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ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

怒涛の更年期症状

2004-08-27 | 乳がん
思い出した、思い出した。
その年の暮れには、
姉が 料理を送ってきてくれたんだった。
カレーや シチューは どうだったかな?
覚えているのは お得意、ブタの角煮と、
スタッフド・チキン、これは 中に詰めたお米が
すごくおいしくなってるんだ。
忘れてたよ。
おねーちゃん、ゴメンネ。
やっぱり、たいしたものは
作ってなかったんだなあ。


寒がりの私が、
オイルヒーターを 弱~くするほど、
夜中に汗をかいた。
全身ぐっしょり 汗まみれ。
下着も、パジャマも。

入院直前、成長した息子に
新しいベッドを買うために 家具屋に行った時に、
亭主は 私に 新しいベッド・パッドを 
プレゼントしてくれた。
キャメルのパッド。
お高い。
信頼している店長が、
「私も 夫婦で使っているけど、これはいい。」
というので、突然 買ってくれることになった。
(ホントは、私は、セミ・ダブルのベッドを
 買ってもらったほうが、嬉しかったな。
 シングルは、小さい!)
キャメルのベッド・パッドぐらいじゃ、
どうにもならない。
暑い。

着替えると、今度は 衣類の冷たさで
手足が 冷える。
特に 手指の関節。
とりわけ、左手の 中指と薬指。
これ以上痛くなるのが 怖い。

2003年1月16日、
病院に電話して、
薬の副作用が出た事を告げ、
明日、リュープリンの注射の後に
外来へ行く事にする。

1月17日、
2回目のリュープリン注射。
その後、外来受付へ。
主治医は、
手の指の痛みの話に 顔を曇らせて、
「早すぎる。」
という。
副作用が 出るのが、早すぎるというのだ。

実は 私は 
二人目の子を出産した後、
軽いリューマチになっており、
元々そういう 体質ではあった。
リューマチ因子の数値は たいしたことは なかったが、
あちこちの 関節が冷え、
冷えると痛み、
特に 足首の 保温用サポーターは はずせない。
手指の関節が 朝は 固まって動かなくて、
バネ指にもなっていた。
七五三を控えた 娘の長い髪を 
幼稚園に登園する前に、 
結んだり みつあみにしたりするのに、
毎朝 必死だった。
いつのまにか 軽くなっていた。

主治医に
そういう体質である事を告げた。
入院中にも そんな話は したはずだと思ってた。
手術後 左手の ひじや手首が 冷えて痛んだ時だ。
手術の際に、術側の手を 吊っておくからだ、
と看護士にいわれた記憶がある。
その時は、ホットパックを 懸命にして、
気にならない程度にはなっていたんだけど。

すると主治医は 
それは 注射の副作用だ、と言う。
飲み薬の ノルバデックスは 弱い薬で、
注射の リュープリンは 強い。
それは 注射の 副作用だから、
やめるとすれば、注射を止める、
しかし そのかわりに 抗癌剤に 切り替える、と。
抗癌剤は、
髪がぬけたり 吐き気があったりの
副作用がある、というお話だった。
もう少し様子を見る事にして、帰宅。

抗癌剤というのは、言葉の響きが 恐ろしい。
せっかくホルモン療法が 適用になって、
抗癌剤を使わなくてよかったのに。 

その日の晩は、左足の親指の付け根が 痛んだ。
ほかに 副作用で 同じように関節痛になった人は、
どうしたんだろう?

1月19日の日記。
左手指の関節が痛む。
これがもっと痛むのが怖い。
全身に広がるのが怖い。
子供達が小さかった頃、
あの頃と同じ位の症状なら平気だ。
それ以上になったらどうしよう。
ベッドのなかで、不安でいっぱいだった。