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Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

経営学とゲーム理論から学ぶ夜

2014-04-05 15:24:03 | Weblog
昨日は JIMS マーケティング・ダイナミクス部会に慶応大学の三橋平先生、筑波大学の石川竜一郎先生をお招きして、ご研究を伺った。経営学(マクロ組織論)を専門とする三橋さんは、スポーツ競技において順位が途中でわかることが選手のパフォーマンス(の評価)に与える影響を分析する。

先行研究に、ゴルフトーナメントにタイガーウッズが出場するかどうかで、他の選手のパフォーマンスが変わることを示したものがある。タイガーウッズが出ると、他の選手は勝ち目が薄くなると感じてモチベーションを低下させる。これをタイガーウッズ効果と呼ぶという。

三橋さんは、こうした他選手の効果をもっと掘り下げ、類型化する。さらには、フィギュアスケートを対象にすることで、ジャッジの役割を新たに加える。ジャッジが、選手のパフォーマンスがそれまでの順位に依存することを織り込むことで、バイアスを持つことを立証する。

こうした評価対象の順位が自己の評価に与える影響に関する議論は、消費者行動でいうコンテクスト効果とどこかでつながるかもしれない。あるいは、自分たちが2位であることを強調した、かつての Avis の広告のように、シェアの順位がブランド選好に及ぼす効果もありそうだ。

ゲーム理論に認知的要素を導入した研究を行う石川さんは、バブルに関する被験者実験を報告された。トレーダーが合理的なら証券の売買はファンダメンタル・バリューにしたがって行われ、バブルは生じない。しかし、実験を行うと発生することが過去の研究で示されている。

それについては、トレーダーが他のトレーダーの合理性に疑いを持っているからだという解釈が行われてきたが、石川さんたちは、それを覆す実験を行う。被験者たちに取引を何度も経験させると、バブルは生じなくなる。そこに経験を持たないトレーダーを途中参加させる。

従来の解釈だと、経験のない新入りの参加で他のトレーダーがバブルを予測し、それが実現するはずだが、そうはならなかった。そこから、石川さんたちは、トレーダーたちは他者について考えるのでなく、自分たちの経験からの学習に基づいて行動していたのだと結論づける。

石川竜一郎氏・編著の本↓

制度と認識の経済学
船木由喜彦・石川竜一郎
エヌティティ出版

お二人の研究では、期せずして、競争において相手の心を読むことが重要なポイントになっていた。しかも、相手の行動ではなく、モチベーションとか合理性とかいった、深いレベルの心的状態を読むかどうかである。これは実は身近な問題で、自分もまた日々悩まされている。

また、真摯な研究態度や緻密な論理構成など、学ぶべきことが多かった。畏友の研究のますますの発展が楽しみだ。

予測の達人が語る、予測成功の秘訣

2014-04-03 14:48:40 | Weblog
米国の大統領選挙の結果予測を的中させたことで有名な(という説明が必ずつく)ネイト・シルバー氏の著書。何だか怪しそうだし、後づけの自慢話ばかりかと思って読んだら全然そんなことはなかった。むしろ、予測の難しさに関する、きわめて真面目な議論が行われている。

シルバーは選挙予測の前はプロ野球の予測で成功している。そこには、同じルールのもとで毎年100試合以上、イニングでいえば約1,000回は繰り返されるデータがある。したがって、統計的な分析に最も適しているといえる。では、政治や経済、天気や地震はどうなのか?

シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」
ネイト・シルバー
日経BP社

彼が次に選んだのは、選挙である。米国の大統領選挙は予備選挙も含めて何度も各地で行われ、世論調査もひんぱんに繰り返されている。二大政党制が維持され、イデオロギーの分布も安定していそうだ。だから予測しやすい・・・といってもシルバー以外は必ずしも成功していない。

なぜなのか。彼が挙げる予測が失敗する要因の一つは、特定の理論・モデルへのこだわりだ。学者の場合、それはやむをえない。しかし、予測の実務家は、なるべく多くの、異なる考え方に立つモデルを用いてさまざまな予測を行い、それらを比較・総合して判断すべきだという。

また、シルバーはベイズ統計学の考え方を強く支持する。「適切な事前分布」を用いることで予測は改善される。また、新たな情報が加わったとき、予測の更新が系統的に行える。予測の実務家にとって、複数のモデルによる予測を統合するのにもベイズは使えるのかもしれない。

本書では、選挙や野球以外にも、天気、地震、感染症、ギャンブル、チェス、ポーカー、経済・金融、地球温暖化、テロなどの話題を次々に取り上げる。著者は、各分野の予測の専門家を訪ね、そこでの予測のやり方や難しさを取材していく。意外な話が多くて、大変興味深い。

自分の関心でいえば、感染症の予測の章が面白かった。最初は単純な SIR モデルが使われていたが予測精度が低いので、最近ではエージェントベース・モデルが構築されているという。もちろんそれでも予測精度がそう高いわけではない。ただし、予測以外の知見が重要だという。

予測の成功で名声を得たネイト・シルバーは、それに伴う富と時間を予測の成功に関する取材と思索に費やした。それは彼に新たな名声を与え、完璧な予測は不可能だが、努力により的中確率をある程度改善できるという、ある意味で平凡な主張にも輝かしさを与えることになった。


ビッグに「ビッグデータ」を考える

2014-03-12 18:29:39 | Weblog
ビッグデータということばに食傷気味の方は、マーケティング業界にも少なくないと思われる。ある人は、膨大なデータなんて前から使ってるよというだろうし、別の人は、使えないデータはいくら数が増えても意味がない、というだろう。どちらにも、それなりの理がありそうだ。

しかし、そのときイメージされる「ビッグデータ」は、どこまで「ビッグ」なのだろう?本書を一瞥すると、そんな思いに駆られるはずだ。編者の一人、Rick Smolan はコンサルタントでもなければ学者でもなく写真家だ。過去に Day in the Life of Japan という写真集も出している。

本書は、100人近い写真家やライター、ジャーナリストらを動員した、一種のクラウドソーシングで生まれた写真集であり、エッセイ集であり、インフォグラフィック集でもある。タイトルが示すように、ビッグデータと人間の生について、多数のイメージと論説が収集されている。

The Human Face of Big Data

Rick Smolan, Jennifer Erwitt
Against All Odds Productions

この本は、サイズもまた想像以上にビッグである。価格は現時点で5千円、高いと感じる向きもあろうが、これだけの質と量の写真や寄稿が集められていることからすると、むしろ割安である。この価格にできたのは、EMC を始めいくつかの企業がスポンサーになっているからだろう。

この本は、「ビッグデータ」の可能性をどこまでビッグに考えるか、を読者に迫る。そこには、情報処理技術や解析技術とともに、イマジネーションやクリエイティビティが必須になる。サイエンティストとアーティストがともに協働することで、人間の顔をしたビッグデータが実現する。

自分が今後ビッグデータのプロジェクトに関わるとき(ぜひそうしたいと思っている)、ときおり本書をめくって「初心に還る」ようにしたい。

マーケティングは現場が創る

2014-03-04 09:26:51 | Weblog
昨夜の JIMS 部会では、マーケティングリサーチ(MR)の現場で研究開発を実践されているお二人をお招きして話を伺った。それぞれ、最近刊行された朝野煕彦先生編著の『ビッグデータの使い方・活かし方』に寄稿されている。そのためか、参加者のほとんどが実務家になった。

ビッグデータの使い方・活かし方
―マーケティングにおける活用事例

朝野 煕彦(編著)
東京図書

最初に発表いただいたリクルートライフスタイルの加藤史子さんは、スマホ・ユーザから許諾を得て収集した観光地の位置情報を用いて、実際の観光行動の分析事例を紹介された。どこを出発地とし、どこを経由して、どれぐらいの時間どこに滞在したかがわかることの意義は大きい。

地域経済にプラスの効果を与えるのは宿泊である。その頻度が少なければ、いかにして宿泊の魅力を上げるかが課題となる。ターゲットのデモグラフィクスがわかれば戦略が立てやすい。観光客が合わせて訪れることが多い地域がわかれば、それらをバンドルすることが考えられる。

このようなデータがない時代にどのように観光のマーケティングを行っていたかを考えると、いわゆるビッグデータの価値がわかろうというものだ。観光客の動きをマクロに把握して大きな流れを理解することも、ミクロに把握して個別の経路を理解することも、いずれも役に立つ。

次いでインサイト・ファクトリーの小野滋さんが「リサーチという経験のデザイン」(rXD)について報告される。自由回答に他者が読むという仕掛けを加えると、回答量が増加する。あるいは、アイデアに他者からの評価(いいね!)をフィードバックするとアイデアの質が向上する。

小野さんたちはさらに、予測市場のメカニズムをコンセプト生成に使うことにも挑戦している。それは MROC のようなコミュニティ・リサーチとも親近性がある。つまり、rXD は調査参加者間のインタラクション・デザインでもある。小野さんがこれを集合知と呼ぶのはもっともだ。

したがって、これらの手法はグループウェアやナレッジマネジメントの手法にもなり得る。最近注目されているユーザーイノベーションとも通底するものだ。このような越境的で革新的な発想は、現場だからこそ生み出せるだろうか・・・大学からではないことに、大いに反省すべきだろう。

懇親会の場で、加藤さんから参加者全員に、マーケティングとは(自分にとって)何かを答えるよう求められた。自分を含め、多くの答えは明確でなく、ネガティブな声もあった。結局のところ、マーケティングの中心は空洞なので、各自がそれを勝手に埋めるしかない。

今回お招きしたお二人のように、自らイノベーションを起こしていく実務家の足跡が、マーケティングというものを定義していく。文字面のように、つねに進行形なのである。

メディアプランニングの99%

2014-03-03 14:15:03 | Weblog
メディア環境が大きく変るなか、広告におけるメディアプランニングも進化し続けている。本書は、元々は ADK の社内向けの教科書を改訂するプロジェクトから始まったが、社外にも公開しようということになったという。この意思決定は、私のような大学教員にとって大変ありがたいことだ。

本書ではメディアプランを7段階で構築することが提唱される。目標設定から始まり、予算設定、カテゴリー定義と競合分析、コンセプトとターゲットの確認、エリア戦略の確認、季節性の確認、そして POE ・・・これは、例の Paid Media - Owned Media - Earned Media のトリアーデを指す。

最後に登場する、 Earned Media(ソーシャルメディアや PR の対象となるマスメディア)が重要性を増しているが、同時にプラニングの対象としにくい領域でもある。それに向け、ボトムアップなアプローチが必要だいうのが私の主張で、春に刊行予定の著書で述べている(と宣伝を織り込むw)。

本書に目を通しながら、へぇー最近ではそういう言い方をするんだ、と驚かされることが何度かあった。たとえば、個人視聴率ベースの GRP を TARP と呼んでいるが、私が広告業界にいた頃は「個人GRP」と呼んでいた。本書に注釈がないのは、それがあまりにポピュラーだからか・・・。

MEDIA PLANNING NAVIGATION
メディアプランニングナビゲーション

ADKコミュニケーションチャネルプラニングプロジェクト
宣伝会議

後半では、メディアプラニングのための調査が紹介される。ADK 独自の調査に加え、インテージ、野村総合研究所、ビデオリサーチのさまざまな調査が紹介されている。業界のたゆまぬ進化を思い知らされる。もちろん、ここに書かれていな重要なデータが、他にもあるに違いない。

本書は、現在、広告のメディアプランニングがどこまで到達しているかを、コンパクトにまとめた好著である。本書の帯には「メディアプラニングの99%がここにある。」と書かれている。この分野に詳しい人々は、残りの1%が何であるかを、読後に考えてみてもいいだろう。

ご恵贈いただき感謝いたします。

流動化する組織のシミュレーション

2014-02-28 14:58:44 | Weblog
一部の企業では、オフィスで固定した机が与えられず、出社次第自由に席を選んで仕事をするスタイルになっている。このことは、単にオフィス空間の効率的利用といった話で終わらない。それは、組織を流動化させるインパクトを秘めている。つまり、実は奥深い問題なのだ。

こうした柔軟なワークスペースに関する研究は以前からあるが、観察するだけでは解明できないメカニズムがある。そこで稲水伸行氏(筑波大学)は、エージェントベース・シミュレーションを行うことで、潜在的なメカニズムの機能を探ろうとする。その研究成果が本書である。

流動化する組織の意思決定
: エージェント・ベース・アプローチ
稲水伸行
東京大学出版会

稲水さんのモデルは、第1にアクセルロッドの文化の流布モデルに移動性を加え、第2にマーチらのゴミ箱モデルに組織の流動性を加える形で構築されている。そして、シミュレーション結果に妥当性があるかを、実際のオフィスの観察事例と比較して検討している。

最近、センサーを従業員に装着して互いの接触・交流を計測するような研究もある。そこから得た情報を解析したりシミュレーションしたりする研究は、今後ますますさかんになるだろう。そのとき、本書で整理されている既存研究や、本研究自体が大いに参考になるはずだ。

本書の前半では、組織論でのエージェントベース・シミュレーションを用いた研究が概観されており、組織の意思決定全般に関心がある人々にも有用である。こうした方法論が組織研究で広がっているとまではいえないまでも、着々と地歩を築いていることは喜ばしいことだ。

著者の属していた(いる?)東大ものづくり経営研究センターでは、現場での観察を重視しつつも、シミュレーションや数理モデルの構築を藤本所長自ら実践されている。そのような風土から、幼稚なデータ分析やことば遊びとは異次元の、重厚な研究が生まれてきたのである。

マーケティング研究では、非数理と数理、さらには数理なき数量崇拝、といった分裂があるが、それらを架橋するエージェントベース・モデルの役割は大きいはずである。これまでヤッコー(やったらこうなった)型の研究が多かったが、ビッグデータの登場で状況は変わりつつある。

本書をご恵贈いただき感謝いたします。

「ヤンキー」ゴーミーム

2014-02-27 15:15:50 | Weblog
最近、マーケ業界の一部で大きな話題になっている「マイルドヤンキー」について知るため、原田曜平『ヤンキー経済』を読んだ。原田氏は博報堂ブランドデザイン若者研究所のリーダーである。マイルドヤンキーは、残存ヤンキーと地元族の2タイプからなる。後者は、見かけ上ヤンキーの面影がないが、地元志向という点でヤンキー性を持つ。

原田氏がマイルド・ヤンキーに注目するのは、彼らの消費意欲が、他の若者に比べ強いせいである。たとえば、クルマ、酒、タバコのような、若者の間で「離れ」が起きている製品を、マイルドヤンキーは好んでいる。彼らは消費者調査で現れにくいが、重要なターゲットなのだ(本書の最後には、彼らをターゲットにした商品企画案が列挙されている)。

ヤンキー経済
消費の主役・新保守層の正体
(幻冬舎新書)
原田曜平
幻冬舎

マイルドヤンキーはITへの関心やスキルは低いとされるので、消費者調査の主流であるウェブ調査で彼らを捉えるのは難しい。しかし原田氏は、実際に彼らに会い、自宅にまで上がり込んでインタビューするというフィールドワークを精力的に行う。若者研に参加している学生たちも動員される。そこで明らかになるヤンキー像はなかなかリアルである。

そもそもここでいうヤンキーとは何かに疑問を持つ向きは、難波功士『ヤンキー進化論』を読むことを薦めたい。社会学者である難波氏は、多くの文献(含雑誌記事)、映画、漫画などを通して、ヤンキーということばの起源を探っていく。その結果、大阪のアメリカ村で生まれたとか、大阪弁の「~やんけ」から来ている、といった大阪起源説は否定される。

ヤンキー進化論
(光文社新書)
難波功士
光文社

ヤンキーの起源を探ることは、戦後日本の不良の歴史を探ることであり、その周辺の若者風俗史、あるいはファッションの歴史を探ることになる。ヤンキーという概念が変遷していくプロセスは、ミーム(文化的な遺伝子)が変異と交叉によって進化するというイメージがぴったりくる。マイルドヤンキーも、その延長線上にある、と理解すべきであろう。

ヤンキーの特徴として、難波氏は(1)階層的には下(とみなされがち)、(2)旧来型の男女性役割(男の側は女性に対して、性的でありかつ家庭的であることを求める。概して早熟・早婚)、(3)ドメスティック(自国的)やネイバーフッド(地元)志向、を挙げている。他に、当人たちがそう思っているかは別にして、バッドテイスト趣味、という特徴もある。

原田氏の『ヤンキー経済』の副題に「消費の主役・新保守層の正体」とあるように、彼らのライフスタイル全般に加え、(さほど積極的ではないにしろ)政治意識において保守的である可能性が高い。地元志向は、場合によっては排外主義に結びつく。実際、日の丸や特攻服、場合によってはハーケンクロイツをアイコンとして好んだりする面がある。

ヤンキーの「進化」が示唆するように、ヤンキーと非ヤンキーの間に大きな溝があるわけではない。ヤンキーとオタク、あるいはエリートとされる若者の間にはグレーゾーンがある。バットテイストは、食でいえば「フード右翼」的な嗜好になる。内なるヤンキーは、多くの人々のなかに棲息する。だから、ヤンキーものの漫画や映画は広く人気がある。

『ヤンキー進化論』の最後で、ヤンキー性の高いゼミ生ほど就職に強い、という著者の経験が語られている。『ヤンキー経済』に出てくるマイルドヤンキーは自分たちのコミュニティに閉じこもっている印象ではあるが、主観的幸福度が高い。いずれにしても、現代の日本社会を生き抜くための適応形態なのだろう。その意味で、ヤンキーの進化は終わらない。

食とイデオロギー

2014-02-25 08:59:44 | Weblog
前回の投稿で、イデオロギーがマーケティングにとっても重要な変数だと述べたが、その確信は速水健朗『フード左翼とフード右翼』を読んでいっそう強くなった。イデオロギーによって食生活が決まる(あるいはその逆)という単純な話ではないが、そこには奥深い関係がありそうだ。

フード左翼とフード右翼
食で分断される日本人 (朝日新書)
速水健朗
朝日新聞出版

本書で最初に紹介されるのが、東京ベジフードフェスティバルである。代替的な食生活を好む人々には、ベジタリアンだけでなく、ビーガン、マクロビアン、ローフーディストなど様々なタイプがある。彼らの考えはかなり異質なのだが、ゆるやかに結びついてベジフェスを運営している。

彼らのことを、著者は「フード左翼」と名付ける。自然食への嗜好は、潜在的に現代の消費文明への批判的態度を内包している。日本の有機農業のルーツは左翼運動と無縁ではないし、米国では対抗文化と結びついている。欧州では、環境保護派が議会でも有力な政治勢力になっている。

では、その逆の「フード右翼」とは何か。本書によれば、B級グルメを愛し、大盛りや高カロリーを好み、ジャンクフードやコンビニ弁当を常食とする人々だ。フード左翼か右翼かの差異は、社会階層の違いとも結びついている。フード右翼は、どちらかというと「下層的」である。

本書では、全体としてフード左翼への記述が多い。フード右翼の食生活は、「右翼」という切り口より、流行りの「(マイルド)ヤンキー」という切り口で語ったほうがよいかもしれない(両者は無関係ではないが)。最近のヤンキー論については、改めて触れることにしたい。

政治的立場と食生活の関連は、米国においてより明確のようだ。速水氏は、渡辺将人『見えないアメリカ』から、スターバックス・ピープル(=リベラル派)とクアーズ・ピープル(保守派)ということばを引用する。このような見方は、実際に選挙運動で使われていという。

見えないアメリカ
(講談社現代新書)
渡辺将人
講談社

ということで、渡辺将人氏の著書も読んでみたが、これまた面白い。渡辺氏は米国の上院議員選挙や大統領選挙のスタッフとしての経験を踏まえ、米国では保守-リベラルというイデオロギーが生活のあらゆる側面と結びついていること、それが選挙戦術に組み込まれていることを語る。

渡辺氏の著書では、そうした米国の状況がいかに歴史的に形成されたかが述べられているので、日本にそのまま当てはめることはできないことがわかる。その一方で、日本でも階層化が進み、ある種のイデオロギー対立が深まると、ある程度似た状況が生まれてくる可能性はある。

食にかけるコストは、衣や住ほどには格差が起きにくい(自然食が高コストだとしても)。だからこそ、本人の価値観やイデオロギーが現れやすいのではないか(他のさまざまな撹乱要因を伴いつつ)。これらの本から得た着想をデータで裏づけたいと、現在ひそかに考えている。

イデオロギーはヒューリスティクス

2014-02-13 09:52:34 | Weblog
今回の都知事選では、イデオロギーについていろいろ考えさせられた。といっても、一時期の日本の政治を支配した保革対立とか、まして社会主義対資本主義というイデオロギーが生きているといいたいわけではない。こうしたイデオロギーがすでに終焉していることは間違いない。

前の投稿でも触れた蒲島郁夫・竹村佳彦『イデオロギー』では、イデオロギーはヒューリスティクスだという見方が紹介されている。現在、有権者にとって投票先の選択がそれなりに難しいものなら、ヒューリスティクスが必要となる。その意味で、イデオロギーは健在なのである。

現代政治学叢書8 イデオロギー
蒲島 郁夫、竹中 佳彦
東京大学出版会

この本によれば、イデオロギーの起源はフランス革命の頃生まれた「観念学」にある。その後、マルクスとエンゲルスが、より強烈な意味を付与する。したがって、1960年代に米国を中心にわき起こった「イデオロギーの終焉」論は、マルクス主義への対抗意識が背景にある。

マルクス主義の影響力が失われたいま、イデオロギーは終わったというより、本来の意味に戻りつつある、と見たほうがよいだろう。実際、これまでの実証研究で、日本において左-右(保-革)という対立軸の影響は弱まりつつあるとはいえ、まだ生きていることが示されている。

ヒューリスティクスとしてのイデオロギーは、消費者の購買行動とも関連し得る。機能差がもはや選択の基準にならず、センスによる識別は一般の消費者には難しい。一方、エシカル消費といわれるような、購買において企業の社会的責任を問う消費者が増えているといわれている。

最近、グーグルはソチ五輪の開幕に合わせ、ロシア政府の同性愛に対する抑圧に抗議するかのようなメッセージを出した。これは、グーグルの社会的な価値観、イデオロギーが表明されたと考えられる。企業はそのようなコミュニケーションをする時代になった、ということだ。

都知事選-政治学理論の勝利?

2014-02-09 23:43:50 | Weblog
都知事選の結果は、舛添氏の圧勝で終わった。事前に流された予測どおりといえばそうだが、彼の勝因は何だろうか?都議会の最大勢力の2党が応援し、有力な支持団体がつき、本人自身の知名度も高い。それだけでも十分、と思えるが、それだけではないかもしれない。

直前に以下の本を読んでいたこともあり、政治学者から熊本県知事に転じた蒲島郁夫氏が、自らの勝因をダウンズの理論(その大元はホテリング)に求めていたことを思い出した。保守系候補ばかり立候補した状況で、彼は相対的に左寄りの位置どりで勝利したという。

現代政治学叢書8 イデオロギー
蒲島郁夫、竹中佳彦
東京大学出版会

今回は宇都宮氏と田母神氏が左右のイデオロギーの両極に立ち、細川氏が脱原発のワンイシューで1つの極を形成した。ソーシャルメディアでは(互いに対立する)この3人への支持者の発言が目立った。いわゆる知識人も同様で、それが争議空間を形成している印象があった。

舛添氏については、彼の人格や過去の言動への批判が目立った気がする。それには、自分がフォローしている人々に偏りがあるせいかもしれない。それにしても、舛添氏には、細川氏(むしろ小泉氏?)や田母神氏ほどには、熱狂的な支持者がいなかったように思える。

しかし、舛添氏は左-右のイデオロギー、脱原発-原発推進という争議空間において中庸の(あるいは、曖昧な)位置取りに成功し、有権者の多数派の票を獲得したのだと思う。ダウンズの理論では対立する候補者の政策も中庸に収斂するはずだが、そうはならなかった。

舛添氏は早い時期に、自分も脱原発派だと主張し、原発を巡るポジションの中庸に立った。有権者の選好が正規分布しており、他の候補者が初期の立場を変えないために、非常に効果的な戦略になった。元厚労大臣として福祉政策に強いことを強調したのも同じ戦略だろう。

こうなったのは、かつて政治学者であった舛添氏だけがダウンズの理論を知っていたためか、それとも、その理論では計り知れない原理で他の候補が動いたためか、定かではない。いずれにしろ、ものいわぬ多数派(silent majority)の存在を重視することで、彼は圧勝した。

あなたは、なに主義?

2014-02-05 09:52:19 | Weblog
経済倫理の本、などと聞くと敬遠したくなる人は少なくないだろう。しかし、サンデル教授の白熱教室で有名になったコミュニタリアン対リバタリアン、といった対立軸における自分の位置が、本書に用意された質問に答えていくと診断される、と聞けば興味がわくかもしれない。

経済政策への選好に関する研究プロジェクトで本書に出会った。有権者としての経済政策の選択は、価値やイデオロギーと深く関連する、というのはきわめてオーソドックスな考え方だろう。研究上の問題は、それをどう測るかである。当然ながら先人に学ばなくてはならない。

経済倫理=あなたは、なに主義?
(講談社選書メチエ)
橋本努
講談社

ところで、価値観やイデオロギーは、マーケティングのセグメンテーションにも使えるだろうか? イデオロギーはともかく、価値観という概念は、マーケティングの現場でもたびたび使われてきた。マーケティングの教科書には VALS というモデルが紹介されていることが多い。

本書で紹介されるのは、シュワルツやイングルハートといった心理学者あるいは政治心理学者の価値モデルだ。特に後者は、大規模な国際比較研究にまで発展している。日本では電通総研が参加しているので、価値観と消費との関連も研究されてきたのではないかと想像している。

価値観あるいはイデオロギーと、消費のある側面の相関が見つかると面白い。実際、TIME.com の行っているテストでは、使用ブラウザの違いが左-右のイデオロギーの予測変数の1つに使われている。逆に見れば、イデオロギーでブランド選択を予測できるということだ。

この本が出版されたのは2008年。著者の橋本努氏が最近の動向を踏まえて新たに開発した診断項目が、ネット上に公開されている。

渡来人からトヨタのネットワークまで

2014-01-24 19:05:13 | Weblog
昨日のJIMSマーケティング・ダイナミクス部会では、複雑系モデルの応用研究について伺った。前半は人類学・考古学に対するマルチエージェント・シミュレーションの応用、後半は自動車産業のサプライネットワークに対する複雑ネットワーク解析で、それぞれ既存の研究に挑戦している。

最初の坂平文博さん(構造計画研究所/東京工業大学)による研究は、人類学・考古学の資料に生じる「ミッシング・リンク」をマルチエージェント・シミュレーションで補おうとする研究だ。具体的には、弥生時代に起こった、縄文人から渡来系弥生人への人口転換が取り上げられている。

この問題については、簡単な数理モデルによる分析が過去にあるものの、それだけではなぜ転換が起きたのかの仕組みがわからない。坂平さんは、狩猟か農耕かという生業、一夫一婦か一夫多妻かという婚姻制度が、どのように上述の変化に影響したかをシミュレーションで探っている。

このモデルは、婚姻による遺伝、そして文化(ミーム)の継承といった要因が含まれている。つまり、生物学的なメカニズムをベースに、社会科学的な要素が加味されている。後者のウェイトが高まるにつれ恣意性は高くなるが、そのぶん歴史に近づいていき、面白みが増す(自分としては)。

2番目に登壇された鬼頭朋見さん(東京大学/オックスフォード大学)は、元々はロボティクスやエージェントモデルの研究者だったが、オックスフォード大学のBスクールに就職されたのを機に、自動車産業のサプライネットワークを複雑ネットワーク・モデルを使って解析されるようになった。

そういうデータは簡単に手に入るわけではなく、収集には相当苦労されている。しかし、トヨタのサプライネットワークが従来考えられていたピラミッド型ではなく樽型であり、さらにスケールフリーではないことが発見され、実データが安易な理論的予想を覆すというスリリングな展開となった。

産業というレベルでは、物理現象とは異なる独自のメカニズムが働いているのかもしれない。そして、頑健性のテストやサブネットワーク解析など詳細な分析が行われている。別のデータでの、二部グラフから入れ子構造(nestedness)を分析し、部品特性との関連を調べた研究も刺激的であった。

複雑ネットワークの社会現象への応用について、やはり現象の固有な特徴に合わせた中範囲のアプローチが重要なことを学んだ。同じようなことがマーケティングでもできないか・・・とりあえずは、いま自分が手にしている某ネットワークデータを、もっと念入りに分析しなくてはと反省した。

というわけで、またまた知的刺激に富んだ夜になった。

もはや消費者ではない消費者たち

2014-01-23 08:19:54 | Weblog
「マーケティングのパラダイム変革」というと手垢のついたことばだと感じてしまうけれど、やはりそう呼ぶしかないと思われるのが、ユーザーイノベーションの広がりだろう。35年前に MIT のフォン・ヒッペルが指摘し、日本でも慶応大学の濱岡豊さんたちが長く研究してきた現象だ。

本書の著者、神戸大学の小川進先生はそのフォン・ヒッペルの弟子であり、またユーザーイノベーション研究の第一人者である。昨年10月に出版されたこの本は、一般の読者向けに、その現状をまとめたもので、豊富な事例が紹介されている。そして、何といっても大変読みやすい。

ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来
小川進
東洋経済新報社

ユーザーイノベーションとは、消費者が製品を改良したり、製品を創造することである。フォン・ヒッペルの初期の研究では生産財が取り上げられていたが、いまや消費財でもかなり行われるようになった。その実態を、著者を含む研究グループが日米英の調査で明らかにしている。

その結果によれば、米国では消費財メーカーのR&D投資額の3分の1に相当する額がユーザーイノベーションで投資されている。日本では13%だが、それでも想像したより大きな額だ(英国では何と144%に及ぶが、これは企業による R&D が衰退しているということかもしれない)。

かつてトフラーが「プロシューマー」という名前で予言していた変化が現実のものになってしまった。よくいわれるように、仕事で製品開発の経験があったりして、ものづくりのスキルを持った人々が消費者のなかに増えている。消費者がもはや純粋な消費者ではなくなりつつある。

つまり、消費者やユーザーと、企業の開発者の関係がシームレスになっているのだ。消費者のなかには、プロの開発者やマーケターに限りなく近い人々がいる、と考えると、消費者を十把一絡げに扱うことができなくなる。あるいは、製造者と消費者の間に、第3の層がいると。

企業における開発者は、ふだんの生活では、その第3層に属しているかもしれない。そのことが、製品開発に新風を持ち込むのか、あるいはプロフェッショナリズムの衰退につながるのか・・・。後者であるとしたら、当然ユーザーイノベーションへの反発・反動は起きるだろう。

個人的には、ユーザーイノベーションをモデル化できるのか、といったことに関心が及ぶ。イノベーションのモデルに、どんなものがあるのだろう?(そもそもそれは可能なのか・・・)消費者モデルのイノベーションもまた必要なのだろう・・・それを起こすのは、やはりユーザーか?

好かれるマーケティング

2014-01-21 09:45:04 | Weblog
「インバウンド・マーケティング」については、すでにハリガンとシャアによる解説書があるが、昨年秋刊行された高広伯彦氏の本は、さらにわかりやすい。たとえばインバウンド・マーケティングの前史が詳しく書かれており、これまでのマーケティングの流れにおける位置づけが概観できる。

インバウンド・マーケティングのエッセンスは一言でいうと Get Found(見つけてもらうこと)だが、別の表現を本書から拾うと、Make Your Marketing Lovable になる。好かれるマーケティングを目指すということは、裏返せば、既存のマーケティングが好かれていない、ということだ。

インバウンドマーケティング
高広伯彦
ソフトバンククリエイティブ

既存のマーケティング=アウトバウンド・マーケティングは、売る側の都合で潜在顧客にアプローチし、日常生活に割り込んでいく。そこで提供されるメッセージは、人々にとって必然性がない情報だ。だから好かれない。インバウンドは逆に、買う側が訪れる。そこには必然性がある。

この本の後半は、インバウンド・マーケティングを実践するための手引書になっている。細部まで理解したという自信はないが、本書の基本的な主張については、同意できる部分が多い。マーケティングが進化を重ねた末に、現在どういうステージにあるかを窺い知ることができる。

一方、マーケティング・サイエンスに、本書が描くような顧客行動を的確に捉えたモデルがあるか・・・ぼくが不勉強で知らないだけならいいが、どうもそこには大きなギャップがあるような気がする。もちろんそれは、自分の研究にもいえること。その意味で研究者にもお薦めの本だ。

セルオートマトンから気迫ある製品企画まで

2014-01-16 01:02:57 | Weblog
本日の企業・産業の進化研究会@東京大学はなかなか刺激的だった。最初の発表者は、稲水伸行(筑波大学)、福澤光啓(成蹊大学)両氏で、実際の工場の生産ラインでリーダーがどう行動するかを観察し、そこから得た洞察に基づきエージェントベースモデルを構築している。

構築されたモデルは、西成活裕氏の『渋滞学』で紹介されている1次元のセルオートマトン・モデルに着想を得ている。そこから、生産ラインの密度、事故の発生率、リーダーの介入などがもたらす効果が解析される。シンプルなモデルにも非線形性が生じていて興味深い。

さらに興味深かったのは、聴衆からのさまざまなコメントであった。特に、塩沢由典先生(中央大学)から、より普遍的なオートマトン・モデルとして研究を進めたらどうかという提案があったこと。帰り道に、戸田格子、ソリトン、箱玉系の数理、等々について教わった。

マーケティングでのエージェント・モデルの嚆矢が Goldenberg, Libai & Muller 2001 だとすると、それはまさにセルオートマトン・モデルであった。現実への適合を目指し、エージェントに内部構造を持たせたり、エージェント間を複雑ネットワークで結んだりすればいいとは限らない。

ぼく自身、エージェントベース・モデルを用いた研究を進めるにあたり、その原点を確認する必要があると考えている。となると、オートマトン・モデルでマーケティング現象の何が語れるのか、そこから普遍的な何かへ架橋できるのか、といったことをもっと考えるべきだろう。

後半では、藤本隆宏氏(東京大学)が、今年1月10日に日経の経済教室に掲載された「成長へ「現場」強化支援へを」という寄稿について話された。それは、アベノミクスには供給側、とりわけ生産の「現場」への視点が欠けている、という問題意識に基づくものである。

そのことに異論はないが、需要側は重要ではないのかという疑問に対して、藤本先生は「気迫のある製品企画」が必要だと述べられた。それは、顧客の人生を変えてみせる、というほどの気迫だという。例としてあげられたのが、ハーレダビッドソンとホンダNシリーズであった。

マーケティングの人間としては、正直いうと、生産ラインの話より製品企画の話のほうに興味があるので、そこをもっと深く聴きたい気がした。とはいえ、それはむしろ、マーケティングの研究者が頑張って仕事をすべき領域といえるだろう(すでに優れた研究があるかも・・・)。

今日の二題は、製造業の「現場」を扱ったものであったが、7時から10時半まで続くこの研究会の伝統のおかげで、さまざまな話題が飛び出して勉強になった。セルオートマトンから気迫ある製品企画まで、自分としてもどうにかして手を出してみたいテーマである。

渋滞学 (新潮選書)
西成活裕
新潮社

また、以下の書籍には、稲水さんが、組織論におけるエージェントベース・モデリングに関して概観した章がある。

組織論レビューII
組織学会
白桃書房