写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

忍び足

2015年09月17日 | 生活・ニュース

 少しでも運動不足を解消しようと思い、車には乗らず久しぶりに自転車に乗って遠くまで出かけてみた。と言っても高が7km離れた和木町までの話である。出かける前に前後のタイヤに空気を十分に入れて出発した。

 10分ばかり走ると山陰に潮遊池がある。子どもの頃「お米を買ってきて」と母から頼まれた時、歩いて来たお米屋のあった辺りである。岸に近い水の中に、大きなサギが膝下まで水に浸かった状態で立っているのが見えた。きれいな鳥だったのでデジカメを取り出して写していると、スローモーションのようにゆっくりと歩き始めた。

 その歩き方が面白い。まさに「抜き足差し足忍び足」状態で、忍び足をした後、膝を折って体を水面すれすれまで低くした。数十センチ先の水面が小さく波打っている。獲物が泳いでいるのだろう。サギは一心不乱にじっとその辺りを見つめたままで体をぴくとも動かさない。

 今か今かとシャッターチャンスを逃すまいと思い待っているが、姿勢を低くしているだけで一向に飛びかかる気配がないまま、サギは忍び足以前の姿勢に戻った。結構な時間、必死でカメラを構えていたが、シャッターチャンスは見事に空振りに終わった。ここはサギに騙されたのだから、「サギに合ったようなもんだ」と言うしかない。

 ところでこのサギが獲物を狙った時の歩き方。まったく「抜き足差し足忍び足」そのものである。忍び足とは、「人目を忍んでそっと歩く」ことをいうが、「忍ぶ」といえば「忍び逢い」「忍び声」「忍び男に忍び女」「忍び歩き」「忍び宿」などと、世を忍ぶ場面に使われることばかり。

 そういえば若かりし頃、忍び足でよく駅前の繁華街を徘徊したように思うが、忍んだ割には「昨晩見かけましたよ」と、翌日人から言われることが多かった。忍んでいたつもりが、全く忍ばれていなかったあの頃のことを、秋の柔らかな日差しを浴びながらひとり偲んでいる。