ここ1週間、体に切れがなくなっている自覚があった。体がだるい。足が重い。体が鈍(なま)っている証拠だ。こんな時、ハートリーが元気だったころは、一緒に山に登ることがよくあった。1時間足らずで登れる城山であったり、家の裏にある平家山であったり、岩国山であったりした。
奥さんが出かけていった午後、思い立って高さ150mの平家山に登ってみることにした。昨年は何かと忙しかった。山にはもう、1年以上登っていない。ストックを取り出し、登山靴をはいて家を出た。薄曇りでやや蒸し暑い日、滑りやすい急な坂道をゆっくりと上っていった。
登山口から林に入った所で、殻に入った栗を拾いポケットに入れる。やや進むと、足元から何かが飛び出した。茶色のカエルだ。小さな花の周りでは蝶が舞っている。虫の声もそこかしこ。前回登った時に比べると、道は渓谷状にえぐられ歩き難くなっている。シダや小枝が狭い道に覆いかぶさっているところも多い。最近、あまり人が通っていないことがうかがえる。
久しぶりの山登りとあって、息の上がるのも早い。歩き始めて15分、早くも小休止を取った。脈拍を測ると120だ。数分休んで100になったことを確認してまた上る。今までは家を出て40分もあれば頂上に着いていたものが、途中3回休んだため1時間10分もかかった。体力が落ちているのか、暑かったからか。ひとりでの山登りに少し自信がなくなってきた。
頂上の大きな岩の上に座り、岩国の街を一望する。右手には城下町、真南には山の上の新興住宅団地、左手には駅前商店街と遥か霞んで米軍基地、さらにその左手には工場群と厳島。それら全てが乳白色に霞んで見える。20分間、何も考えることなく座って眺めていた。
1両だてのジーゼルカーが山裾をおもちゃのように走っていく。聞こえてくる音はない。国道を車が絶えることなく行き交う。突然救急車のサイレンだけがどこからか聞こえてくる。工場の煙突からは真っ白い蒸気が吐き出されている。自分とは何ら関係なく、それぞれが一生懸命に生きている様子を高みの見物。
気を取り直して、直滑降のように真下に向かう道を降りて帰った。合計3時間の山歩き。体は軽くなり切れは戻ったように感じたが、肝心の頭の切れは相変わらず。この対策は何がいいのか。何十年来の課題はまだ続く。