写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

ム ベ

2016年11月04日 | 季節・自然・植物

 近所に住む行動力のある奥さんが、夕方暗くなったころ珍しいものを提げて持ってきてくれた。「今日、大島に採りに行って、今帰ってきたところです」と言いながら、紙袋を渡してくれる。覗いてみると楕円形をした赤紫がかったものが5、6個入っている。「一体これは何ですか?」と聞くと「これがムベですよ」と言う。

 つい先日のことであった。廿日市町の北にあるマロンの里に栗を買いに行った時、滅多に見ることのないアケビがあったので買って帰った。その日の夕、この奥さんが通りかかった時、買ってきたアケビを一つプレゼントした。その時「今度、友達とムベを採りに行くことにしているの」というのを聞いていた。この奥さん、春は野山を駆け巡ってタラの芽やコシアブラを採取する野生児である。

 この日は友達3人で採りに行き、大きな袋に3袋も採れたという。「ムベ」とは聞いたことはあるが、見るのも食べるのも初めてである。山野に自生するアケビ科の蔓性植物で、アケビに似た赤紫の実ができる。実を割ってみると緑色の果肉と無数の黒い種がキウイのようにある。スプーンですくって口に入れた。硬い種子をより分けながら果肉部分だけを食べるが、果肉と種はうまく剥がれず、僅かな甘みを感じた程度で種ごと口から出す。

 果肉は食べるというレベルには至らない。僅かに
甘いが種子をより分けて食べるのは大変難しい。「ムベ」という名前の由来は、昔、天智天皇が近江八幡市の方へ行幸されたとき、老夫婦に長寿の秘訣を尋ねたところ、この地で秋に採れるこの実を食するからだと答えた。それに対して天智天皇が「むべなるかな」と云われたのが始まりとされている。

 果物として食べるにはどうみても適さない。この奥さんに沢山採ってきたものをどうするのかを聞いてみた。ジャムにしてもいいが、果肉を焼酎に漬けて「ムベ酒」にするようだ。ほんのり甘くなって香りも良く、いい食前酒になるという。それにしてもアケビやこのムベ、なに故こんなに種がたくさん入っているのだろう。定年後の暇よりも、もっと
暇でないと、口の中で種をより分けながら食べることは出来ない。自然界ではサルが好んで食べるというが、まさに「ムベなるかな」である。