畑のつぶやき

畑や田んぼの作物の生育や農作業の報告
農家の暮らしの日記
田畑を取り巻く自然の移ろいの描写
食、農への思い

浸種

2012-02-19 17:57:57 | 米作り

2月19日(日)  ときどき 

種籾の種子消毒も、夕方には48時間。消毒液から引き揚げ、いよいよ浸種の過程に入る。種籾に、十分な水分を吸収させることで、芽ぶきの準備が始まる。一般的には、積算100℃と云って、10℃以上の水に10日ほど浸けると云われている。私の場合は、冷たい水に長期間浸けるやり方だ。種籾の発芽抑制物質をなくすには冷水に長期間浸けなくてはならないと云う説がある。また、冷水に浸けることで、寒さを経験させると云う考えだ。今日から、20日以上、水を入れ替えながら、浸種の過程を続ける。

今日は、出荷用のコメを精米しながら、家の周りでの作業。まず、トラックのタイヤの交換。暮の、風呂釜交換時に、ガスの配管も新しくしてもらった。古い配管がそのままだったので、撤去して、ガス台を据え付けなおす。

午後は、ようやくにして、昨日、今日と続けて、晴天になったので、味噌作り時に洗ってそのままだった、ミンチの機械、釜、釜戸などの鉄製品を片付ける。また、一年間使用しないものだから、錆びないように、サラダ油を、薄く塗布して、新聞紙などの紙で、カバーするようにして、収納する。それにしても、鉄釜は重い。


浴光催芽

2012-02-18 18:28:04 | 農作業

2月18日(土)  

外は、真っ白の雪化粧。明け方位に降ったのだろうか。水溜りは、氷り、アスファルトの道路も、降った雪が、半分融けて、氷状だ。滑って恐いようだと、犬の散歩帰りに話していた。しかし、陽が昇ると、快晴の天気。陽射しは強いが、空気は冷たい。真冬はまだ続く。

出荷作業。作業中にも、刑事の事実確認の電話があったり、10時過ぎには、参考人調書を作ったので、事実確認と、訂正があったらお願いしたいと、やってくる。付き合うこと1時間半。調書を読んでも、この刑事さん、作文が下手だな、という感じ。かなりの部分の表現の仕方や、文章の流れを訂正する。たっぷりの添削時間ということ。おかげで、出荷作業は、午後からにもずれこんでしまう。費用弁償してもらわないと、とは、連れ合いの弁。

午後は、ジャガイモの種芋の浴光。ほとんど意味無いほど、遅れてしまったが、切断前に、光に当てておくことにする。日が傾くと、外は冷え込みが強くなる。家に入って、例の主役の人が、以前集落で、手紙攻勢をした時の手紙の整理。自分でも、好きだなあとは思うが、当時の担当者が、保存してあったものを、借りてきた。主役さんが、以前にも、このようなことをしていたこと、だから、今回の寺の件でも、またやっているという思いで、放置しておいたと、説明するため。その20通近い手紙を全て、コピーする。参考資料として、警察に届けるつもりだ。

そんなことで、また、一日が、終わってしまった。


塩水選

2012-02-17 18:23:20 | 米作り

2月17日(金)   ときどき 

昨日からの細かい雨は、夜も遅くまで、続いていたようだ。地面はグチャグチャで、水溜りも大きい。これでは、畑の片付けは、濡れて冷たいと、家での作業を洗濯する。

種籾の塩水選。そして、種子消毒。米作りの本当の、スタートだ。

水に塩を溶かして、比重の大きい液を作り、種籾を入れて、浮く籾と沈む籾とを選別する。沈んだ十分に充実している籾を種籾として使う。購入した籾は、そのまま使うから、自家採種したものだけをやる。手は冷たいし、腰は痛いしで、寒い時期にはしんどいが、これを始めると、「今年も始まる」という気持ちになる。選別した種籾は、小分けして、網袋に入れて、種子消毒だ。

ハウス内に、大きなポリの水槽を置く。水が冷えすぎないように、電気温床に使う電熱マットを敷いて、水温をある程度の暖かさに維持できるように、セットする。消毒用の農薬は、エコホープDJという微生物農薬を使う。種籾にこの微生物を付着させ、この後の育苗過程までの、病原菌類を付着させないようにする、という効能の、微生物農薬だ。水槽の水で溶かし、薬液を作る。種籾の入った網袋を、この液の中に浸ける。この状態で、約48時間浸けこむ。

今日も、作業中に何度か、刑事から電話あり。午後は、再び、資料を借りたいと、来訪あり。


参考人聴取

2012-02-17 17:23:17 | 農作業

2月16日(木)   いちじ 

朝から、霧雨状。寒い。昼ころは、霙から湿り雪に変わり、地面もうっすらと白くなる。連れ合いは上京。寒いし、こんな天気、どうしよう、と思っている、9時ころ、電話。「昨日見せてもらった、会計の資料のコピーが欲しいのですが」。昨日の刑事からだった。資料を持って、来てくれないかという、要請だった。こんな天気だからいいだろうと、買い物ついでもあるから、10時過ぎに行くと、約束する。

最近では、免許書き換え時しか用のない警察署。講習にも使う講堂の一角に通され、上司への報告。

「例の件で、一階で、話を聞いています」。「、、、」。「いえ、被疑者ではなく、参考人です」。 刑事の会話である。

告訴内容は、平成22年度の会計報告書に、会費未納と名前を記入されたことが、名誉棄損罪に当たると云うもの。当時の会計報告書の作成にかかわった役員を告訴する、というものだ。警察としては、告訴されたら、捜査せざるを得ない。内内に解決するように、話してきたが、最近になって、本人が、強く要求してきたという。私も、昨年から、役員になっていたので、5月に告訴したことは知っていた。だが、この何年もの間の、彼の、手紙攻勢の概略を知っていたので、相手にしてもしようが無いと思い、ほっぽっておこうと云うことにしてきた。担当の刑事も、半分困っているようだが、捜査して、送検せざるを得ない以上、しょうがない。早い所、具体的事実をつかんでもらった方がよいだろうと、協力することにする。

どうもありがとうございましたと、送り出されたのは、12時近かった。

その後も、何度か電話があり、細かいことの確認があった。

午後は、寒い中、ハウスの片づけ。夜の天気予報で、日中も3℃そこそこだったと云う。


馬鹿げた事

2012-02-16 19:28:00 | 暮らし

2月15日(水)   いちじ 

出荷の日なので、出荷作業をしていた。昼少し前に、刑事課の刑事が訪ねてきた。寺の役員である私を、訪ねてきたのだ。一時間半ほど、お付き合いをする。

馬鹿げた話である。そして、話せば長くなるのだが、と始めなければならない。今、70代後半の人が、主役である。

彼は、地元の出身で、高卒後、国立大学に入学し、地方銀行に就職した。そうである。当然、私はその頃は済んでいないので知らない。銀行なので、県内が主だろうが、あちこちに転勤しただろうし、千葉市内に住居も構えていた。私が、移住してきた頃は、彼の母親だけが一人住まいだった。彼は、ときどきは、帰ってきてはいたのだろうが、ほとんど会うことはなかった。その彼が、公に登場したのは、15年ほど前のことだろう。定年になり、一人暮らしの母親と同居した。が、千葉市内の住居もそのままで、奥さんは、主としてそちらに住み、彼も、二重生活のようだったと思う。

地元出身で、大学から、銀行に進んだ人が、定年を過ぎ帰ってきた。集落の集まりにも出てくるようになった。集落の役員をやってくれという話になるのは、自然の流れだ。役員に選出された。きちんきちんと、銀行員のように、堅く任務を遂行する。ちょっとしたミスも見逃せない。集落の役員などは、順番性のようなものだ。大きなミスや、不正でもしない限り、適度に埋めあって行くものだろう。会社組織や、組合のような、厳密な経理より、誰でもがやれるような、家計簿的経理や、事務処理でよいのじゃないかと思う。

しかし、彼は、それができなかった。以前からの書類の不備や、紛失を問題にして、総会で、議題にしたりもした。以前の担当者の責任だと云い、事の次第をはっきりするように求めた。何年も前の、そう大して重要でも無い、集落の一事を覚えているような人は多くはない。やれどもやれども、ことを正そうと云う彼が、浮いてゆくのは当たり前。数回も続くと、総会の出席者の多くが、終わったことで、問題なし、審議終了を求めるようになる。彼の正義は、踏みにじられてしまう。プライドも、大きく傷つく。

以後、彼は役員の任期が終了した後も、何かと問題を見つけては、時の役員たちに、手紙攻勢を、かけるようになった。そして、5年ほど前から、寺の役員に対する追及に変わり、寺役員への手紙攻勢となって今に至る。が、ついに、昨年の5月、寺の役員を、名誉棄損ということで、告訴するにいたった。

そして、今日の刑事の来訪である。現会計役員に対する、参考人聴取という、事情聴取である。

そして、これは、延々と続くことになる、前触れだろう。


亀山温泉

2012-02-14 17:15:49 | 暮らし

2月14日(火)   いちじ 

昨晩の雨も、うっすらと地面を濡らすほどだった。今日も、曇り空で、霧雨や、少雨がパラパラと。

味噌作りの道具の数々が、作業場に山になっている。洗って片づけてくれたものだが、晴天ならば、外に並べて乾かすのだが、雨になると云うので、作業場に入れてもらった。それらを収納しないことには、何もできない。ポリ桶などのプラスチック類は、ほぼ水気が切れていれば、収納しても大丈夫なので、しまってしまう。ミンチ機や釜などの鉄製のものは、良く乾かして、油を塗布しておかないと、一年後には、錆が浮いてしまう。この天気では、しまいこめない。雨が上がり、晴天が続くまで、しばらく放っておくしかない。ということで、あらかた片づけて、作業スペースだけは確保する。

さあ、これからは、田んぼと畑の作業が本格化する。まずは、自家採種の種籾の芒取りだ。育苗箱に播種するのに、芒が付いていると、均一に播種できないし、つまったりもする。そのためだけの機械だが、芒取機の世話になる。回転する機械の中に籾を入れて、その回転で、芒を取り、籾粒だけにする機械だ。2時間弱動かすだけで、作業は終わるが、無くてはならない機械だ。

こんな天気だから温泉に行こうと云うことで、午後は出かける。2月、3月の二月間は、日帰り入浴が半額の500円という割引サービスを受けられる。我が家からは、30分弱で行ける、亀山温泉のホテルだ。私たちが、移住する前、30年以上前になるが、一度、やはり日帰り入浴に行ったことがある。時折、ワイパーを動かす程度の雨が降り続いていた。昔と同じで、薄黒い温泉の湯は、身体を温めてくれる。ゆっくり休んで、帰ってきた。

今日は、このまま、一杯飲んで、暖かいうどんでも食べて、と準備した所だ。


二日目

2012-02-13 16:47:27 | 農作業

2月13日(月) 

昨夜、遅く、到着したスタッフ。一年振りで、一杯飲みかわして、またも、遅い就寝。が、今朝は、彼らにまかせて、私は、ゆっくり寝かせてもらう。

思ったより天気は良い。時折は、薄日も射して、暖かさを感ずる。良かった。遅めに到着した、大部隊。自主保育の仲間達だと云うので、さすがに元気だ。我が家の周りは、久しぶりに、小さい子供たちの遊ぶ声が響き渡る。頑張って、早起きしてくれたので、豆の煮上がりも早く、作業にかかる。昼食は、味噌の仕込みが終わってからに、ゆっくりとと云うことで、作業優先。

しかし、私は、ひたすら、昼食作り。鶏肉と野菜たっぷりのおこわと、豚汁、漬物がメニュー。時折様子を見に外に出はするが、ただただ、台所に立っての作業だ。1時過ぎには、作業も終わりそうだと、食堂の準備。連れ合いの提案で、今、空いているハウスの中を食堂とすることに。ホームセンターで、厚いベニヤ板を買って来て、コンテナを脚に臨時のテーブル。3枚並べて、5m以上の長さのテーブルを作る。椅子もコンテナだ。各自、椅子を持って、食堂に集合! にぎやかな、昼食。皆、美味しいと云って食べてくれて、食当としては、ホッとする。が、その大人数と、元気な子供たちの声に圧倒され、食欲は、閉じ込められたようで、箸を手にすることはなかった。

その大部隊も、片づけを済ませ、一台、一台と、帰って行った。4時過ぎ、無事に、事故も無く、忘れものも無く、一日が終わり、ホッとしている。なにより、雨が遅れてくれたことに感謝。

今日は、また、一杯やるが、早めに休もう。


一日目

2012-02-12 17:53:36 | 農作業

2月12日(日)  

味噌作りの一日目は、最高の一日だった。朝はそれほど冷えることも無く、氷も一部、ごく薄くあるかないか。日が高くなるにつれ、陽射しは、春の日差しで、暖かい。風も、ごく弱く、煙で、むせるようなこともない。

昨晩は、ひさしぶりのKさんたちと、ゆっくりと酒盛りだ。あっという間に時は過ぎ、明日があると、あわてて床に着く。その割には、目覚めは早かった。まだ薄暗い6時に起床。外に出て、釜戸に火をくべる。庭木の枝下ろしをしておいた、枯木は良く乾いて、燃えがよい。順次、起床してきて、火の番が続く。10時半過ぎには、豆は煮えて、指でつぶれるほどの柔らかさになる。

まずは、友人の豆からミンチにかける。塩と麹を混ぜて、味噌樽に仕込んで、第一陣は終わり、昼前には帰ってゆく。我が家の第一陣を始める。昼飯前に、一樽仕込んでしまおうと、昼のチャイムは、聞き流す。昼飯は、一時前。少しゆっくり休んで、第二陣を始めて、三時過ぎには、仕込み終わる。明日があるからと、片づけはざっとして、お茶休憩。二人は、車で、帰ってゆく。

順調に過ぎた、第一日目。さあ、明日は。自然食品店のスタッフ二人と、付録の子供一人は、今夜到着予定。そして、明日は、そのグループ、大人7人、子供12人。そして、居酒屋グループ、大人5人。

どうなることか。


塩切

2012-02-11 18:03:54 | 農作業

2月11日(土)   いちじ 

朝一番の仕事は、大豆を洗って、水に浸しておくこと。今朝は氷こそ張っていないが、空気は冷たく、水も冷たい。良く洗って、昨日用意した釜の中に入れ、水をたっぷり張っておく。大豆は水を吸うと、倍以上に膨らむ。水が少ないと、顔を出してしまう。地元の友人も、大豆を持ってきて、洗って浸して帰る。明日は、友人の13kgを含め、33kgの大豆を煮る。

その後、冷たい手を温めながら、出荷作業。

午後は、糀の塩切り。糀は、出来上がったものを、まとめて袋(米袋)に入れたままにしておくと、発酵を始め、熱くなってしまう。そして、発酵が進むと、その、自分で出す熱で、糀菌は死んでしまう。そうなると、麹は、その役割を果たせず、腐敗状態になってしまう。広げておくとよいのだが、そうもゆかないので、味噌にするときは、塩切りと云って、ある程度の塩を混ぜておく。そうすると、糀菌は、活動を抑えられ、休眠状態になる。そんな訳で、我が家の糀は、味噌に使う塩を全部混ぜてしまう。13日に使う自然食品店の分は、少しだけ塩を入れて、良く混ぜるだけ。塩加減は、それぞれ違うから。手前味噌の塩梅は、それぞれが。

車の音がした。東京から、味噌作隊が到着したようだ。体調が回復した、Kさんだ。1年以上振りとなる。同じ区の消費者のSさんと同行だ。彼は、初めての参加だ。


段取

2012-02-10 18:26:49 | 農作業

2月10日(金)  ときどき 

田んぼの畔草刈。刈払機での作業を一時間ほど。これで、秋、冬の枯れたような草は刈り終わる。この後、天気の具合を見て、畔焼ができれば、きれいになる。もし、燃すことができなくとも、それほど支障が出る訳ではない。今年の米作りのスタートには立てる。早めに帰ったので、刈払機の刃の研磨。とりあえずは、しばらく刈払機は使わないだろうから、次の春草を刈るための準備だ。

午後は、味噌作りの準備。明日朝には、大豆を洗い、水に浸けておかなければならない。なるべく労力をかけないために、釜の中で、水に浸けておく。そうすれば、当日の早朝、すぐに釜戸に、火をつければよい。一年振りに使う釜戸や釜を出しておく。釜は水洗いもする。この冷えた空気の中水を使うのはつらいから、焚火をして暖をとる準備もする。作業する場所も整理しておかなければならない。明日は、土曜日。出荷作業もある。荷物が片づかないと、味噌作りの作業スペースは作れない。だから、今日、どう段取りをしておくかで、明日、明後日以降の作業をスムーズにできるかどうかが決まる。

それにしても、大豆を煮る大釜は重い。大豆を15kg煮ることができるのだから、大きいし、鉄製だから、重い訳だが、味噌小屋の棚から下ろし、流し場まで運び、洗って釜戸に据え付ける。この作業が、かなり堪えるようになってきた。

今朝ほど、連れ合いと話したが、

「後、10回位は、味噌作りをやるのだろうか」。