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映画「笑う故郷」ノーベル文学賞を受賞したが、ふるさとの人の目は二種類あった。

2018-05-29 15:54:30 | 映画

             
 ノーベル文学賞を受賞したのは、アルゼンチン出身のダニエル・マントバーニ(オスカル・マルチネス)。スウェーデン・アカデミー認定ノーベル文学賞贈呈式でのマントバーニのスピーチ。

 「ノーベル賞に接し私は今、二つの感情が渦巻いています。一つは喜びです。大きなね。しかし、一方で喜びに勝る苦しみを感じています。というのも、こうした賞に選ばれたことは、芸術家としての衰退に直結しているからです。つまり私の作品は、権威の意に沿う内容だということです。

 審査員や専門家、アカデミーや王家の意にです。皆さんにとって私は最も都合のいい芸術家だといえます。その都合のよさは、芸術活動とはほど遠いものです。芸術家の本分は、問題を提起し人々の心を揺さぶることです。それが今や聖人の烙印を押された。

 しかし、人には抗えない感情がある。プライドです。私が謝意を述べるのもそのためです。作家生活の限界を告げるこの賞に対してね。とはいえ、皆さんを責めているわけではありません。誤解です。責める人物はただ一人、この私です。ありがとう」

 拍手は一つか二つ。ほんのしばらく静かな会場。やがてぽつぽつと拍手が起こり始める。観客は周囲を見渡しながら、拍手に同調する。大きな拍手の波となった。おそらくスピーチの意味が的確に伝わらなかったのだろう。まあ、みんなが拍手をするから拍手をしておこうというのが本音に見える。

 映画は始まったばかり。このスピーチの意味するところが、5年後のスペイン・バルセロナにあるマントバーニの自宅から始まる。女性秘書とスケジュールの調整。パルセロナにて図書館の開館式、欠席。ウィーン作家会議、講演とサイン会、欠席。メキシコにて小説賞の創設式、欠席など他に十数件の行事を欠席が並ぶ。おそらく都合よく使われるのが嫌なのだろう。

 その中にどうしてか、「大阪大学の招待は受けるべきかと、もう3回も予定を変更してます」と秘書。マントバーニは「検討しよう」この映画の監督が、大阪大学と縁があるのかもしれない。

 手紙の山の中に、生まれ育ったアルゼンチンのサラスから、名誉市民称号の授与式と講演の依頼があった。はじめは断る気でいたが、思い直して一人で行くことにする。この「ふるさと」というのが有名人になると少々厄介なもの。すべての人が歓迎してくれるわけでもない。

 ふるさとに題材を求めて書いた小説には、名前を変えていてもその人物を特定できる。中にはその描写が気に入らない御仁も出てくる。従って熱烈歓迎派と反対派に分かれる。

 いろんな出来事があったが、マントバーニが政治的に動けない人間も明らか。スピーチの中にも窺えるが、サラスの市長から絵画の選考を頼まれたが、いい作品はないとにべもない。このままでは市長としての立場もあるから、ぜひ選考してくれと頼まれる。「そんなに困るなら、ご自由に」とマントバーニ。

 会場には3つの作品が選ばれ並べられていた。市長の長々とした挨拶を引きちぎるように「私たちの選んだ絵はこの3枚ではない。入選すらしなかった作品だ。まして彼の作品を選ぶなんてありえない。そこの博士のことだ」名指しされた本人をはじめマントバーニに批判的なグループは生卵を投げつけ罵詈雑言を浴びせた。

 騒ぎが収まった後、「中傷や非難を受けることはやぶさかではない。一連の乱暴な仕打ちを受けたにもかかわらず、内心満足している。名声を得たものひいては私に対する反応にね。本題に入ろう。喜劇の観察者として私には世界の恐怖を和らげる責務がある。負け戦だが放棄するつもりはない。あなたたちはそのままここで足踏みすればいい。偽善に満ちた社会を維持し、うぬぼれていればいい。無知で野蛮な自分たちのことを。混乱を招いたことを申し訳なく思う」

 マントバーニは決定的な過ちを犯す。講演会で何度も質問をする若い女性がいた。その女性がホテルのマントバーニの部屋をノックした。ドアを開けたマントバーニにいきなりキスをしてきた。困惑気味のマントバーニだったが、女の色香に勝てなかったのか一夜を共にする。

 女の名前は、ヌリア。そして幼馴染のアントニオ(ダディ・ブリエバ)とイレーネ(アンドレア・フリヘリオ)夫妻の家で娘だと紹介されたのがヌリアだった。婚約者という男も紹介された。マントバーニも頭以外は並みの男、いや並み以下だった。このイレーネもかつてのマントバーニの恋人だった。故郷を40年も振り返らなかったせいで、イレーネはアントニオと結婚した。その二人の間に出来たヌリアと関係をもつとは、なんと皮肉なことか。

 約束の夜のハンティングに同行した。アントニオは車の荷台にいるヌリアの婚約者に「荷物をおろせ」。マントバーニに「荷物を持って出ていけ。いいな? あばよ。クソ野郎」俺の娘と何たることかと怒りは収まらない。

 歩き去るマントバーニの足元に銃弾を撃ち込む。走り去るマントバーニが倒れる。荷台の婚約者が銃を持って十字を切っていた。マントバーニは悟る。「死、私の名は永遠に刻まれた。おしまい」

 マントバーニの新作「名誉市民」の朗読とサイン会。「本質からは逃れられないスペインの冬が来る夜、私の体は故郷の夏を思い出した。だが今は違う。物語の始まりは1通の手紙だった。思えばずっと故郷から逃げ続けてきた。作品は町を出られず、私は戻れない」

 今まで観てきた映像は、この「名誉市民」そのものだった。どんな作品でノーベル賞を受賞したか明らかになっていくとともに人間の強さと弱さが浮き彫りになる。2016年制作 劇場公開2017年9月
  
監督
マリアノ・コーン1975年12月アルゼンチン生まれ。ガストン・ドゥプラット1969年12月アルゼンチン生まれ。

キャスト
オスカル・マルティネス1949年10月第73回ヴェネツィア国際映画祭で男優賞を受賞。
ダディ・ブリエバ1957年3月アルゼンチン生まれ。
アンドレア・フリヘリオ1961年8月アルゼンチン生まれ。
ノラ・ナバス1975年スペイン生まれ。
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