
「官能と誘惑。すべての男たちがこの女に狂わされる」というキャッチコピーに惑わされてはならない。65歳のイザベル・ユペールが誘惑する娼婦を演じるとしているが、どこにも悪いところや官能的ですらない。どうみても悪女に見えない。
平気で裸を撮るフランス映画にしてイザベル・ユペールの全裸を見ることは出来ない。白いローブ姿だけ。
エヴァ(イザベル・ユペール)に一目惚れするのは、盗作戯曲で時の人になったベルトラン・バラデ(キャスパー・ウリエル)。時の人になり有名劇作家の娘カロリーヌ(ジュリア・ロイ)という恋人がいる。
監督はこの若いジュリアの裸を惜しげもなく披露している。豊かなバストは魅惑的。そんな恋人がいるのに年上のエヴァに心が移るとは、ベルトランの屈折した精神を現わしているのだろう。
盗作をする機会そのものが通常ではない。電車の走る高架の傍にあるアパート。老劇作家の入浴の手伝いをするベルトラン。浴槽に浸けると気持ちよさそうに「君も入らないか」。シャツを脱ぎ始めたたとき、老劇作家に異変が起こる。「早く薬をくれ」冷酷な目でじっと見守るベルトラン。
湯船に沈んだ老人の死を確かめて、部屋を後にするとき先ほど話していた新しい作品「合言葉」の原稿が目に止まる。一瞬考えをまとめて、原稿とパソコンをカバンに入れた。パソコンは帰り道の川に投げ捨てた。
そして今、「合言葉」の舞台が賛美する拍手に包まれていた。人気作家になったベルトランには、周囲から次作へに期待の声が聞こえるが素養のないベルトランには書けるはずがない。毎日書くふりをしている。 同棲しているカロリーヌも毎日のように「書けた? 書いてる?」と疎ましい。そんな環境から逃れるために「ここでは書けない」と言う。カロリーヌの反応は、「実家の別荘ならいいかもね」
フランス東部アルプス山脈の麓、アヌシーにある別荘へ雪の降る夜、別荘への道に一台の車が止まっている。雪で前に進めないから放置したのだろう。ベルトランも車を置いて別荘に入っていった。誰もいないはずの別荘に明かりが点き窓が開けられている。音楽も聴こえる。
鍵で玄関ドアを開けて入ってみると、年配の男がトレーに酒瓶とグラスを載せて立っていた。悪びれず何やら弁解をしている。そして二階に向かって「エヴァ」と呼ぶ。二階の浴槽で女が背中を見せていた。ベルトランは、音楽を消した。振り向いた彼女が「だれ?」「家主だ」とベルトラン「それがどうした」と女。
階下に降りてみると男が言う。「いい女だろ。君も抱いていいぞ」ベルトランは、この一言でどんな種類の女か見当がついた。ベルトランは、年配の男を叩き出した。そうエヴァを独り占めにするために。ソファで眠る娼婦エヴァに近づき体に触れようとした。そうするといきなり灰皿で後頭部を強打される。これがエヴァとベルトランの最初の出会いだった。と同時に転落への始まりでもあった。
エヴァにはジョルジュ(マルク・バルべ)という夫がいる。夫は美術商で骨董品の贋作売買で服役中。自宅も室内から操作する頑丈な鉄の門を備えた大きな家だ。この家でエヴァは、親しい客と後払いで過ごすこともある。
ベルトランには、忙しい夫だから帰宅しても数時間しかいない。すぐ別の外国に出かけていくとウソを言う。謎の女エヴァ。謎めいた女エヴァに執心するベルトラン。書けないベルトランでも、エヴァとの状況を書き始める。
ホテルの夜のレストラン。ワインを飲みながら根掘り葉掘り聞くベルトラン。エヴァは巧みに論点をずらし真実はなにも分からない。「あともう一本飲みましょう。シャルム・シャンベルタン? いい名前ね。でも、もう運転できないわ。泊りましょうか」嬉しいのかベルトランの表情が読めない。立ち上がってふらつきながらフロントに向かうベルトラン。それを見ていたエヴァ「フラフラだわ」
部屋に入るといきなりエヴァを押し倒したベルトラン。跳ね返して「男はみんなそうなんだ」と怒り別室で鍵をかけてしまう。ベルトランにしてみれば面食らうだろうね。お互い酔っていてしかも娼婦のエヴァだよ。押し倒されたって商売する筈だよね。やっぱり謎だ。
そんなことがあってもエヴァが好きなベルトランは、別の日アヌシーの別荘へエヴァを連れていく。エヴァを別荘に残しアヌシーの町へ雑誌を買いに出かけた。その留守中にカロリーヌがやって来て、カロリーヌの浴衣を着たエヴァを見る。怒りと失望を抱えたままカロリーヌは林道をかなりのスピードで車を走らせる。
別荘への帰路パトカーと救急車とすれ違うベルトランの車。別荘の前でエヴァが叫んでいる。「彼女が来たわ。仕組んだのね。答えなさいよ! 家に送って!」ベルトランはスマホの受信を確認した。「カロリーヌよ。伝言を送ってよ!」事前に確認のメールが入っていたんだ。エヴァの色香に迷い確認を忘れていた。
エヴァを乗せてパトカーと救急車の止まる事故現場に近づいた。路肩に止めってエヴァのスーツケースを路上に放り投げた。さっさと帰れと言わんばかりに……。ベルトランが事故現場の崖下を覗くとまさにカロリーヌの車が転落していた。
エヴァにひどい仕打ちをしていながら、エヴァの家を訪れた。すんなりと門扉が開いた。招じ入れられ部屋で待たされた。なかなか現れないので、二階に上っていった。開いたドアからジョルジュが現れベルトランを羽交い絞めにして階段から突き落としなおも足で腹を蹴っていた。二階の手摺で冷たく眺めるエヴァ。
重傷のベルトランが横たわる病院のベッドに近づいたエヴァ。「もう、これっきりよ。付き纏わないで」と唇にキスを残して去って行った。「合言葉」の作者を冷酷に突き放し、恋人も失い、今またエヴァも失い、何一つ書けない売れっ子作家の立場も失った一人の男。自分の力で生きようとしなかった男の悲しい人生と言える。
なお、レストランで注文するシャルム・シャンベルタン(アルマン・ルソー)2005年物は、日本では約23,000円で手に入る。2018年制作 劇場公開2018年7月


監督
ブノワ・シャコー1947年2月パリ生まれ。
キャスト
イザベル・ユペール1953年3月パリ生まれ。2016年「エル」でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。
ギャスパー・ウリエル1984年11月フランス、ブローニュ=ビランクール生まれ。2016年「たかが世界の終わり」でセザール賞主演男優賞受賞。
ジュリア・ロイ出自未詳