Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

Marketing Science Conference at Cologne

2010-06-20 13:29:05 | Weblog
ケルンで開かれていた INFORMS Marketing Science Conference が昨日終了した。 social influence,network,Word-of-Mourh に関係する発表を中心に聴講(+ついでに発表)したが,かなりの発表数だ。かつてのスキャナーパネルデータの時代に代わり,いまや誰もがソーシャルメディアのデータを分析するようになった感がある。ただし,15の併行セッションがあるわけで,ぼく自身の観察は非常に限られたものだ。

さて,WOMやソーシャルメディアの研究では,次数中心性等のネットワーク分析のジャーゴンが,いまや当たり前のように飛び交っている。ただし,マーケティングサイエンスらしく,最後は選択モデルやハザードモデル,あるいは変数の内生性を重視した計量経済学的分析に持ち込むものが大半だ。たとえば,ブログの投稿→製品の売上の効果を分析する場合,逆の因果関係もあると考えて,内生変数化するといった具合だ。

このような発想に立つと,何らかの「均衡」概念を持ち込まざるを得なくなる。因果関係が双方向的な世界を扱うとき,それが1つの強力な方法であることは間違いない。だが,実際のパラメタ推定作業に移るとき,操作変数を適切に設定できるとは限らない。また,誤差項の相関をより複雑に考えることで理論的には一般性を高めることができるが,パラメタ数の増加が分析結果の一般性を低下させるおそれもある。

何よりも,そうした手法の流行は,Excel かせいぜい SPSS でデータ解析を行なう実務家たちを遠ざける結果になる。したがって,研究と実務の間の距離がいっそう広がっていくだろう。マーケティングという領域の性質上,それはまったく望ましいことではない。また,均衡モデルは複数均衡があればまだしも,そうでないとすれば実務家たちに何ら行動の指針を与えない。せいぜい行動の後づけ的な正当化に役立つぐらいだ。

次から次へと繰り出される同じような分析作法の発表を聴きながら,この領域の研究はそろそろ飽和状態に近づきつつあるのではないかと考えてしまった。もちろん,ソーシャルメディアの活動を投稿件数など量的に捉えるだけでなく,センチメント(正負の判別)や読みやすさなどの質的側面を変数に加えたり(しかもそこを自動的に判定している),進歩している面はある。Twitterへの取り組みも始まっており期待が持てる。

以前,この学会では choice のセッションが花形であったように思う。だが,いまや研究者の関心はそういう基礎研究より,具体的・個別的問題に向かっているように見える。確立した「高度な」アプローチを,いかに「新しい」テーマに適用するかが,特に若い研究者の腕の見せ所というわけだ。それは悪いことではないが,同じようなスタイルの研究を氾濫させる原因にもなっている。すると研究の収穫逓減が加速化する。

学会の最後に,Urban,Hauser といった大物を含む,MIT Sloan の研究者たちによるセッションに出た。駿河銀行と組んだウェブ上の行動履歴を用いたコンテンツの最適化など,実務上の課題に対してあまり過剰にならない範囲の数理モデルが適用されていた。それはある意味,マーケティングサイエンスの最も成功している部分かもしれないが,いずれ大物の引退ともに消えていく最後の砦なのかな,などと考えてしまう。

帰国したら,週末に日本のマーケティングサイエンス学会@大阪大学が待っている。