万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国の企業統治指針改正のリスク―企業型アファーマティヴ・アクションの行方

2020年12月07日 12時26分19秒 | 日本政治

 昨日、日経新聞の朝刊一面に、企業の社外取締役に関する記事が掲載されておりました。目下、金融庁と東京証券取引所は2021年春を目途に企業統治指針の改定作業に取り組んでいるそうですが、同指針の概要が判明したという記事です。2022年に現行の一部上場を「プライム市場」が引き継ぐに際して基準を厳格化するという内容なのですが、この指針の改正案、政府の市場に対する介入強化となるように思えます。

 

 同方針の主たる改正点は、取締役や指名委員会の機能強化、並びに、管理職の多様性を確保の二つです。前者については、社外取締役を3分の1以上にするといった内容であり、後者については、数値目標の設定や達成状況の公表により女性、外国人、中途採用者の取締役への登用を促すというものです。何れも、国内の基準を、所謂コーポレート・ガバナンスの分野における‘グローバル・スタンダード’に合わせるということなのでしょう。

 

 そもそも、企業統治につきましては、どの程度の公的な規制が適切なのか、という問題があります。一般論からすれば、規制とは、他害性や危険性が認められたり、マイナス効果が発生するリスクが生じたり、あるいは、公序に反する場合等に正当化されます。ところが、今般の指針改正の内容を見ますと、誰からも異論がないほどに明確に‘害悪’が生じると言い切れないように思えます。

 

 例えば、社外取締役を3分の1以上にするという基準については、社員のモチベーションを著しく損なう可能性もありましょう。何故ならば、一生懸命に会社のために働いたとしても、取締役に就任するチャンスは3分の2となるからです。また、社内事情に疎い‘落下傘部隊’が舞い降りるのですから、組織としての結束や調和が乱れ、業績が悪化する事態も想定されます。また、同改正によって激増する‘社外取締役’のポストは、政界や官界からの新たなる‘天下り先’となる可能性もありましょう。さらに悪い予感があるとすれば、中国共産党の手法と同様に(中国では、企業は共産党員を受け入れる義務がある…)、社外取締役が、外部勢力からの支配ルートとなることです。

 

第二の多様性の確保につきましても、男性であり、日本国民であり、かつ、新卒採用者が多数を占める現状では、これらの典型的な日本の就労者が実質的に不利益を被ることは、就任チャンスの確率を計算すれば明白です。また、実力主義でもなく、かつ、全ての人々に等しくチャンスを与える、つまり、機会の平等や比例平等に抵触する政策は、全ての人々から常に支持されるわけではありません。例えば、アメリカでは、マイノリティーに対して採用枠を保障するアファーマティヴ・アクションについては、賛否両論の激論が展開されてきています。今般の改正案は、政府ならぬ企業においてアファーマティヴ・アクションを導入するようなものなのですから、反対論があっても然るべきと言えましょう。あるいは、日産のゴーン事件が示唆しますように、日本企業が海外勢力に乗っ取られるルートとなるかもしれません。そもそも、性別、国籍、並びに、採用期間の長短が企業業績に影響を与えるとするエビデンスは存在しないのではないでしょうか。何れにいたしましても、同方針には、プラス面のみならず、マイナス面も指摘できるのです。

 

取締役の選任については、本来、企業の人事権に含まれますので、経済活動の自由の一環として保障されるべきものです。否、政府が口を挟みますと、私的領域を侵害しかねないのです。しかしながら、今般の指針改正のように、証券市場への上場の条件として設定すれば、一先ずは、企業には選択権が認められる形となります。ところが、この選択権、企業にとりましては、同条件を飲むか、あるいは、上場を諦めるかの二者択一を迫られることを意味しますので、事実上、‘義務付け’あるいは‘強制’の効果が生じてしまうのです。

 

自由主義経済のメカニズムとは、公正で自由な競争を基盤としていますので、企業統治のあり方につきましても、他害性がない限り、自由競争に任せるべきなのではないでしょうか。仮に、同方針が示す企業統治が優れているならば、同方針に従わない企業の経営企業は自然に淘汰されるですから、敢えて‘義務化’や‘強制力’で縛る必要はないはずです。企業統治の形態の間でも自由に競争されるべきですし、「プライム市場」の基準を満たさない企業にも、証券取引所の新規参入を許すべきかもしれません。多様性の行き着く先が画一化であり、菅政権の掲げる‘規制緩和’の実態が‘規制強化’にあるとすれば、日本国の企業も国民も、同方針の改定には、迂闊に合意してはならないように思うのです。


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