・・・ クチコミの深淵が大きな口を広げているのがわかる。うう,ヤバい・・・

最初に受け手の情報処理に関するさまざまな「二重過程論」が紹介される。マーケティング界で参照されることが多い「精緻化-見込みモデル」はその1つでしかないことに加え,どうも何でも盛り込みすぎて批判にさらされているという。澁谷さんは,精緻化レベルを二分するという二重過程論の枠組みを継承し,受け手と送り手の類似性,送り手の専門性を周辺的手がかり情報とし,それらがクチコミが好意度や購買意図にどう影響するかを検証しする。精緻化レベルは関与度が代理変数として使われる(ここはちょっと気になる・・・)。

実験の結果,「ネットクチコミのパラドックス」と呼ぶべき現象が見出された。すなわち,精緻化レベルが高い場合でも,専門性と類似性がともに高いとき影響を受ける,いいかえれば周辺的な手がかり情報が重視される,ということ。本来なら,それは精緻化レベルが低い情報処理の特徴だ。ふーむ・・・単なる直感だが,そもそも「中心的-周辺的ルート」という区分け自体が単純すぎて,偏っているように感じる。情報源の信頼性を様々な手がかりから深く精査することは,関与度の高い消費者にとって当然の情報処理タスクのような気が・・・。

次いで「ネットクチコミの受け手の情報処理における帰納推論 :類似性認知と結合関係が購買意図に及ぼす影響」というテーマへ。情報の受け手が送り手との「類似性」をいかに認知するかが,帰納推論の枠組みでモデル化される。その基礎にあるのは,アナロジーにおける構造整列とかシステム性原理・・・だんだん話が難しくなっていく。おおまかにいえば,二者間の共有属性と共有関係に基づき,人はなぜ相手と自分は似ていると思うのか,そして,共有属性がどのように構成されると相手の行動が自分に伝播しやすいのかが,理論的に整理される。

実験の結果は,相手との共有属性が,相手の行動選択(選好)とより明確に結びつけられているときほど,影響を強く受けるというもの。一方,相手との類似性は主効果としても交互作用としても影響が認められなかった。前者は仮説どおりだが,後者はそうではない(前の研究からの流れからすると,多分そうだろう *)。しかし,実験とはそう思い通りにいくものではない。以前,また現在も被験者実験に関わっている身として,その大変さはよくわかる。しかし,澁谷さんは実験ベースの消費者行動研究を今後もがんがん推進しようとされている。

*多重比較では支持されたと澁谷さんから補足のコメントをいただいた。

二番目の研究は形式的なモデル化がかなりなされていることから,シミュレーションや実データを使った解析も将来視野に入ってくるのではないかと感じた。実験という統制され,閉ざされた空間での知見は,その範囲では厳密だが,一方で適用範囲が限られる(人間行動を対象にしている場合)。その制約を離れ,広い空間に飛び出すことで失われる厳密さがあるとともに,得られる「自由な洞察」もある。どちらが正しいかではなく,結局,さまざまな眼鏡をかけて,消費者行動の多面性を探っていくしかない。その間のパスが重要だ。

・・・というわけで(?),またもや近所の居酒屋での「意見交換会」に突入するが,今回は参加者の「類似性」が強く,また酒への「結合性」が強いためか,お互いのポジティブ・フィードバックが働いてまたまた終電ぎりぎりの展開になってしまった。これは,「類似性」の低い参加者にとってはネガティブなメッセージであり,あの研究会の二次会に行ってはならない,という評判が立つのはぜひ避けたいところ。参加者が同質化しすぎると異分野間の交流が果たせない。このあたりのコントロールが大きな課題になりそうだ・・・何とか頑張ろう・・・