月見台の家.1 ~山の上のロマネスク~

2010-11-08 23:44:11 | 月見台の家

住宅設計の依頼を受け、初めて敷地に向かう時のことは、いつも心に残るものです。現在、建設がすすんでいる「月見台の家」の時もそうでした。事前に知らせていたいただいた住所を頼りに、電車の駅を降り、しばらく歩くと、小山にのぼっていく階段状の坂道が続いていました。

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曲がりながら奥に続いていく、坂道。その脇には、お寺の緑と、木々の合間から見える街並みの風景。少し息を切らせながら、階段に誘われるようにしてのぼり、たどりついた敷地は、細い路地の奥にぽっかりと空いた場所でした。南北に細長く、視線の先には、桜の木立が見えました。音もない、静かな場所。今たどってきた道を胸のうちで反芻しながら、僕は、一冊の本のことを思い出していました。

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それは、田沼武能さんの写真集「カタルニア・ロマネスク」。昨年の正月にもブログでも書いたものです。ピレネーの山襞の村々。山道の先に点在する、古く小さな礼拝堂。単純素朴な建物の形。その内外に表される、窓やドアや装飾や家具やしつらえ、その周りにある木々や光と影までもが、どこか象徴的であり暗示的にも感じられます。何気ない単なるものごとの存在が、かけがえのないもののように思える、そんな雰囲気のことを、敷地に立ちながらぼんやりと考えていました。

西洋の中世の建築様式である「ロマネスク」のもつ特徴は、その簡素さや慎ましやかさにあります。でもそれを建築の専門的な学問にあてはめてしまうと、ロマネスク様式として分類されるものの、そこにある簡素な美しさや居心地の良さといったものは、きちんと論じられることはなかったように思います。きっと言葉にはならないのですね。無理に言葉にしようとすると、手のうちからスルスルとこぼれ落ちるか、急によそよそしくなってしまうような感じです。なんかいい感じだよね、そんな言葉で済まされてしまいそうなところですが、その「なんかいい感じ」ということを、じっくりと腰をすえてやってみたいと思うのです。

山の上のロマネスク。「月見台の家」を、僕はそんな風にイメージしながら、設計をはじめました。この敷地での暮らし。桜の木立を望む小さな窓。ふたつの庭に包まれた居間。木の床と家具。白い壁と天井に宿る陰影。夫婦ふたりのための、木造の小さな住宅。その空間のなかに、丁寧に「奥行き」を与えていくこと。ロマネスクのもつ「奥行き」にイメージを重ね合わせながら。

そしてもうすぐ、棟上げを迎えます。

コメント (2)
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