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ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

10/07/24 マーロウの「ファウストの悲劇」の猥雑さ、救いのなさに考える

2010-08-08 23:59:53 | 観劇

最近は観劇前に下調べをするような余裕もなく、昔々に少年少女版世界文学全集にあったゲーテの作品を読んだ記憶からは、悲劇では終っていなかったはずの「ファウスト」。
蜷川幸雄演出で野村萬斎主演とくれば迷うことなく観劇を決定し、同じく萬斎贔屓の玲小姐さんとご一緒した。観劇前後の行動はこちら
【ファウストの悲劇】演出:蜷川幸雄
作:クリストファー・マーロウ 翻訳:河合祥一郎
出演:野村萬斎、勝村政信、長塚圭史、木場勝己、白井晃、たかお鷹、横田栄司、斎藤洋介、大門伍朗、マメ山田、日野利彦、大川ヒロキ、二反田雅澄、清家栄一、星智也、澤魁士、市川夏江、大林素子、時田光洋、中野富吉、大橋一輝、手打隆盛、鈴木彰紀、川崎誠司、浦野真介、堀源起
Bunkamuraの公式サイトはこちら

上記の公式サイトのあらすじにちょっと疑問があるので、自分で書いてみる。
ファウスト博士は知識欲が旺盛で次から次へと修めていったが、どの学問にも最後には無意味さを感じ、ついに黒魔術の世界に手を染める。なるようにしかならない人生であれば悪魔に魂を売ってでも全能の力を手にして思うがままに生きる道を選ぶ。
魔方陣を描いての呼び出しに現れたのはルシファーの召使いであるメフィストフェレス。血の契約書をもって、メフィストフェレスを自分の召使にして好き放題に24年間を生き、その後は魂を渡すことにする。
ファウストは実に傲慢な人間なのだが、神をも畏れぬ一歩を踏み出したことで葛藤に襲われる。良心が「善天使」の欲望が「悪天使」の姿となってファウストの前に現れて囁くが、いつも欲望が勝ってしまい、メフィストとともに世界を旅しながらやりたい放題をする日々を送る。度々「二人の天使」の姿をもっての葛藤はするものの、ファウストの放埓は続く。
ところが約束の24年はやはり着実に過ぎていく。時が迫り、地獄にゆく恐ろしさが増してくるファウスト。神による救いがないことへの絶望に襲われるファウスト。
悪魔に魂を売ったことを心から後悔し、神に救いを求める死の直前の長い長い独白がすごい。
「千年、十萬年、地獄に住まわせようとも、最後には救ひ給へ!」
そうしてとうとうメフィストが勝ち誇ったようにファウストの魂を奪う幕切れ。
やはり悲劇だった!

しかしながら、その途中は滅茶苦茶なコメディタッチな舞台であり、初期の井上ひさし作品のような猥雑さに満ち満ちている。まるでファウストが「表裏源内蛙合戦」の平賀源内に重なってみえた。若手スタッフの企画に蜷川幸雄が乗ったということだが、いただく蜷川大将の性格をよくわかっていて乗せてしまうスタッフたちを讃えたい。その上で巨匠は稽古直前まで考え抜いて歌舞伎小屋での「ファウスト芝居」上演という入れ子構造の演出を思いついたらしい。
客席の提灯や定式幕はコクーン歌舞伎の時のようだし、狂言回しの木場勝己はちょんまげ頭のピエロの拵えで登場。中越司の舞台装置は奥に歌舞伎小屋の楽屋が透けてみえる。正統な衣裳の天使たちや漫画チックな悪魔たちが、宙吊りでかなり安っぽく登場するのもご愛嬌。舞台の下の部分はわざと見えるようにしてあって、場違いな衣裳で現れたメフィストフェレスが地下に姿を消して着替えるところも見せて客席を湧かす。

長塚圭史は前半は奥で飲んだくれている役者の一人でいて、第2幕で初めて飲んだくれの騎士ベンヴォーリオとして登場し、ファウストに散々にやられるという仕掛けもあり。遠いヨーロッパの昔の傲慢なファウストの話ではなく、コクーン歌舞伎を楽しんでいる現代の日本人の生き方にもこんな傲慢さがありはしないかという蜷川幸雄の挑発だろうか?!

野村萬斎は、「オイディプス王」同様に実に傲慢な人間が似合う。傲慢な人間でありながら、実にカッコいい!首を切られたはずがまた首が生えるという場面など足捌きの美しさに惚れ惚れする。
さらにその傲慢さゆえに滅びていくことへの悲嘆のスケールの大きさは、古典芸能の芸の力でこそ表現できるのだと今回のファウストでも痛感する。松本幸四郎もオイディプス王を演じているのを高校時代に観ているが、萬斎の方が身を滅ぼした後の惨めさとの落差が出る。萬斎の華奢な身体が活きるのだろうと思う。

「表裏源内蛙合戦」で“裏”の源内役だった勝村政信のメフィストフェレスが実に魅力的だった。美味しい役ではあるが、勝村のとぼけた味が可愛いすぎる。そしてファウストの召使でありながら、実はファウストを支配していっているというのがよくわかる。
野村ファウストと踊るタンゴは勝村メフィストがリードする。「ラ・クンパルシータ」と思われるポピュラーな曲に乗って踊られる男どうしの官能度の高いタンゴにわしづかみにされ、これだけでも満足してしまいそうな程だった。しかし、冷静にその意味を考えると、やはりファウストが欲望=メフィストの虜になっているということの表現だろう。

ゲーテの「ファウスト」との違いは、最後に救いがあるかないかと、女性の存在感にあると思う。ゲーテの作品ではファウストがひどい目にあわせた乙女の魂によって、最後には神の赦しを得られるという結末で締め括られる。ところがマーロウの作品は徹底的に救いがなく、登場する女性もあまり大きな役割がない。
それは、マーロウという作者の人間性が投影しているからということのようだ。マーロウは無神論者で男色家だったという。さらに暗殺ともいわれる不審な事件によって若くして殺されている。政府のスパイをしていたという説もあり、死の予感をもってこの作品を書いたとも言われているようだ。無神論者で男色家という当時では異端な生き方をしていたマーロウが、死を予感しながら傲慢な生き方をしてきたことを悔やんで嘆き、最後には救いをもとめた気持ちがファウストの最後の嘆きに投影していたのではないだろうか。

それにしてもファウストが魔力で呼び出した美女が大林素子だったり、女装の鈴木彰紀(つくりもののおっぱいもよくできていたし、美しいニューハーフさんのようだった!)だったりしたことで、小柄な萬斎とのギャップを強調して本当の愛の相手ではないという演出だったように思う。マーロウのファウストは女を本当には愛せないという設定なのだろう。

脇役はみんな何役も兼ねて好演しているが、ベルゼバブ大王ほかをこなしたマメ山田の存在感と「善天使」の清家栄一と「悪天使」の二反田雅澄が特に記憶に残った。蜷川組初参加の白井晃も淡々としていてよかった。
 
ファウスト伝説を主題にした文學作品はいろいろあるらしい。実在したファウスト博士についての情報はこちらをご紹介(Wikipediaの「ゲオルク・ファウスト」の項)
Wikipediaの「クリストファ・マーロウ」の項はこちら
以下のサイトも参考にさせていただいた。
岡田俊之輔氏の「ファウスト的自我の運命——マーロウ、ゲーテ、バイロン」はこちら
しのぶの演劇レビュー: Bunkamura『ファウストの悲劇』


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5 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (玲小姐)
2010-08-09 11:08:08
最近腐女子についての本を何冊か読むことがあり、この舞台も、まあ、腐女子的には萌えどころ満載でしたね(笑)。所詮、現実的で打算的な女なんか必要ないのよ、夢見る男には(爆)。そんな男の子がまたかわいいのですが。

BSの玉さんの番組で、お若いころの映像が出てきたのですが、萬斎にそっくり!やっぱり、ワタシの好みは30年前から変わっていなかったのかと認識。
返信する
後悔しきりです・・・ (恭穂)
2010-08-09 20:49:24
ぴかちゅうさん、こんばんは!
この舞台、出演者に苦手な方がいたのでチケットをとらなかったのですが、
ぴかちゅうさんのレポを読ませていただいて、
観にいかなかったことをとっても後悔してしまいました(涙)。
勝村さんのメフィストフェレス、観たかった!!
萬斎さんのファウストも、きっとかっこよかったのでしょうね~。
歌舞伎座とファウストの組み合わせというのも、
とっても気になりました。
再演・・・はきっと暫くは無理でしょうから、
DVD化してくれるといいなあ、と思います。
私の次の蜷川さんの舞台は「ガラスの仮面」です!
ぴかちゅうさんとは観劇日がずれてしまいますが、
今からとても楽しみですv
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皆様、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2010-08-10 01:58:57
★玲小姐さま
元祖・腐女子のぴかちゅうです!ってたいしたことはありませんが(^^ゞ
男色家のマーロウが書いた「ファウスト」を悪魔に魅入られた男の話にして男色的エロティシズムで仕上げるには、バックを歌舞伎小屋にするというのも効果的だったですよね。
最後には自分との約束を反古にした男を赦さずに破滅させるメフィストって、「桜姫東文章」の白菊丸の執念にも通じるものがあるかも?!そこまでの固い絆を結ぶには、生活や子育てという現実に引っ張られやすい女性を相手にしないで男どうしの方がふさわしいように思えます。
「ザ・スター」の玉三郎特集はなんとかして見ようと思っています。そんなに萬斎と似ていたの?!
★恭穂さま
やっぱり悪魔は可愛くて魅力的でなくてはいけません。真っ白いタキシード姿の勝村メフィスト最高でした。DVDでもいいですから一見の価値ありですよ。
上川×勝村の「表裏源内蛙合戦」を連想して観ていましたが、井上ひさしさんは亡くなってしまったけれど、蜷川さんにはもっともっと長生きしていろいろと見せて欲しいと思っています。蜷川さん企画、ガラかめ、ゴールドシアターと続けて観る予定です。
恭穂さんとは世田パブの「ロックンロール」前楽でご一緒できそうなので、楽しみにしています(^O^)/


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コクーン歌舞伎?! ()
2010-08-10 23:53:42
劇場に入った瞬間は、かなり戸惑ってました。(笑)
が、、、
歌舞伎小屋を模したセットと、その芝居を上演しているという、
”劇中劇”といった演出に感心しきりです。
さすが蜷川さん!って感じです。(笑)

悪魔や天使が飛び交い、クルクル回り、
爆音と共に煙や炎が巻き上がり、
思わず(シルク・ドゥ・ソレイユ?)って思ってました。(笑)

しかも悪魔の外見が、漫画やアニメでおなじみ(?)の姿だったので、
(デス・ノート?)って思ってたし。(笑)

>ファウストが欲望=メフィストの虜になっているということの表現
すごく納得です。
なるほどぉ~!って感じです。
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★「ARAIA -クローゼットより愛をこめて-」の麗さま (ぴかちゅう)
2010-08-11 01:11:28
TBも有難うございますm(_ _)m
>(あれ?コクーン歌舞伎だったっけ?)と錯覚......これで遠いヨーロッパの昔の伝説がググっとシアターコクーンに通い慣れている私たちに身近になりましたよね。
「悲劇」なのにこんなにドタバタ喜劇でいいのかと思いつつ観ていました。ゲーテの作品は悲劇で終っていなかったし・・・・・。
勝村メフィストが可愛くて魅力的で、その魅力(=欲望のままにできる力)の虜になっているファウストがだんだん心配になっていったら、案の定の悲嘆の場へ。
可笑しくてエロティックで最後には自らの傲慢さを悔いて救いを求めても救われなかった悲劇の物語。蜷川さんの周囲が仕掛けて「ジジイをのせるのがうまい」と大将も感心したという企画に、私も予想以上に感心させられました。
>デス・ノート?......確かに夜神月(ライト)も傲慢でした。その傲慢さで身を滅ぼすというあたりは共通していますねぇ。
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