畑のつぶやき

畑や田んぼの作物の生育や農作業の報告
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食、農への思い

法事

2011-11-02 19:08:58 | 農作業

11月2日(水)   いちじ 

天気予報は、晴れなのに、晴れ間はほんの短時間で、ほとんど曇りという天気。こんな天気ゆえという訳ではないだろうが、すっきりしない、ダラーっとした一日だった。出荷の日で、連れ合いは畑に葉物を収穫に行くので、留守番をしながら、イモ類などの量り仕事。ちょっと買い物に出かける。昼からは、畑の草を燃すために、灯油バーナーを持って出かける。その後は、チェーンソーの刃を研いだり。まとまりのない日だった。

この5日に、私の従姉の一周忌の法事の案内をもらっていた。母の兄の娘で、生まれ故郷の「本家」の跡取りだった。しかし、結婚せず、子供もなく、姉妹は皆女で、嫁いで行って、一人暮らしだった。彼女の死によって、その家=moshi64家は、絶えることになる。 母の出た家で、複雑な関係で、母も父を婿にもらう形で、moshi64家の新宅という形を取っていた。(私は、そんな複雑な関係もいやで、生まれ故郷を出て暮らすことを選んだのだが) だから、いくら認知症を患っているとはいえ、母が存命の限り、「本家」と新宅という関係上、密な関係であるべきかもしれない。

従姉の姉妹は、近隣に何人かいて、葬儀や、法要、等々、取り行っていて、私にも、叔母の息子ということもあるのだろう、相談してくれる。彼女にしてみれば、moshi64家の本家が無くなると云うことで、叔母である母にすまないと云う気持ちなのだろう。でも、そうしたことは、あることであり、あることは仕方がないこと、という考えの私には、極論すれば、どうでもよいこと。しかし、そう言ってしまえば元も子もない。それなりに相談に答えたりはしているが、昔ながらの家制度は、無くなっているとはいえ、長男というもの、それに振り回されるものだ。遠く離れて暮らしてるゆえ、薄まり、弱まってくる流れで、助かってはいるが。

それで、今日の買い物に戻る。地元の道の駅まで、車で5分ほど。房総の土産物のようなものを購入。仏事用ののし紙をつけ、香典とともに、宅急便に託す。

故郷とは、切っても切れないものなのかもしれない。