光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

日曜の夜と月曜の朝

2006-11-20 07:25:18 | 散策
  朝の天気、雨上がり。路面は濡れていて、瓦は結露か。今頃、太陽が顔を出して、光線が目に入った。風は弱い。室温12℃、春だと、4月の温度である。
  めっきり、木々の紅葉が進んだ。カエデ、あるいは似たもの、はかなり赤い。広葉樹は、数は多くないが、ほとんど葉っぱが散っていて、もう冬支度を終了したものもある。
  松とか杉は、さすがに紅葉するとはいわないようだが、結構黄色くなるもので、枯れ落ちる葉も多い。モチノキがある。モチは黐。うまく出た。この葉っぱこそ枯れることはない。ただ、樹齢で、枝から枯れてゆく部分も多い。そうゆうときに、赤い実をたくさんつけるのかも知れない。
  ツバキの一部は花を咲かせている。ツバキにもいろいろあって、必ず虫に食べられるものがある。その虫がいなくなって、すっかり丸坊主にされた枝から、小さな芽がたくさん出てくる。それが、朝日を浴びると、ぽっとルビーのように浮かび上がる。この景色がいい。  

雨を気にしながら、歩く

2006-11-18 19:00:46 | 散策
  土曜日のお昼は、テレビ東京の”なんでも鑑定団”をやっていて、これを見ている。その系列局?は、ここにはないが、TBS系列の局で何故かやっている。さらに、日曜日もやっているが、これは見ない。
  ご飯を食べてすぐ横になると牛になるといわれた。しかし、すぐに横になっても牛にはならないが、やはりTVを見るときは横になるのがいい。それはいいが、天気が怪しくなってくる。午前がいいわりに、午後から黒い雲が発生する。にやり笑って、外に出るのが楽しみだが、天気が気になる。
  傘を持つか考える。こうゆう時しか、カメラを持って歩く事もない。傘を持ちながらの、撮影は難しい。でも、昔は雨の時に、わざわざ電車に乗ってあるところまでゆき、そこから、てくてく歩いて、お寺まで行ったものだ。そこに入るのに、いくらかのお金も払った。
  傘を持たないで歩いて、ミニカメラを2、3回押したら、妙な音がした。どうしたのか、液晶を見る。メモリがない。そうですか。急遽、出発点に戻る。もう一つを、取りに行く。なんとなく、怪しげな、不可解な気分になる。どうしたもんだか。それで、とぼとぼ、さっきのところまで戻る。頭の中はからっぽか。
  信号で、車の途切れるのを待つ。右左、前後ろ、車が来ていないことを確めて横断する。雨が、振り出しそうな感じだ。私は、ちゃんと傘も持ってきた。でも、結局、傘を持ちながらの撮影となると、片手撮りしかないことに気付く。いくら、傘のストラップをたとえば左手の小指で持っても、傘はゆれる。それ以外の左手と右手でカメラを持っても、傘の振動はなかなかおさまらない。で、片手撮りになるわけだが、今度は、カメラのあちこちにあるボタンに触れてしまって、設定がくるう。なかなか、うまくはいかないものだ。
  これは、片手撮りかどうか忘れた。設定が狂ったかどうかもわからない。このカメラでも、途中でフィルム切れになった。メモリがたくさんあっても、使えばなくなる。当たり前のことでした。


ちょっと昔の話

2006-11-18 07:36:28 | 散策
  朝の天気、雲の多い晴れ。このところ、ずっと、晴れもあれば雨もあり、真っ暗だったり、やけに明るくなったり。今はまぶしい太陽が出ている。室温12℃。
  少し前のことになるが、ある人と話をしていて、その方が帰られることになった。初対面の、若い男性であった。その人が、玄関に向かって5、6ぽ歩かれて、すっと消えた。消えたように見えた。な、なんと、そこで、板の間で、段差のあるところで、ひっくり返ったのである。足がしびれていたと言う。私は背中をさすってやり、ぬるいお茶を一杯持ってきて、本当に大丈夫か聞いた。
  これも、少し前の話だが、恒星食というのが起こった。AstroArtsさんのニュース、国立天文台の、アストロ・トピックスに、詳しく掲載されている。恒星食、これまた、何のことか。説明を読んでゆくと、今回は?、恒星が、小惑星に隠される現象であることがわかる。隠される恒星の明るさは、9等星。暗いなー、こんな星、いくらでもありそうだ。が、ある位置にあるから、さらに、明るいとは思われない小惑星に隠されるのである。星の数ほど星はある。小惑星も多い。しかし、恒星が小惑星に隠される現象は、多分めったに起こらないのではないか。
  この現象を研究されている方がおられるわけだが、恒星食が起こるとわかったときは、どう思われたのであろうか。そして予報を出すときの心境は。
  この現象をまた、ちゃんと観察される方がおられる。約2等くらい暗くなる。これって、どうして観察するのか。
  ため息の出る話でもあった。

キャベツの味

2006-11-15 19:21:26 | 植物・花(秋)


  生で食べられる、今頃の野菜は何か。旬という考えは、私にはない気がする。だから、旬の野菜もわからない。今も、ミニトマト、普通のトマト、生で食べられる野菜の代表かな、は、売っている。ミニトマトなどは、ほどほどの値段である。でも、タイトルがキャベツの味なので、生で食べられる、今頃の野菜は、キャベツという事になる。
  キャベツの味、何度かこのことが頭に思い浮かんだ。一回似たようなことを、書いた覚えもある。そのときは、虫になった気でいたかも知れない。今回は、純粋にキャベツの味についてと書きたいが、さてどうなるか。
  キャベツの味というと、ちょっと辛いと思えるものもあるが、ほんの少し甘い味、ということになる。果物は、概して甘い。特に、むやみに甘みを強化しているように思える。昔の、夏みかんの味を最近味わうことはない。リンゴ、ミカン、を今、食べているがかなり甘い。甘みのもとは何か。
  お砂糖。これは、グルコース(ブドウ糖)とフラクトース(果糖)が、一個ずつ結合したものである。学校でそう習った。このお砂糖を、シュクロースとか、サッカロースとかスクロースとか、ショ糖とか、かってな名前で各自呼んでいるようである。それで、さて、果物でも、野菜でもいいが、それらの甘みは、ショ糖、グルコース、フラクトース、どれが主体であるか、キャベツの味を味わいながら、私は、考える。これ以外に、甘い味のもととなる糖は、あるはずで、でも、昔習ったことだから、それは、忘れよう。
  サトウキビの味は、これは、ショ糖の味。字のごとくである。果物はどうか。フラクトース、あるいはグルコースそのものを味わうことは、滅多にない事に思える。特級の、こんな字だったか忘れたが、α-D-glucoseなど、並んでいた事を思い出すが、さすがにそれをなめるまでは、ゆかなかった。そこまでは、空腹ではなかった時代に活きていた。
  それで、キャベツの味だが、明らかにミカン、リンゴの甘みと違う事を考えると、多少のカリウムとか、マグネシウム、ナトリウムなどのイオンが味に影響するかも知れないが、その甘味のもとは、グルコースではないかと、私は、思う。これ以上のことはわかりません。

  ハボタンの写真です。今日は、一時青空が出ました。このハボタンは、残念ながら刈り取られていました。食べ物だったのかね。


断片化

2006-11-15 07:35:20 | 散策
  朝の天気、雨。風は弱い。室温13.5℃。
  夜中から、激しい雨になる。特に、気にすることもなかったが、ただ少し涼しい。それほど、気温の変化はないが。でも、一応日干し、いや陰干ししておいたカーディガンを着る。セータとカーディガンの違いが、曖昧になった。
  灰色の空の朝。これが続くといやになる。しかし、日が昇るとともに、見えないが、明るくなってきた。雨がときおり激しくなる。しかしこの雲の色だと、ひどくはない。雉がいる。ヤマバトはぬれた柿の木の枝に平行に止まっている。西の空から明るくなって来た。
  PCを再生する作業。印刷、写真機関係のソフトを入れる。まず、プリンタ。プリンタ本体が必要になった。データディスクに、これは交換していない、新しい追加ソフトが入っているので、続けて入れるが、いちいち書き換えをするタイプだ。さらに、カメラのソフトを入れる。一部、同じものがある。これで、メーカが予測できる。そのメーカです。これも、同じことをやってくれる。古いのを除き、新しいのを、インストールする。時間がかかる。”インスツール”とどうしてもいってしまう。これが書きたかった。
  いろいろ、ない知恵を働かせる。連続化をする。ファイルは連続化するようだが、ディスクイメージは、棒グラフ、欠けた櫛になっている。そこにまた、インストールする。また、断片化する。横に、でかい空間があるやろうに。勝手なことを考える。
  やっぱり頭が痛くなって、むかついて、ばかばかしいと思う。断片話。  

中間地帯

2006-11-13 19:14:52 | 散策
  朝の冷え込みは結構あったが、その後は、順調に気温は上がった。
  外に出た話しが一番だ。これしかないことがわかった。ずいぶんとふるいパーカを着てみた。朝の冷え込みが頭に残っていたからだ。だが、風もどちらからともなく吹いているし、太陽も雲の隙間から、あるいは直接に顔を出していて、マントを脱ぐ必要もなく、また着ていても暑い感じはしない。
  今ごろの見ごろの植物は何か、いつものように右左を見る。書いていておかしくなるが、見ごろなんてもうないような。サザンカはまだまだ咲いているし、散っているものも多い。さらに、ツバキの色に近い濃いピンク色、あるいは紅色の花を見ると、これってホントにサザンカかと思う。私は、ぼんやりしていて、十字路の隅に生えている蔓とともに成長するウリのような植物を見るのを忘れていた。わざわざ、引き返した。やっぱり、赤くはなってなくて、これは、カボチャの色に近いと思った。カボチャか、ちょっと時期がずれたが、しかし、これが、風物詩として出てくるのは、この島では、もう少し先の話ではないか。それらは、店に並ぶが、南半球からの輸入品だったりする。カボチャは、トマト同様シーズンになると苗で売り出されるが、これが、見事になっている、家庭菜園、あるいは個人の家の庭で、のを見ることはあまりない。
  今頃なのという感じもあるが、ギンモクセイと思われる植物を見る。キンモクセイと同じように、小さな花が咲いている。銀色ではないが、白でもなく、象牙色でもなく、もっと適切な色があるはずだが、浮かんでこない。真珠というと、これはちょっと言いすぎ。
  何を思って中間地帯と書いたか、これがわからない。ここは、島の真ん中あたりでもあるし、気候も秋に傾いたし、ほどほどにくたびれているので、そう思ったのかも知れない。調和とは、かなりかけ離れたものである。
  朝は、私が、書き込みをやっていたときは快晴で、まだ低い高度からの、東南の方向からの光が差していた。少し退色したカエデにこの光が当たる。肉眼ではわからないが、その一部が、可視光に分解して彩りをそえた。


注意書き

2006-11-13 07:30:25 | 散策
  朝の天気、快晴。雲少々。南の風、白煙を見ていてわかった。室温10℃、明るいから、そんなに寒くないと書きたいが、寒い。
  いつのまにか晴れていた。色々なファンがあるが、PCのものは縮んだからか、”ちぢむ”は、ちじむでなくてちぢむだった、カタカタなっている。10分経過。まだ、なっている。電気ヒータにもファンがついていて、これは共振しているのか、はっきりうるさい。ヒータに長くあたっていると、低温やけどになる。長方形に切ったボール紙にアルミ箔をまいて、これを右足のふくらはぎの辺りに輪ゴムで取り付ける。こうして、低温やけどを防いでいる。アルミは破れる。さらに、まきつける。厚くなった。10枚は、入っている。
  低温関係続き。ヒゲソリの蓄電池は、リチウムイオン・タイプである。なぜか、充電は15℃~35℃で行なうようにとある。そういえば、カメラの蓄電池も全部、リチウムイオン・タイプであった。カメラの説明書には、そんなことは書かれていない。でも、確かに、気温が低いと、電池も持ちが悪い。理屈のわかる人にとっては当たり前のことなのだろうが。これからは、手で暖めながら、カメラの電池の充電をしないといけない。

揺れている

2006-11-10 19:11:45 | 植物・花(秋)
  残念ながら、いままでお付き合いをしてくれた物と、お別れをしなければならない。物持ちがいいと言われる、別の言い方では整理がへた。役立たずの物をいつまでも持っている。『本』なら、まだまだ現役だが、なぜ近代科学の粋を集めた最先端の物は、捨てるしかない、いや、捨てることも出来ないので、他で保存するしかないのだろう。
  どうも、購入して、1、2年の物について書いているようだが、実際は、少なく見積もっても、もう10年は使っていない。再生という現象は、生命活動では、当然のごとく行なわれる。多少、ひざ小僧をすりむいても、殺菌処置をしておけば、もとどおりになる。もっとも、その再生も、老化とともに、なおる具合が遅れるのも事実だ。でも、たとえば、ビデオとか、TVとか、真空管モニタとか、さらに、ちょっと前のPCもだが、これは現実に、ここにどっかと居すわっているが、使われるとことはなく、直される事もない。どうしたもんだか、大変な付けがたまっている。さらに、私は、いままた新しい何かを買おうかと考えている。こうして、一日が過ぎてゆく。
  腰が痛いが、物質移動作戦の一回戦の裏、最後、使うことないPC98を、他の場所に移動する。上げたときは、これは低い山を登るときと同じで、楽だった。しかし、これをもって階段を下る、山を下りる、ときはきつい。きついが、ここで倒れるわけにもゆかず、外まで運び出した。物をどうにか移動したが、あまりいい気分はしなかった。汗が出て来た。罪悪感はない。これから、どうするか、ヤジロベエのごとく揺れた。心拍が上がって、少しふらついたのだった。

  大風が吹いたのは、火曜日。その翌日に撮ったものの一つ。大風の日は、まだ蕾だった気がする。翌日は、いい天気だったが、その蕾と思われた花は残ってはいたが、そして咲いていたが、ご覧のとおりの状態である。まだ、これに反応する自分がいる。これが、なくなるときが、やがて来る。

  

謎めいた言葉

2006-11-10 07:30:17 | 散策
  朝の天気、うす曇。夏と秋の雲が入り乱れている。室温18℃。
  辞書がないと、本は読めない。広報誌も同じで、辞書を2、3冊並べる。わからない言葉があると、それなりに調べるが、どうしてもわからないものがある。腰は痛かったが、ネットで調べることにした。10、11月号、合計4冊を引っ張り出す。まるで囲ってある文字列を入力する。問題は、読み方、これが出ていないといけない。それにしても、ずいぶんと、登録されているねー。全部、わかった。ハハーンというのが半分。
  『大辞林』の第三版が発売された。これを、購入、現在使っている。注文してから、重さが気にかかった。でも、一応片手で持つことが出来る。よかった。ただ、初版より、文字の印象は、ちょっとね、という感じだ。
  難読文字の続き。どんどん解決してゆく。もうすぐおしまいと言うところで、画面に文字列を入力する前に、なぜかその意味がわかったものがあった。不思議、読んでるときにはわからなかったが、それは、人の名前、ある本の訳者の方のお名前だった。これも、一応調べる。当たり前だが出ていた。
  ある俳優の方が、謎めいた言葉を話した。「常識を疑うことです」。その方は、ある探偵もののドラマか映画の、探偵の役をしている。常識でゆくと、探偵さん、あなたが犯人ですね、と言うことになる。これを、疑うとどうなるか。これが、今朝の問題です。

  追記:昨日、11月9日の、水星の太陽面通過について、国立天文台関係の映像は、こちらのページからご覧になるのがいいようです。たぶん、全部まとめて見ることが出来るはずです。

中掃除のここが大切

2006-11-08 18:59:32 | 散策
  押入れ。ここに入って遊ぶ人はなく、ここで眠ることはない。
  押入れの下段、ここに、いらないものが入っている。下だから、そうゆうものが入る。色々なものがあるが、肝心なのは、電気掃除機をなるべく使わないで、物を、むろんゴミまみれだが、出すこと、そう思った。ぺしゃんこにされた段ボール箱は、押入れの下側の”上”にあったが、ものすごい綿ぼこりで覆われている。これを、丁寧に掃除機で吸い取ろうとした。が、私は、ここ何年かで、2回も電気掃除機をおしゃかにしてる事を思い出した。
  電気掃除機がだめになる、原因はいくつか考えられる。一番大切なのは、あまり使わないこと。それだと、話しにならない。そのとおりで、次は、負担にならないように使う。これしかない。
  押入れの中は、深い。空の、これは3次元の格好をしてる、段ボール箱が出てくる。段ボール箱に、段ボール箱が入っている。これらを、外に出す。床板の上は、かなりのほこりで満たされてくる。幸い、朝日が昇るとともに、気温も上昇、最低外気温は、6℃代だったが、今はさほど冷たくない。空気を入れる。窓にいって呼吸。まあるく、電気掃除機を動かして、これからが大変だ。
  ゴミをつけたまま、箱を移動する。外に出す。階段を降りて登って、これを6回くらいやった。ゴミを落とさないようにするのも肝心だが、階段の上り下りはこたえる。普段の3日ぶんくらいやった感じだ。
  この辺で止めとかないと、愛想をつかれる。
  中掃除で肝心なことは、まず適度にゴミやらほこりは、特に押入れの中は、残しておくこと。ゴミをつけたままいらない物を外に出すこと。いい事もある。階段の上り下りが必要な場合、適度な運動になること。この辺で止めておこうという、判断の基準がわかること。

  体の調子はよくないが、いい天気だ。いろいろな被害にあわれた方、ご苦労様です。汚れのない、いい空気を吸うことも必要である。普段どおりの道を歩く。一応、ミニカメラは持った。最後のほうに撮ったもの。明暗がやけにひどい。