万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

温暖化ガス50年ゼロが強いる国民負担

2020年12月13日 12時35分22秒 | 国際政治

 日本国の菅首相が所信表明演説で公表した2050年温暖化ガス排出実質ゼロ目標は、早くも法整備の段階に入ったようです。もっとも、法の制定に先立っては国会での審議を擁しますので、オープンな議論がなされるという意味においては望ましいことかもしれません。また、同目標は、自民党、並びに、政治家個人が国政選挙に際して公約として掲げたわけではなく、首相の一存で突然に表明されていますので、法案の提出は、総選挙後とした方が、国民にとりましてはさらに望ましいということになりましょう。

 

 ‘ゼロ目標’につきましては、二酸化炭素の排出量の規制強化という観点から、まずは、火力発電の転換や対処が迫られるエネルギー問題として注目されています。しかしながら、燃焼によって二酸化炭素が排出される以上、ゼロ目標の影響は、国民生活にも直接的に及びます。例えば、今日、一般の家庭で使われているガスコンロ、ガス風呂、ガスオーブンあるいは、石油やガスヒーターといった機器は、最早使用できなくなる可能性が高いのです。つまり、各家庭は‘オール電化’を強いられることとなるのですが、買い替えコスト、並びに、電力需要の急速な増加による電力料金の値上がり等は、生活コストを押し上げるものと予測されます。とりわけ、北海道や東北地方といった寒冷地では、冬場での化石燃料の使用禁止は死活問題ともなりかねません。また、こうした電化への移行期における膨大な買い替え需要にあっては、価格競争において優位にある中国企業の製品が、日本の国内市場において急速にシェアを伸ばすことでしょう。あるいは、買い替えることのできない低所得層においては、コンロ無し、お風呂無し、オーブン無しの生活が強いられ、生活水準が大幅に低下することになるでしょう。

 

また、‘ゼロ目標’は、ガソリン車の新車販売禁止とセットになって公表されたため、自動車産業の問題として扱われがちです。その一方で、国民に対する影響もまた甚大です。自動車一つをとりましても、ガソリン車を使用している人々は買い替えを余儀なくされますので、相当の費用負担が予測されます。軽自動車は、コスト面からもハイブリット化やEV化も容易ではなく、日常の足として軽自動車で気軽にお出かけをするといった生活は過去のものとなりましょう。あるいは、その頃には、上述した家庭用機器と同様に、EV車の安価での大量生産に成功した中国メーカーの自動車が大量に日本国に流入することとなるかもしれません。

 

しかも、オール電化にしますと、自然災害が多発する日本国では、停電によって行政や経済のみならず、日常の生活までが全てストップしてしまいます。冬場に電力供給がストップすれば、国民の多くは命の危険に晒されましょう。こうした事態を避けるためには、各家庭にあって蓄電設備を設置するか、あるいは、太陽光パネルなどの自家発電施設を準備することとなりましょうが、これらのコストも国民にとりましては大きな負担となります。

 

以上に‘ゼロ目標’に伴う国民負担について気が付いた点を挙げてみましたが、その他にも、連鎖的に様々な分野に影響が及ぶことでしょう。それでもなおも政府が同目標を追求しようとするならば、移行期における国民の負担やリスクについて正直、かつ、丁寧に説明すると共に、技術的な解決策や見通しについても詳細に情報を提供すべきです。また、政府は、ゼロ目標を成長のチャンスとしたいようですが、実際には、中国をはじめとした海外勢力に日本事業拡大のチャンスを与えることになりかねないのですから、同分野にあって日本企業が優位となる根拠も示すべきと言えましょう。何れにしましても、国民に対して判断材料を十分に提供すべきですし、法案の成立には、国民的な支持や合意は不可欠なのではないかと思うのです。省エネルギー化や新たなエネルギー源の開発等については国民の多くは支持することでしょうから、化石燃料との共存を含めたより温和な方法もあるはずです。否、‘保険を掛ける’という言葉がありますように、むしろ電化一辺倒ではなく、いざという時に代替できるようなエネルギー源の確保、すなわち、電気、ガス、石油、石炭など、エネルギー源の多様化こそ、安定した経済活動や国民生活を約束するのかもしれません。

 

地球環境問題は国際協力を要する分野とされながらも、その背後では、排出権取引利権をはじめとした環境利権をかけた国家間、あるいは産業間における激しい火花が散らされています。国際社会に忖度し、理想を追うばかりに日本国政府が国民に負担を押し付けることがないよう、法整備に当たっては、与野党の議員も国民も、政府が掲げる‘ゼロ目標’が適切であるのかどうか、現実的、かつ、多面的な視点から十分に吟味し、かつ、議論すべきと思うのです。


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