万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

フランスの徴兵制復活の断念―動機が不純なのでは?

2018年06月29日 10時41分22秒 | 国際政治
仏 兵役導入見送り 16歳男女に1か月間の集団生活義務化
かねてより徴兵制の再導入を公言してきたフランスのマクロン大統領。結局、この案は実現を見ずに御箱入りとなったようですが、断念にはそれなりの理由があるように思えます。

 マクロン大統領が廃止された徴兵制の復活を目指した理由とは、‘国民統合’の強化にあるそうです。フランス国内には、現在、移民の増加により多数のアフリカや中近東等からの移住してきた人々が居住しています。フランス国籍を取得したフランス国民ではあっても、イスラム教の信仰を捨てずに堅持し、出身国やイスラム教団の一員としてのアイデンティティーを保持している人も少なくありません。こうした国籍とアイデンティティーとの分離が、イスラム過激派によるテロを招くフランス国内の深刻な社会的分裂の主要な要因とする認識が、マクロン大統領をして、この問題の解決方法として徴兵制の再導入という考えに至らしめたとされています。

 それでは、何故、徴兵制が‘国民統合’を促す効果があるのか、と申しますと、それは、法律で定められた一定期間の間、徴兵に服する全ての‘フランス国民’は、人種、民族、宗教等の違いに拘わらず、フランス防衛のために命を賭して闘うという共通の目的の下、集団で寝食を共にするため、相互に連帯感を強めることができるからです。言い換えますと、‘共通の敵’の存在、並びに、共同生活の強制が国民間の仲間意識を醸成し、社会的な対立を緩和する効果が期待されているのです。しかしながら、この政策に疑問を感じる人も少なくないはずです。

 第一に、政策目的と政策手段との間に合理的な関連性が欠如していることです。近代の国民皆兵制は、フランスにおいて革命戦争を機に世界に先駆けて導入されていますが、徴兵制とは、大方、戦争という目前の危機を前提としています。一方、現在のフランスを取り巻く国際情勢を見ますと、徴兵制の導入を急ぐほどの緊迫感はありません。敢えて脅威を挙げればロシア、あるいは、中国なのでしょうが、現実に戦争が発生した場合、ドイツを主敵とした二度の世界大戦とは違い、フランスはロシアや中国と国境を接しているわけではなく、想定される主たる戦力もNATO軍となります(中ロからのミサイル攻撃に対しては、徴兵制では防備できない…)。戦争という国民全員が共有する国家存亡の危機が欠如している以上、徴兵制の復活に心からの賛意を送る人が多数を占めるとは思えません。しかも、予定されている徴兵期間は僅か一ヶ月であり、国民間の相互的絆を育成するには時間的にも不十分です。別の政策手段があるにもかかわらず、最もリスクの高い方法を選ぶのでは、その裏の意図が疑われてしまいます。

 第二に、現在、フランスが抱えるロシア、あるいは、将来的には中国の脅威以上に深刻な問題は、実のところ、当政策の主要目的と関連するイスラム過激派によるテロです。そこで、目的と手段を一致させるために、イスラム過激派を‘共通の敵’として徴兵制を実施するとしますと、ここでも幾つかの点で重大なリスクが発生します。イスラム系フランス国民の中には、フランスに固く忠誠を誓う人々ももちろん多数存在しているのでしょうが、依然としてアイデンティティーをイスラム側に置くイスラム教とも多数いるはずです。となりますと、信仰の自由を盾とした徴兵拒否の問題に加えて、フランス政府は、軍の組織内部にイスラム過激派組織の要員やその信奉者をも多数抱え込む、あるいは、親過激派側の国民にも軍事訓練(対人殺傷技術)を施してしまう、という忌々しき問題が発生します。これでは、フランスの防備を強化するどころか、仏軍の弱体化やテロ組織の狂暴化を助長しかねないのです(このリスクは、仮想敵が中ロの場合でも同じ…)。

 徴兵制の復活が阻止された理由としては、この他にも個人の自由の問題も指摘されておりますが、上記の問題を考えますと、マクロン大統領の提案は、そもそもその動機が不透明、かつ、不純な上に、安全保障や治安の面からもリスク含みなように思えます。そして、目的と手段の不一致は、しばしば国民を騙して誘導する詐術的な政策手法となり得ますので、この政策提案は、同大統領の信頼性をも揺るがしたのではないでしょうか。現代という時代の政治家は、国民に対してより誠実、かつ、正直であるべきと思うのです。

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