かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

落雷

2006-08-13 11:48:59 | 気まぐれな日々
 地方の町の田舎で車がないということは、亀のような生活を余儀なくされるということだ。特急の停まらない在来線の電車は、1時間半か2時間に1本の割合でしかない。それに終電が夜10時台である。バスは、もっとひどい。地方の公共運送車は、通学電車の役目でしかないと言っていい。
 僕の田舎の実家には、50ccバイクがあったのだが、母も乗れなくなり、たまに僕が帰ってきた時に乗ってはいた。しかし、3か月も間を置くとバッテリーがあがって、その度にバッテリーを買い換えるようでは問題にならない。そこで、とうとうバイクを売って自転車のマウンテンバイクを買った。町の小さな自転車屋に置いてあった中で、一番目立っていたものだ。
 自転車だと長い間放置しておいてもバッテリーがあがる心配もないし、ただ置いているだけで税金を払わなければいけないということもない。
 車に比べれば自転車は速度は遅いし労力がいるけれど、隣町までこれで買い物にいける。亀より少し行動半径は延びて、グラスホッパー(バッタ)ぐらいにはなった気分だ。
 
 九州の片田舎。うだるような暑さが続く中、午前中、突然バリバリゴロゴロと音がした。雷だと思ったと同時に、バサバサと音がして、大粒の雨が降り出した。さっきまで青空に入道雲が出ていたのに、空は薄墨を塗ったように変わっている。庭では水がはねている。にわか雨という情緒的言葉なんかより、スコールと言った方がいいだろう。
 最近の日本の暑さは亜熱帯だと言われているが、このスコールはまさにそれを証明するかのようだった。

 スコールが去ったあと、青空が戻っていた。午後、隣町まで自転車で買い物に行った。
 ここは、新聞によると、3日前に38度を記録した農業の町だ。佐賀平野の真ん中に当たる。この日、午前中にスコールがあったせいか、比較的暑くない。
 田んぼの中の道路を自転車は走る。一面に広がる田んぼの畑は、今は植えたばかりの若い緑の稲の葉だが、5月に来た時は多くは玉葱だった。見慣れた平凡な農村の風景だが、季節によって変わるのがいい。途中道端のイチジクの実が、緑から赤く変わろうとしている。もう少し待たなければならない。何に?
 
 買い物をして自転車を走らせて帰り始めたら、急に頭にぽつぽつと雨がきた。とっさに、午前中のあの凄まじいスコールを思い出したので、近くの大きな庇のある建物の軒下に入り込んだ。この町の農協の倉庫である。シャッターが下りていた。
 雨宿りだ。空を見上げると、いつの間にか真上の空は、黒い墨を垂れ流したようにじわじわと広がっていた。東の方を見ると、平坦な佐賀平野は青空で白い雲が渦巻いていた。西の方は灰色一色であった。180度空を見渡すと、それは奇妙な光景というより、いたずらに満ちた空の景色であった。

 その時、大型トラックが僕の前で停まった。このトラックも雨宿りかなと思っていると、僕の後ろの倉庫のシャッターが突然上り始めた。開かれたシャッターの中には、本当に広い空間が現れ、その中央に腰までぐらいの高さの大きな布袋が整然と並んで置かれていた。すぐに、それは米袋と分かった。袋には、佐賀産コシヒカリと書いた紙が添付してあった。
 ここでも、コシヒカリが人気かとがっかりした。今では、日本全国コシヒカリが生産されている。ここには、ヒノヒカリがあるではないか。
 去年、テレビで専門家を集めたご飯の目隠しテストで、新潟・魚沼産コシヒカリを抜いてトップになった、佐賀産ヒノヒカリだ(詳しく説明すると長くなるし、僕も専門家でないので簡単に言うと、精米過程で旨味を残すために米を削った精選されたヒノヒカリのこと)。

 トラックの運転手が、ゆっくりと下りて来た。すぐに倉庫の奥から、若い係員が出てきて、トラックの運転手と何やら話をし始めた。
 それから、運転手はトラックの側面の留めを外し、側面を開いた。トラックの荷台には、倉庫にあるのと同じ布袋が数個置かれていたが、空間は十分にあった。おそらく、このトラックに、いくつか布袋を積み込むのだろうと僕は想像した。
 僕の想像通り、係員とトラックの運転手は二人で手際よく、倉庫に積まれていた布袋をリフトで持ち上げて、トラックに積み込み始めた。数をかずえてみると布袋は11個あった。全部は積まないと思っていたら、トラックは一度向きを変えて、両サイド2列に組んで、全部乗せてしまった。
 僕は、感心して見ていた。そして、係員に、その袋には何キロ入っているのですかと訊いてみた。すると、彼はこともなげに600キロですと言った。僕は、その重量に驚いた。トラックには、全部で10数個、20個近くが積まれた。
 米袋を積みこまれたトラックは、雨の中を走り去った。

 係員もいなくなったあと、僕はまた一人きりになった。雨も小ぶりになり出した。ここにもぐりこんで、約1時間が過ぎていた。退屈しのぎには、いい雨宿りだった。
 僕が出ようかと思ったとき、今度は小さなトラックが来た。下りてきた運転手は、僕が農協の関係者と思ったのか、僕に挨拶した。僕も、挨拶を返した。そして、自転車に乗ってそこを去った。
 雨はやんだ。いや、雷を伴ったスコールは。
 8月12日は、落雷の影響で、東京では山手線が停まったようだ。長野の女子プロゴルフの試合は、途中中止されサスペンデッド・ゲームとなった。
 落雷は、ここ九州の片田舎だけでなく、日本全国で起こっていた。
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