写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

たまに行くなら

2011年10月29日 | 食事・食べ物・飲み物

 先日、宮島の弥山に登ったとき、下りは大聖院コースをたどった。上りの紅葉谷コースに比べると、2割方距離は長い。数年前の大雨で、ところどころが大きく土砂崩れしている。降りたところに真言宗の大聖院がある。明治の神仏分離まで別当寺として厳島神社の祭祀を司り、社僧を統括してきた名刹である。

 そこから厳島神社に向かって真っ直ぐな通りがあり、滝小路と名づけられている。1555年の厳島合戦では、陶軍が追い詰められて大聖院に逃げ込む際、激戦の場所となった場所である。社家の屋敷や小卿(しょうけい)屋敷があり、宮島民家の特徴を示す格子戸や虫籠窓が見られ、落ち着いた宮島の風情が漂っている。

 そんな小路の中ほどを歩いているとき、暖簾のかかったお茶屋さんを見つけた。門を入るとガラス引き戸の玄関があリ、開け放した部屋の向こうには、裏山を借景とした芝生の広い庭が見える。しっとりとした茶屋でお茶を飲んでみたくなり入ってみた。

 玄関においてあるテーブルには、年配の男が2人が向き合ってコーヒーを飲んでいた。私と奥さんは一旦外に出て、庭が見える縁側に案内された。左手には石燈篭がおいてある。右隅には4畳半くらいの離れがひっそりと佇む。真ん中には松の木が1本。音といえば、先客の話し声だけが小さく聞こえる。

 美人の女将が笑顔で愛想よく応対してくれる。ケーキ半分が付いたコーヒーセットを頼んだ。観光客で賑々しい宮島にもこんなに静かで落ち着く場所があった。山登りで疲れた体に、甘いケーキがほどよい。ひと休みしてレジの前に立つと、面白い形のものが置いてある。手に取ってみると宮島の郷土玩具の土鈴であった。大鳥居の形に作ってある。背中には「世界文化遺産」と彫り込んである。「この方が作られるんですよ」と、女将がコーヒーを飲んでいた痩せた男を紹介してくれた。

 手に取ったからには買わない訳にはいけなくなった。いかにも宮島の土産らしい。置き物として飾っておいてもよさそうだ。男に丁寧に挨拶をして店を出た。今度宮島に来たときにも、このお茶屋さん、また行ってみたいと思わせるような店だった。疲れた体と頭が、ほんの少し元気になれた。「遊鹿里茶屋」(ゆかりちゃや)というお店です。