万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ヘンリー王子婚約問題-国民の違和感と差別は別問題では?

2018-01-17 16:52:43 | 国際政治
「黒人は醜く英王室の血を汚す」 英王子と婚約のメーガン・マークルさんに英独立党党首の恋人が差別メッセージ
イギリスのヘンリー王子とアメリカ人女優メーガン・マークル氏との婚約発表は、英国民のみならず、全世界を驚かせるニュースとして報じられました。特に人々の関心を惹いたのは、同氏の母親がスラムで育ったアフリカ系アメリカ人であったことです(両親ともユダヤ系との指摘もある…)。

 同王子の婚約にはイギリス人でも批判的な人々も少なくないのですが、こうした批判は、得てして差別として糾弾されがちです。先日も、英独立党のボルトン党首の交際相手の女性が“王室の血を汚す”とするメッセージを友人に送ったことが発覚し、人種差別主義者との批判を浴びています。この一件では、メッセージに侮蔑や中傷が含まれているために発言者に批判が集まったのですが、王室のメンバーに異質な人が加わることに対して国民一般の人々が抱く違和感や受け入れがたい感情そのものは、自然な反応である故に、人種差別として簡単に片づけることはできないように思えます。

 何れの国であれ、国籍取得に際しては言語、歴史、一般常識など、同化に関するテストを受けるものです。況してや王室ともなれば、その国の“顔”の役割をも果たしますので、一般の国民からしますと、自国を代表するに相応しい国民との絆が深い人であってほしいと願うのは自然な感情です。戦後、エリザベス女王に対する人気を支えたのは、戦時中に軍に勤務した経歴から、苦しい戦争を共に闘ったとする国民との間に“戦友意識”であったとされています。また、ヨーロッパでは、政略結婚の必要性から王族間の国際結婚は一般化していましたが、国民国家の形成過程と並行して民主主義が広まった近代以降にあっては、むしろ、王族の婚姻相手が自国民であるほうが国民からは歓迎されています。ダイアナ元皇太子妃の人気も、その容姿や伯爵家出身という高貴さに増して、イギリス出身に負うところが大きかったそうです。

 今日では、王室・皇室の婚姻は、個人の自由な選択の領域とされ、国民の意向は全く排除される状況にあります。誰もが王族・皇族になり得る時代となった反面、国民との共通性が希薄化し、両者の乖離が深まるリスクをも抱えています。一般の国民にとりましては、その存在意義は薄れる一方なのです(神聖でもなく、統治権は最早なく、血統的に高貴でもなく、歴史や伝統を背負っているわけもなく、セレブに過ぎない王室・皇室とは、一体、何なのか…)。こうした中でのヘンリー王子の婚約は、王室・皇室の存在意義に関する問題を顕在化しているように思えます。メーガン・マークル氏は、人種、民族、宗教、国籍…など、あらゆる面で一般の英国民とはかけ離れた存在であるからです。

 仮に、アフリカ諸国の世襲王室にあって、異人種・異民族・異教徒となる欧米キリスト教系の白人であり、かつ、外国籍の人が王族の一員となるケースでは、国民の間から反発の声も上がることでしょう。イスラム教国であれば、なおさらかもしれません。果たして、このヘンリー王子の逆パターンに対する国民の批判を、人種差別として批判することはできるのでしょうか。ボルトン党首の一件は、侮蔑や中傷表現が強調されたことで、かえって問題の本質が逸らされてしまったようです。ヘンリー王子の婚約は、現代という時代における王室、並びに、皇室の存在意義を改めて問い直しているように思えるのです。

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