万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

憲法第9条2項問題が問う日本国の主権

2018-01-31 16:29:58 | 日本政治
【衆院予算委員会】安倍首相「9条2項変えたらフルスペックの集団的自衛権が可能になる」 2項削除に否定的見解 
 日本国憲法9条改正について、安倍首相は、2項削除案には否定的な見解を示しております。しかしながら、その説明を聞きますと、幾つかの疑問が湧いてきます。

 首相が第2項削除に対して消極的な理由とは、「書き込み方でフルスペックの集団的自衛権」が可能となるというものです。言い換えますと、日本国の集団的自衛権には制限を付すべきと言うことになります。ところが、国連憲章第51条には、個別的自衛権のみならず、集団的自衛権をも国家の当然の権利として認めています。ここから、日本国は、何故、他の加盟国とは異なり、同権限に特別の制限を設けなければならないのか、という問題が提起されるのです。

 集団的自衛権とは、国家の根幹に関わる極めて重要な権限ですので、主権的権限の一つと見なし得ます。とりわけ、一国の軍事力だけによる自国の防衛が困難となってきた今日では、その重要性は増すばかりです。中国が軍事大国として台頭する中、日本国だけ、同盟政策に関わる重要な同権限に制限を付すとすれば、それは、暗雲の垂れ込める現在の国際情勢ではなく、70余年前の過去、即ち、第二次世界大戦のおける敗北に根拠を求めざるを得ません。

 しかしながら、国際法においては、たとえ敗戦国と雖も、講和条約締結後にあっては、“フルスペックの主権”を回復するものです。日本国も、1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効を以って独立した主権国家として国際社会に復帰しており、これ以降においては、一般の諸国と同等の権利を有しています。ですから、主権が不完全であった占領期に制定された日本国憲法を今般改正するとすれば、それは、国際法に国内法を合せる、即ち、集団的自衛権を含めた“フルスペックの主権”の回復をおいて他にないはずなのです。

 こうした視点から見ますと、首相の説明は、未来永劫にわたって日本国が第二次世界大戦時の敗北によるペナルティーを背負い、主権を制限された二等国としての地位に甘んじるべきと述べているように聞こえます。古来、戦争に負けた国の国民は奴隷、あるいは、二等市民とされたものですが、現代という時代にあって、こうした不条理を認めるかのようです。

 仮に自国の防衛や安全保障上の権限に制約を課すならば、国際スタンダードに沿った内容であるべきであり、それは、ドイツやイタリア等の憲法と同様に行動規範としての“侵略戦争の禁止”で十分なのではないでしょうか。権限よりも目的に制約を課す方が、国際社会で共有された平和の実現(国際社会の治安維持)という目的には効果的です。この憲法上の制約があれば、集団的自衛権についても、同盟国が侵略を目的に戦争を行う場合には行使できなくなりますので(国際法上も、集団的自衛権はその名称が示すように防衛目的にしか使えない…)、改憲反対勢力の批判をかわすこともできましょう。日本国は、独立した主権国家である以上、少なくとも、“戦力”や“交戦権”といった国家の主権的権限、及び、国際社会の一員として当然に備えるべき組織や権限までをも否定する文言は、日本国憲法に残すべきではないと思うのです。

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