ロンドンの繁華街の一つ、オックスフォード・サーカスの近くで、女性たちが盛んにカメラを向けている建物がある。黒い木の梁を際立たせる、ヨーロッパの田舎家のような外観が目立つリバティ百貨店だ。百貨店といっても日本のそれとはだいぶ異なって、店の名前が繊細なデザインの生地の代名詞になるほど、世界中の女性に愛されているらしい。奥方は持参した「リバティ」に着替え、すでにSaleに挑戦中だ。
ロンドンにはハロッズを筆頭に、デパートがたくさんある。なぜか屋上に多くの旗をはためかせているから、すぐそれと知れる。デパートとは不思議なもので、世界中、どこの街でも概ね構造が似ていて、1階に化粧品メーカーのブースが並んでいる。化粧という、ごく私的な秘め事が、1階の最も目立つフロアで営業され、女性客が人の行き交う傍で堂々と素顔を曝し、メイクの手ほどきを受けているのは永遠の謎である。
さてリバティは、生地と雑貨が中心の百貨店だから、そうした構造とは異なり、巨大な吹き抜けの周囲に小さなブティックが並んでいるような店構えだ。私には織物の知識が無いから、おしゃれな生地を生み出すこの店のセンスが、どんな雑貨を集めているかを見て回る。自ずと焼き物のフロアに足が向いて、私はそこで驚くべき再会をする。5年前、ミラノのデパートで見染め、欲しさを抑えた陶器が販売されていたのだ。
旅を続けていると、国境を越えてこんな思いがけないことがあるのか、と興奮し、英国がEUを離脱した後は、もうこんな偶然はないだろう、などと非論理的感慨に耽る。その作家の作品を集めた小さな企画販売会であるらしく、私がミラノで魅入った陶製の置き物だけでなく、同じ色調の皿やカップも並んでいる。おばあさん店員のしつこい勧誘に反発心が湧かなければ、今度こそ買っていたかもしれないが、こらえた。
頑張った私なのに、おもちゃ売り場で「プラスチック製スポーツカー」に捕まってしまう。動力も何も付いていない、単なる飾り物に過ぎないのだが、色合いと姿がなんとも可愛い。Manufactured in Chinaではあるけれど、Designed in the United Kingdomとある。ようやく落ち合った妻に「これ、いいね」と同調を求めると、彼女も「そうね」と応えてくれた。しかし大人らしさを見せようと、ここもこらえる。
アパートに帰り着くと、リバティの紫色の買い物バッグが積み上がって、スーツケースに収まるかどうか、の状態だ。私の生地もあって、いずれ妻仕立てのリバティシャツを着た私が、吉祥寺あたりで見られるだろう、などと整理していると、袋の底から函が現れ、例のスポーツカーが出現した。孫に取られるまでの命でしょうがと、妻はいたずらをしたような顔で澄ましている。かくて私のリバティも、日本に移動した。
ロンドンにも日暮里のような繊維街がある。街の西、郊外色が漂うあたりの駅前に専門店がひしめいている。多くがインドやアラブ系の店員たちが、民族色の強い生地や、型落ちのリバティなどを並べてみせる。
こんな具合に織物や雑貨を見て歩いたのに、日本では人気の北欧系のデザインがいっさい見当たらない。不思議なほど徹底している。英国と北欧は近いのに、嗜好と距離は無関係なのだろうか。(2018.6.24-7.2)
ロンドンにはハロッズを筆頭に、デパートがたくさんある。なぜか屋上に多くの旗をはためかせているから、すぐそれと知れる。デパートとは不思議なもので、世界中、どこの街でも概ね構造が似ていて、1階に化粧品メーカーのブースが並んでいる。化粧という、ごく私的な秘め事が、1階の最も目立つフロアで営業され、女性客が人の行き交う傍で堂々と素顔を曝し、メイクの手ほどきを受けているのは永遠の謎である。
さてリバティは、生地と雑貨が中心の百貨店だから、そうした構造とは異なり、巨大な吹き抜けの周囲に小さなブティックが並んでいるような店構えだ。私には織物の知識が無いから、おしゃれな生地を生み出すこの店のセンスが、どんな雑貨を集めているかを見て回る。自ずと焼き物のフロアに足が向いて、私はそこで驚くべき再会をする。5年前、ミラノのデパートで見染め、欲しさを抑えた陶器が販売されていたのだ。
旅を続けていると、国境を越えてこんな思いがけないことがあるのか、と興奮し、英国がEUを離脱した後は、もうこんな偶然はないだろう、などと非論理的感慨に耽る。その作家の作品を集めた小さな企画販売会であるらしく、私がミラノで魅入った陶製の置き物だけでなく、同じ色調の皿やカップも並んでいる。おばあさん店員のしつこい勧誘に反発心が湧かなければ、今度こそ買っていたかもしれないが、こらえた。
頑張った私なのに、おもちゃ売り場で「プラスチック製スポーツカー」に捕まってしまう。動力も何も付いていない、単なる飾り物に過ぎないのだが、色合いと姿がなんとも可愛い。Manufactured in Chinaではあるけれど、Designed in the United Kingdomとある。ようやく落ち合った妻に「これ、いいね」と同調を求めると、彼女も「そうね」と応えてくれた。しかし大人らしさを見せようと、ここもこらえる。
アパートに帰り着くと、リバティの紫色の買い物バッグが積み上がって、スーツケースに収まるかどうか、の状態だ。私の生地もあって、いずれ妻仕立てのリバティシャツを着た私が、吉祥寺あたりで見られるだろう、などと整理していると、袋の底から函が現れ、例のスポーツカーが出現した。孫に取られるまでの命でしょうがと、妻はいたずらをしたような顔で澄ましている。かくて私のリバティも、日本に移動した。
ロンドンにも日暮里のような繊維街がある。街の西、郊外色が漂うあたりの駅前に専門店がひしめいている。多くがインドやアラブ系の店員たちが、民族色の強い生地や、型落ちのリバティなどを並べてみせる。
こんな具合に織物や雑貨を見て歩いたのに、日本では人気の北欧系のデザインがいっさい見当たらない。不思議なほど徹底している。英国と北欧は近いのに、嗜好と距離は無関係なのだろうか。(2018.6.24-7.2)
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