万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

無責任な対北「段階的な非核化」容認の薦め

2018年05月29日 15時12分57秒 | 国際政治
北朝鮮追加制裁見送り 米、首脳会談へ配慮
 昨日5月28日の日経新聞朝刊に、「米朝攻防-焦点を聞く」の第一話として、ブッシュ政権下で東アジア・太平洋担当の国務次官補を務めたクリストファー・ヒル氏へのインタヴュー記事が掲載されておりました。氏は、「段階的な非核化」が現実的とする自身の見解を語っておりますが、些か無責任ではないかと思うのです。

 同氏は、2005年9月に開催された第4回六か国協議において北朝鮮の核兵器放棄を盛り込んだ共同声明案の取りまとめ役として評価されています。同共同声明では、(1)朝鮮半島の南北による検証可能な非核化、(2)米朝国交正常化、並びに、日朝国交正常化、(3)対北エネルギー支援、(4)朝鮮半島の恒久的平和体制の構築、(5)上記事項の段階的実施、(6)第6回六か国協議の開催時期が謳われています。

ところが、米朝国交正常化までのプロセスを‘工程表’に加えた「段階的な非核化」案は、それ以前において既に北朝鮮側から提案されておりした。また、事実を見れば、上記の共同声明案を作成して提案したのは中国であり、アメリカ側が譲歩したことで成立したと言っても過言ではないのです。六か国協議は、その後、秘かに核・ミサイル開発を継続させた北朝鮮がアメリカの制裁強化を理由に離脱することで事実上の‘散会’となりましたが、ヒル氏曰く、この失敗の原因は、徹底した検証が不可能であったことにあるそうです。つまり、今般の危機も、IAEAによる核放棄の検証作業さえ完璧に実行できさえすれば、CVIDの要件を満たす「完全な非核化」よりも「段階的な非核化」の方が現実的であると主張しているのです。

そもそも、2005年当時における北朝鮮に対する認識の甘さが今日の事態を招いているのですから、ヒル氏の見解には首を傾げざるを得ません。仮に、この時、CVIDの要求をアメリカが貫いていれば、おそらく、同共同声明は成立していなかったことでしょう。そして、この時のアメリカの安易な対北、否、対中妥協こそ、北朝鮮の背信的、かつ、違法な核・ミサイル開発を許したとも言えるのです。上述したように、同氏は、今般の危機の打開策としてIAEAによる確実な検証の実行を提案しておりますが(これを実現するには、北朝鮮は、全域を対象とした無条件査察と核放棄の確認を受け入れる必要がある…)、この作業の完了こそCVIDに基づく「完全な非核化」に他ならず、同検証が未達成の段階で北朝鮮に見返りを与えることは、北朝鮮に猶予期間を与えた過去の失敗の繰り返しとなります。ヒル氏が検証作業未完の状態での対北経済支援の実施を勧めているならば、それは、事実上の北朝鮮核保有容認論となりかねないのです。

「段階的な非核化」案とは中国案への回帰の薦めであり、同記事には“中国との対話重要“と銘打ってあるように、ヒル氏は、親中派の立場にあるのでしょう。そして、同氏に限らず、「段階的な非核化」を認めるよう主張する諸国や論者は、その結果に対して責任を負おうとしないという意味において、無責任であるように思えます(この点は、イラン核合意も同様…)。仮に、将来的に北朝鮮が核・ミサイル開発を再開し、その脅威が以前にも増した場合には、この方法を是認した者にも連帯責任が生じるはずです。つまり、同方式を支持する以上、自らが軍事制裁の役割を買って出てでも強制的に北朝鮮に合意を遵守させる覚悟が必要となるはずなのです。こうした覚悟なくして安易に譲歩した結果が今日の危機であるのですから、北朝鮮の核放棄という政策目標の達成ではなく、逃げ道を残した合意の成立を‘成果’と錯覚した妥協には、今度こそ、終止符を打つべきではないかと思うのです。

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コメント (8)
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