09/03/20 歌舞伎座の元禄忠臣蔵①「江戸城の刃傷」


歌舞伎座さよなら公演三月大歌舞伎は「元禄忠臣蔵」の通し上演。2006年10~12月の国立劇湯での10作品上演は迷った末に全部見送り、前進座の映画を観たのみ。その後2007年6月に仁左衛門主演の「御浜御殿綱豊卿」を観たのみだったので、今月の6作品の通し上演を実は楽しみにしていた。
観劇前に丸谷才一の「忠臣蔵とは何か」を参考に読みながら、頭を忠臣蔵モードにしていった。
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【元禄忠臣蔵「江戸城の刃傷(えどじょうのにんじょう)」】(二幕)
まずは昼の部の「江戸城の刃傷」から。あらすじと配役は公式サイトより引用加筆。
元禄十四年三月十四日、浅野内匠頭(梅玉)は江戸城松の廊下で吉良上野介に刃傷に及び、城内は騒然となる。この様子を窺おうとした戸沢下野守(進之介)は、平川録太郎(亀鶴)に止められてしまう。内匠頭が取り押さえられてようやく刀を離すところに目付の多門伝八郎(彌十郎)が現れて詮議する。内匠頭は宿意のためとは言うがその訳は語らない。
まもなく老中の加藤越中守(萬次郎)、大久保権右衛門(桂三)、稲垣対馬守(男女蔵)らは、内匠頭即日切腹の沙汰を下す。多門は喧嘩両成敗のご法に触れるし柳沢美濃守吉保のところでの判断と聞いて再考を願うが聞き届けられない。
内匠頭が預けられている田村右京太夫(我當)の屋敷に庄田下総守(由次郎)、多門、大久保たちが検死役として到着。多門は庭先での切腹にも抗議するが改められない。赤穂家家臣の片岡源五右衛門(松江)の対面の願いだけはかなえることを主張して庭の隅に控えさせる。
内匠頭は多門のはからいで片岡が忍ぶのに気づき、思いを聞かせるように遺言と辞世を残して切腹の場へ向かう。濡れ縁に死に装束で出て辞世の句「風さそう花よりもなほ我はまた 春の名残をいかにとやせむ」を詠い上げての幕切れとなる。

「仮名手本忠臣蔵」三段目・四段目とイメージの重複を避けているのか、内匠頭が吉良上野介に切りかかる場面や切腹の場面はない。
仮名手本の加古川本蔵のような役回りの梶川余惣兵衛を菊十郎。独特の渋い声で目付の多門に内匠頭を押さえ込んだ時の状況を一生懸命語るのが好ましい。多門は意趣ありと聞き刃傷ではなく喧嘩だと調書にしっかり書き取らせ、吉良が刀を抜いて応戦しようとしていなかったことも確認。
老中3人が幕命として内匠頭のみの切腹を伝えると殿中の法度に従った吉良をお構いなしとする判断に異議を唱え、「武士の脇差心なし」と非難。吉保の縁戚だった吉良へのえこひいきだと世上に言われるのもいかがかと主張するが押し切られる。
大柄な彌十郎があの迫力で正統な主張をするのを封殺する小柄な萬次郎が独特の古怪な存在感で拮抗。見応えがあって堪能。

内匠頭は切腹の沙汰を粛然と受け止めるが、吉良の生死を確認する。多門が吉良は存命だが高齢でもあり養生によっては死ぬ可能性もあると答えるやりとりは、一国一城を投げ打った意趣返しは相手の死によってしかかなわないのだと理解の上の武士の情けなのだと思い当たる。
真山青果の元禄忠臣蔵は冒頭から「武士の心」に重点を置いた台詞劇として展開されるのだなぁと納得した。
梅玉は内匠頭もいま最高のはまり役だろう。ただし浅野内匠頭長矩という実在の人物が本当にこんなに温厚そうな人物だったとは私には思えない。梅玉の内匠頭だと温厚な地方の藩主に領地領民を投げ打つまでに追い込んだ吉良上野介の方がよっぽど悪い人間だったのだろうというイメージが浮かんでしまう。まぁそれはそれでお芝居なのだからわかりやすくていいのではないかとも思う。

いろいろイメージが飛んで頭が疲れるようなそれが楽しいような・・・・・・(笑)こういう芝居を観るのもまぁいい経験だと思えた。
(3/22訂正)筋書を読み直して間違っていた箇所を訂正させていただいたm(_ _)m

(3/26写真追加)写真は歌舞伎座正面の垂れ幕だが、今月は「元禄忠臣蔵」通し上演ということでしっかり演目名がどどーんと書かれているのが嬉しい。
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