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あるマーケティング研究者の思考と行動

経済学は「疑似科学」?

2008-05-24 23:46:54 | Weblog

エージェントベース・シミュレーションは膨大なデータを出力する。そこに潜む非線形関係を見いだすには,使い勝手のよいデータマイニング手法が欠かせない,といまさらながら痛感する。見方によっては,自分が勝手に作りだしたデータを解析しているのは,滑稽に見えるかもしれない。対象は「現実」から直接得られたものではないから,伝統的な意味での科学の立場からはいかがわしい研究に見えるだろう。この手法を用いる研究者は,こうした批判に応えなくてはならない。

それはともかく,昨日,都内の駅前ならどこでもありそうな小さな本屋で,久しぶりに岩波新書を買った。池内了『疑似科学入門』という本だ。このなかで著者は,3つのタイプの疑似科学があるという。 第一は科学的根拠が全くない疑似科学で,UFOとか超常現象とか血液型占いとかがこれに属する。それが存在しないことを立証せよ,と科学者のほうが挙証責任を負わされてしまうのが厄介だ。単なるエンタメとして楽しんでいるうちはいいが,組織化されると災禍が起きかねない。

疑似科学入門 (岩波新書 新赤版 1131)
池内 了
岩波書店

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第2は,科学的装いを持った疑似科学で,著者はマイナスイオンや様々な水ビジネスを例にあげる。統計を使ってウソをつくこともここに入るという。きちんとした科学的裏づけのない主張を,学者を動員したりして権威づける。それは確かに問題だが,一見権威のある研究でさえ,あとで誤りが指摘されることがある。つまり,科学的真実の境界線はあいまいなので,そう簡単に回避できる問題ではない。 だから,最も厄介な疑似科学かもしれない。

そして最後に分類される疑似科学は,本来「複雑系」として扱うべき対象を,要素還元主義的なアプローチで誤って捉え,結局,不可知論を許してしまうことだという。複雑系の科学はまだ発達途上なので,どうしてもそうした問題が起きる。著者は複雑系の典型例として経済現象をあげる。そして経済学が現象を正確に予測できない理由の一つは,経済学の人間は「最も合理的に行動する」という仮定が現実離れしていることだという。

・・・それって経済学は「第3種の疑似科学」ということ?

「最も合理的」という言い方はともかくとして,合理的経済人の仮定が複雑な経済現象の理解を妨げているという見方は,行動経済学が発展している今日,経済学者にも共有されて始めている。そして著者は,経済学は第3種の疑似科学だと文中ではっきり書いているわけではない。経済学者たちが,自分たちは経済現象を正しく予測できる(だから政策提言する!)などといわない限り,この疑似科学の定義には当てはまらないはずだ。

まーそれはいいとして,経済現象を複雑系として扱うこと自体に反対する人はほとんどいないだろう。問題はどうやればそれを行うかだ。要素還元主義を超える,というと聞こえはいいが,実際にできることはやはり,要素を何らかの程度抽象的に捉えて,そこにほんの少し「現実味」を加えたり,一定の相互作用を入れたりして,少しずつ「全体」に近づいていくことしかない。その作業がいつか豊かな現実と等価になる,などという保証は全くない。

この本が面白い(かつ論争的な)のは,やはり疑似科学の範囲をこの「第三種」まで拡大したことだろう。社会現象について現時点の研究水準では正確な予測は難しい,あるいは予測不能性が本質であることをことを認識しつつ,過度の相対主義に陥らずに着々と研究を進めること,これは大変だがチャレンジングでもある。経済学者のみならず社会科学者にとって,この本は茨の道を歩むことへの励ましと受け取るべきだろう。