氏の真意を説明する前に、もう一つ大事なことがありました。それは、朝鮮に関する氏の考え方です。
極端な言葉になりそうですが、氏には強い「愛国心」があるのに、国土という観念が希薄で、同じく保守と言ってもここが私との決定的な相違点です。
・国土というものがなくても、自立した朝鮮民族が、世界各地で根を下ろし、誇りを持って生きればそれでいい。
氏のこういう考え方の生じた原因を知った時、私は氏に同情しました。動画の中では述べていませんが、氏がこうした考えを持っていると知っておくのは大事です。
・はたして5千年前から、韓国人は一つの民族であり、一つの共同体だったのでしょうか。
・改めて問うとすれば、誰にも明確に応えることはできません。それでも皆が、そのように信じているのです。」
・しかし、私はそういうふうに考えません。結論を先に述べれば、今日における韓国の民族主義とは、20世紀に入り日本の抑圧を受けた苦難の時代に、産み落とされたものなのです。
・日本の抑圧を受け、集団消滅の危機に瀕した朝鮮人は、自分たちは、一つの政治的な運命共同体であるという新たな発見に至り、民族という集団意識を共有するに至りました。
歴史学者は朝鮮半島が、5千年も前から国の歴史を有するとは誰も語りません。中国に支配される国があり、日本と同盟を結ぶ国がありで、ずっと群雄割拠の朝鮮半島だったからです。だから氏は、20世紀に入った35年間の日本統治で、初めて朝鮮人が民族意識に芽生えたのだと主張します。
氏は日本の統治が非道でなかったと説明しながら、他方で日本から抑圧されたと語り、氏自身でも思考の整理がついていません。韓国内の知日派の清算は手に負えない難題だから、こんなものとはオサラバしようと言う苦痛の提案です。
氏の意見は、「国土を持たない愛国思想」と言う見方もできます。その点だけ見ると「根なしのグローバリストの思考」似ていますが、「儲けさせてくれるところ」が自分の国だと言う国際金融資本家の意見ではありません。
・民族というものは、歴史上すべてのものがそうであるように、成立・発展・挫折・解体の過程を踏む、歴史的現象の一つであるに過ぎません。それは20世紀に生まれ、発展し、今まさにその全盛期にあるようです。
・しかし今後は、民族主義は少しずつ衰えていくでしょう。
・資本と労働の国際移動が、どれほど激しくなっているか。すでに韓国の若者の十分の一、農村青年のほぼ三分の一が、国際結婚をしているではありませんか。いまや韓国も先進国並みに、徐々に多民族社会となる時期に差しかかっています。
・皮膚の色とは関係なしに、お互いに自由で平等な人間として共同で生きる、こうした秩序を持ち、社会と国家を統合していくしかない時代になったのです。
民族主義が20世紀に生まれたという氏の意見には、無理があります。千年の単位で続いている、世界の民族紛争をどう説明するのでしょう。確立した個人さえいれば、国も民族も必要でないという氏の意見を、どれだけの韓国人が受け入れるのでしょう。
祖国のなかったユダヤ人は何千年もかけ、パレスチナの地に自分たちの国を作りました。世界中にに散らばっていても、自立した韓国人であれば良いという氏が、保守と呼べるのか、私には疑問でなりません。
・民族主義は、1945年以前の帝国主義時代という、暗い精神史に属するものです。民族主義を掲げた天皇制の日本と、ナチスのドイツが、周辺の民族にどれほど大きな傷を与えたでしょうか。
氏もまた、天皇をナチズムと同列に並べ日本への批判を強くします。
・その民族主義の弊害を、今日の我々は、天皇制やナチズムよりはるかに酷い、「北朝鮮の首領体制」を通じて追体験しています。
・李氏朝鮮王朝はなぜ滅んだのかと、この問題が出てくるだけで、韓国人は過敏になってしまいます。」
・歴史学者は、李朝が滅んだ原因についてきちんと話をしないままでいます。教科書の文脈のまま読めば、日本が闖入したせいで、李朝は滅んだということになります。
・「善良な主人」」と「凶暴な盗賊」という比喩がそれです。それは紛れもない事実ですが、そんなやりかたは、歴史から何も学ぶつもりがないという無責任な姿勢にすぎません。
李朝は日本のせいで滅亡したのでなく、内在していた矛盾のため解体したのだと、氏は結論づけます。日本などそんなものは、関係がないと言いたいのです。李朝は自国の伝統的文明に拘泥するあまり、文明の大転換が出来なかったため、必然として崩壊したと説明します。
・文明史の大転換を強要した勢力が、もともと同じ文明圏に属していた日本だったため、気づくのが容易でなかったからでしょうか。
・島国の夷狄と軽んじていた日本から受けたプライドへの傷が、あまりに深かったからなのでしょうか。
氏の意見を読み、朝鮮人の反日思想の芽生えが、やはり大院君時代であったと確信しました。氏はまるで共産主義者のように、自国の歴史を切り捨てます。
・滅んだのは、王と両班たちの朝廷としての国であり、民たちの国ではありませんでした。
民たちの国が本当の韓国だというのなら、いったい韓国は何時になったら国ができるのか。思わず問いかけたくなったら、答えが用意されていて、ここでも日本が悪役でした。
・1945 ( 昭和20 ) 年8月15日、ついに日本帝国は滅びました。ご存知の通り、大韓民国の最も大きな休日は、8月15日の 「 光復節 」です。
氏は著書の最後で、自由と民主主義に立脚し李承晩が作った大韓民国が、本物の国家の始まりだと説明します。そして米国は朝鮮の国家建設を支援し、共産国からの侵略を防ぎ、国防を担ってくれる素晴らしい国だと語ります。
「李承晩TV」の動画は38本ありますが、まだ数本しか見ていません。韓国内で放映されている動画と日本版が同じなのか、反日の部分が編集されているのか分かりませんが、激しい日本批判がなくなっています。
今回の動画も氏の著作同様、私は「悲しみの詰まった動画」と、名付けたくなりました。日本と韓国の関係については造詣の深い氏ですが、アメリカについては単純な賞賛をしています。
長い動画ですが、私は退屈しません。氏の意見は韓国人としては勇気のある発言ですが、生まれたばかりの星雲のように、取り留めのない部分が沢山あります。日本への悪意はないと見えるのに、強い憎しみを持つ不思議な学者です。
学徒としても日本人としても、氏の意見には無視できない興味があります。しばらくつき合ってみようと思いますので、息子たちと「ねこ庭」を訪問される方々も、もし良ければおつき合い下さい。