![]() |
師走に入り、今年もいよいよ押し迫ってきましたね。
ずっとハッキリしないお天気が続いて、私も体が硬直したようになり、自彊術、アクアエクササイズ、温泉マサージと色々やっていますが、これはやはりたくさん歩いて体をほぐすべき・・・
という結論に達しました。
穏やかな日和の2日の日曜日、いつもの山仲間を誘って大月市にある「岩殿山」にハイキングに出かけました。
上の画像は「兜岩」から見た「岩殿山」です。
![]() |
中央線「大月駅」の北側にそびえる「岩殿山」は標高わずか634mの山ですが、その特異な山容は中央高速道路や中央線を走っていても一目瞭然ですね。
この山全体が自然の要塞・・・
戦国時代のお城だったのです

私たちは9時34分着の「ホリデー快速・河口1号」で大月駅に降り立ち、歩き始めました。
雲が少しあるものの、お天気は上々・・・
師走とは思えない暖かい日和でした

![]() |
案内板に導かれて、登山口を登ると中腹は整備された「丸山公園」になっていました。
春の桜も素晴らしいらしい

急登ですが綺麗に整備された登山道なので、家族連れでも大丈夫・・・
団体のハイキングご一行様もたくさんいました。
<![]() |
燃えるモミジ・・・
今年最後の紅葉がまだ見られました。
マウスオンで、ご覧下さい

この先約25分で頂上です。
![]() |
ここから上は赤いモミジは見られなくなりますが、黄金色のトンネルの中を歩いていくような感じです。
![]() |
所々にこのお城を説明した標識が立っていました。
私たちは城を守る兵士の姿に思いを馳せながら行きました。
家族連れやちょこっとそこまでと言った格好の人々も多く、追い抜きながら登って行きました。
![]() |
あの時は奥多摩の「倉戸山」に3人で登る事になっていた日でした。
私は寝坊して参加できずに、慌てて一人で登れる山を検討してここに来たのです。
更年期障害で眠れない日が続き、母からもらった安定剤が睡眠薬の「ハルシオン」に変わっていたことに気がつかずの失敗でした

![]() |
稜線に出ると頂上はもうすぐです。
小金沢連山や奥多摩の山々も見えてきました。
久しぶりの山登りに、心地よい汗をかきました。
![]() |
あっと言う間に「岩殿山」と書かれた広場に到着です。
多くの人々が休憩していましたが、ここは頂上ではありません。
![]() |
開けた南側のはるか先にうっすらと富士山が見えていましたが分りますか・・・
明日のお天気は下り坂?
それを暗示するような、頭に雲を乗せた富士山の姿でした。
私たちも富士山を眺めながら休憩し、パンを食べました。
久しぶりに顔をそろえた3人の会話が弾みます。
5月の「黒川鶏冠山」以来でしょうか・・・
夏には台風で「北岳登山」を断念しましたね

あれから、Yさんは初孫ちゃんができて大忙し、Kさんは息子さんの結婚がようやく決まり、私は2人目の孫の誕生が待たれます。
3人とも良いニュースが揃って良かったね

![]() |
ここで人に頼んで3人並んだ記念写真を撮り、「岩殿城」の事を学び・・・
それから馬屋跡の横を通って、パラボラアンテナの塔が建っている頂上に向かいました。
本丸跡という標識だけがあって見晴らしの利かないところですが、木々の間から「百蔵山」や「扇山」がすぐそばに見えました。
あっちは「雁が腹摺山」、こっちは「九鬼山」・・・
ほとんどが登った思い出のある山々でした。
![]() |
青い空に黄金色の木々が眩しいばかりでした


近くに居たオジ様たちに「鎖場には注意してね」と見送られながら、私たちは来た道を少し戻り、「兜岩」に向かいました。
<追記>
歩いている限りではこの「岩殿城」が誰の城だったのかは定かではありませんでしたが・・・
興味があったので調べてみました。
この城は、武田氏の被官であった小山田氏が相模、武蔵方面防備のために築城したものだそうです。
最後は武田勝頼の入城を誘っておきながら、いざとなったら裏切って鉄砲を射掛けて追い払った謀反人小山田信茂の城として有名とか・・・
詳しい物語は

尚、駐車場は高月橋北側に10台程度のスペースがあるそうです。