ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

卒業論文を書いた時

2004-06-29 | なんでもないこと
今日は、蒸し暑い!
 卒論の提出は、12月だった。
卒論を思い出せば、少しは涼しく・・・ならないよな!

わたしが卒論で使った主な資料は、玉葉、門葉記、明月記 などなど。
日本史学の卒論みたいな資料で、日本史学みたいな卒論だった。
(はず。よく、覚えていない。)
四年間で、何を学んだか。
あまり、覚えていない。
みんな、みんな、忘れちゃった。

歴史も、教義も。それから、週に三日通った、英会話スクールの、英語も。
もちろん、英文学史や、英語学も。

では、あの、卒論とは、なんだったか。
卒業した後に、わたしはアレをやった、
と言えるなにかをつくるための
作業。
充実感を味わい、卒業することへの罪悪感を、減らすための作業。
あと、仮性近視と、後の近視になる原因。

充実感は、味わえました。
大変だった、清書が。
でも、楽しかった。締め切りさえなければ。
賢くなった気がしたし。
だって、漢文を読んで、なんとなく、意味がわかるんだもの。
わたしって、できるじゃん、て思いながら、読んでた。

でも、あれは、日本人が書いた漢文で、ちょっと、アヤシイのよね。
ところどころに、カタカナがまじってたりして。
ちょうど、今の歌謡曲(と、今でも呼ぶのか?)の歌詞のなかに、
「かっこいいでしょ、かっこいいでしょ」とばかり、
英語がちりばめられているように、
「わたしは文化人」みたいな気分で、
漢字ばかりを使って日記をつけていたのかも。

理趣経を読んでた人には、かなわな~い!と言い訳する、の巻き。

まがりキュウリ

2004-06-28 | 食生活
亭主の友人から、お中元に お漬物を いただきました。
うれしい!
食べるのは好きだけど、上手に漬けられないから。
(男の人って、友達とも贈答をするんだね。
 私が したことないってだけ なのかな?)
そのなかに、当然のような顔をして、キュウリのお漬物が 入っていました。
それが、まっすぐなキュウリだったんです。

田舎だけど、お野菜のおいしい所に住んでます。
キュウリも、然り。
自宅(と、親戚と、友達)消費用の、
ミテクレの悪い、おいしいキュウリをいただくことも多いのです。
見事にひねくれた形で、色もまだらで、泥までついて。
こういうのが、最高に、おいしい。
皮が、まるで 無いかのごとく やわらかく、
みずみずしく、
甘い。

キュウリを出荷している農家の方からも、いただきます。
その、あまりの量の多さに 呆然としつつ 恐縮すると、
相手は すまなそうに、
「まがりキュウリだからよー。」
思わず私は、もう一度キュウリを見つめる。
そして、その一本一本を手にとって、お野菜の選別をする人の目の前に突き出し、
大声で、訊ねたくなる。
「このキュウリの、いったい、どこが、曲がってるのよ~~~!」

ニッポンの消費者は、まちがっとる!
って、わたしも、以前は純然たるニッポンの消費者でした。
でも、こんなわずかな「まがり」を選別ではねてるように、
ミテクレのよさばかり 気にしていると、
大切なものを見失います。
キュウリ臭さがなくなった、
濃い緑色の、
硬い皮の 
まっすぐなキュウリの 「高級お漬物」を噛みながら、
日本の消費者のアホさ加減と、
それに振り回されている生産者の将来が、
少し、心配です。





木内監督と甲子園

2004-06-26 | 読書
サッカーファンの私ですが、面白すぎるユーロ2004は ちょっと、おいといて。

木内監督とは、面識はありませんが、
高校野球ファンでもある、いばらき出身の 私にとって、
ルイコスタにまけないくらいの ヒーローですね。
昨日読んだのは、常陽新聞社編、木内幸男・語り、
『木内流 子供の力の引き出し方 --「できない子供」はひとりもいない--』
(ゴマブックス、2003・12.10、1300円)
という本です。
読み終わった人から、もらったの。

甲子園通算40勝、
準優勝ニ度、
そして優勝は三度。
立派にヒーローと呼べるでしょう。
木内監督の本は、
むかし、清原・桑田のいる P L 学園を破って初優勝した時に、
『おれだ、木内だ!』とかいうのが出てて、
もしかしたら、それもゴマブックスかもしれない。
そっちの本の方が、内容も表紙も面白かった。
木内監督が、茨城の高校野球の世界で、大御所になってしまったから、
前より真面目な本になったのかな。

あの時は、痛快でした。
セミプロ集団、P L 学園。
しかも、前評判もかまびすしい、清原・桑田は、
その前の年も、一年生レギュラーとして 優勝している
(と、思う。そして、次の年、三年生の時も)。
それを、弱小・いばらきの、
県立の、
しかも、もと女学校、
男子生徒の数も、ぐぐっと少ない、
取手ニ高が、破った!
快哉!!

私は スポーツ全般、まるでダメだけど、
大声を出すのが大好き。
野球の応援なんて、ダ~イ好き!
野球の応援の練習も好きだった。
高校三年の夏、甲子園まで応援に行っちゃった。
(だから、志望大学に合格できなかった、というのは、ナイ、と、今は、思う)

そろそろ始まる、県予選。
応援団も、がんばれよ~。

常総学園を次にひきいるのは、いばらきナマリだけは 木内さんそっくりの、モチマル氏。
当分の間は、勝てないだろうなあ。
安心して、母校を応援しましょ。


私の食養生・『粗食のすすめ』

2004-06-25 | 食生活
6月23日(水)夕方から、
日本テレビのニュースプラスワンを見ました(6:17~6:36、
「急増する乳がん」)。
格別 目新しい内容が ない中、
乳がん患者は、ごはんを一日三杯食べなさい」というのが、
今までの 似たような番組にはなかった 提案だったと 思います。
その、変な発言をしていた、
変なナマリのひとが、
『粗食のすすめ レシピ集』(東洋経済新報社、1999年6月10日、1500円)で
突然有名になった 
幕内秀夫という 管理栄養士です。

私がこの人の言うことを信用するのは、
同じ いばらき県の出身だからではありませんし、
注目したのは、
癌とわかる、ずっと前です。

実は、亭主が、胃腸の弱い人間でして、
まれに どうしようもなくなってしまうことがあり、
花の中年になって、これじゃあイカンと、模索をはじめたころに、
『粗食のすすめ』が 話題になったのです。 
私が 十年以上前から 少し気にしていた、
ゆずり原の人々の食生活を 調査していた人が 書いた本でした。
最初に読んですぐ、気に入りました。
ミーハーおばさんなもので。

ある時、亭主のおなかが、危機的になりました。
『粗食のすすめ』を忘れかけた頃です。
その時手に取ったのが、
『胃腸は語る』(弘文堂、1998.7.15、1800円)です。
有名人(中曽根康弘、江崎玲於奈、竹下景子、etc.)の検診を、
たまに日本に帰ってきてやってる、という、
米国・アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授の、
新谷弘美という人の著書でした。

(ミーハーで、)面倒なことがきらいで ちょ~アバウト人間の私には、
これら2冊の本の 言ってる事は、同じだ! 
と思われたんです。
(ちがってたら、ごめんなさいね、先生方。)
これで! 幕内氏の言うことを、信用したワタクシです。
(幕内先生、ゴメンネ)
そして、幕内氏は 次々と本を出しているけど、
主張に 一貫性があり、ひとつひとつ、納得がいくように思います。
(もちろん、五千人以上のがん患者の食事指導をしている、という実績も、
 発言に自信を感じさせるのでしょう。)

でも・・・・・・亭主は、白米至上主義者で、胚芽米さえいやがり・・・(泣) 
朝は ご飯はいやだと、菓子パンを食べ・・・(号泣!) 
夫婦別メニュウも度々です・・・(怒!)

ただし、面倒がキライで、超アバウトな 私としては、
いくらでも自分に都合よく アレンジしてよいことに なっているので、
先生方が 喜んでくれそうな食事内容には なっていません。
菓子パンも食べるし、牛乳も飲むし。
ただ、「よくない」と言われているものを、
これは良くない、と認識しながら
摂るように心がけてます。
自然と、回数が減ります。
そして、ご飯が増え、
お魚が増え、
味噌汁や 納豆の 登板回数が増えました。
コーヒーが減り、
お茶が増えました。
生クリームは、減りました。

でもでも、
牛乳も、ヨーグルトも、ココアも、ホワイトソースも、
カスタードクリームも、ラーメンも、パスタも、それに、ビーフも好きなんです!


・・・・・・無理なく、が、長続きのコツですよね。






『世界の中心で、愛をさけぶ』

2004-06-22 | マンガ
今朝、起き抜けに、本を一冊読んでしまいました。
それが、『世界の中心で、愛・・・』です。
といっても、コミックでした。
(原作・片山恭一、作画・一井かずみ、小学館、2004年5月20日、476円)
・・・わたしのプロフィールのなかの、
「読書人」の前に、「エセ」と付けて読んでください。
似非。
似て非なるもの。
便利な言葉がありますね。

なんと、泣きました。 
涙が 出ました。 
泣いたのは、実に、久しぶりです。 
泣きたくても、ずっと 泣けなかったのに。
感性が、鈍くなってるんだと思います。
笑いたいのに、声を上げて笑えない。泣きたいのに、涙がでない。
きっと、怒りの感情も、ずっと 押し殺してきたんだ、私。

楽観的な悲観主義者。
最初から、最悪の事を想定しておけば、
最大の悲劇、なんてことには ならなくてすむだろう、
という考え方。
(不思議と、癌とわかったときは、そうはしなかったけれど。)

泣くって、気持ちがいい。
オナミダチョーダイものだと、
残念ながら、こうはならないことが多いんだけど。
ああ、もっと泣きたい。
どうやったら、泣けるかな。

この本の中の、どこで泣いたんだったかな?
多分、その中のひとつは、
祖父が、朔太郎を信用して、お金を貸してくれる所。
こんなところで、ウルウルくる人って、少ないんじゃないかと思う。
それから、
「僕達に必要だったのは、どこかにあるはずの希望だった」
というフレーズに、ちょっと、惹かれた。
本物のほうを、読んでみようかな。
あと、ジャーナリスト・橋田が書いた、
『イラクの中心で、バカ・・・』も、読んでみたい。読みきれないよ~。

かくして、マンガを、これからも愛読するワタクシ。

21グラムーーー生命の重さ

2004-06-16 | 読書
------命がきえるそのときに、人は 21グラムだけ 軽くなる。
誰もが いつか 失う重さ。
21グラム------

私の住んでいる所に 映画館は ありませんから、
6月5日から、ほんとに ロードショーに かかっているのか、
定かではありませんが、ショーン・ペン、ナオミ・ワッツなどが 出ている
映画のタイトルが、
『21グラム』というらしい。

     http://www.21grams.jp/
[21gを感じる都市の風景]というところに、
「キャラメル3個の重さ、
 からになったマニキュア瓶の重さ、
 切手357枚の重さ・・・。
 ささやかな重さ、
 でもそれは、私たちがこの世に置いて行く“何か”。
 あなたが残す21グラムはなんですか?」
との一文がありました。

おお!と、思ったのよね。
最近読んだ、瀬戸内寂聴&玄侑宗久の対談(ETVスペシャルで放送したらい)の本、
『あの世 この世』(新潮社、2003・11.20、1200円)
の中に、そんな話が 出てきてたものだから。

アメリカの何軒かの病院で、
遺体になった瞬間に、からだの重さが何グラム減るか、
測定している、というお話。
最高、40グラム減ったという報告があるらしい。
へ~~、と、思ったの。
フツーの人は、思わないのかな? 
たぶん、21グラムというのは、平均値なんだろう (勝手に決める)。

アインシュタインの、
「この宇宙の中の エネルギーの総量は、一定である」
が 正しいとすると、
遺体から減った質量分のエネルギーが、どこかに生まれているはず。
一グラム減ったことで生まれるエネルギーで、
25メートルプールで 529杯分の水を、瞬時に沸騰させられる。
一気に光らせると、太陽の、432倍の明るさ。
東京ドームの広さを 昼間の明るさに照らすと、
昼夜ぶっとうしで、18日間。
富士山を持ち上げるとすると、17ミリ持ち上がる。

などのことが、書いてあります(22~24ページ)。
対談のなかでは、これらの具体的な数字は あまり重要でなく、
たった一グラムでもそれだけすごい、そのエネルギーで、
人は 亡くなる時には、不可思議なことを、
いろいろ起こすことができるのではないか、といった方向に話は流れてゆきます。

玄侑宗久氏の小説は、
芥川賞を取ったものも、そうでないものも、読んだことがないので、
話の中に入り込めないでいたのですが、
重さが変わる、という点に、興味を覚えました。

で、また、その重さを計るなんて、アメリカって、アメリカだなあ、なんて。

カミングアウト・仏教徒(4)

2004-06-15 | なんとなく仏教?
だいたいが、
「ブッキョー」なんて言葉を口にすること事態、
恥ずかしいじゃないか。
そんなことを 平気で口に出すのは、
キリスト教や仏教の新興宗教に 凝り固まった人たちか、
ドラッグでもやって、すこ~し いかれた 人たちか、
ともかく 精神がちぴっとあちらに行っちゃってる人たちで、
胡散臭くて、へたすりゃ、犯罪のにおいがして、
悪けりゃ、オウムしんりきょー。

それが、私の感覚なんですが、フツーでしょうか。

仏教徒であることに、ハニカミを感じている。
でも、仏教が、からだの細胞のひとつひとつに、しみこんでいる。
体全体から、仏教のにおいがする。
日本人である。

日本人であることと、
仏教徒であること、
両方に、ハニカミを感じている。
そして、愛しさを、感じている。
すこうし、期待している。
これから、世界で、
しかし静かに、活躍してくれないかな。

カミングアウト・仏教徒(3)

2004-06-15 | なんとなく仏教?
私が持っている、普通の人の感覚。
お寺の人間は、それをカミング・アウトする時、
恥じらいをもってすべし。
お坊さんのカッコで 出歩く時は、
人にじろじろ見られても、
動じず、
気にせず、
堂々とせよ。お
坊さんのカッコで、病院にお見舞いに行くべからず。

それから・・・病気の人の前で、仏教を語るべからず。

乳がんの患者仲間には、悟られぬようにしていした。
べつに、お坊さんのカッコを するわけではないですが。
聞かれりゃ、言いますけどね。

私は自分が いくらか‘死’に近い、とは
まるっきり思ってはいませんが、
まるで、お友達のように、‘
死’を身近に感じるのも事実です。
でも、そんなこと、癌友には、言えません。
魂の重さ、なんて、口に出すと、
ずしんと来るひとだって、いるはずですよね。

身近に感じるようになってからは、
ひととの話題に上らせたい、と思うのですが、
上らせてはいけない、と抑えるので、
フラストレーションがたまります。
そのはけ口を、ここに作ったのだ、と、今、わかりました。

フツウノヒトの感覚で、仏教について、語りたい。
だれか、おしゃべりしに、こないかな~。

カミングアウト・仏教徒(2)

2004-06-15 | なんとなく仏教?
私は、人に、
「私は仏教徒です」
とは、言いにくいと感じています。
まあ、そんな質問をする人も、まずいないし、
わざわざ告げる必要性も、
ないと言えば、ないのですが。

子供の頃から、
「ウチ、お寺なんだよ。」とは、言いにくかった。
バチ当たりにも、親の職業を、誇りに思っていなかったらしい。
でも、中学生になって、
ウチがお寺だと知らない子が同級生にどっと増えたあと、
「ジョルジュ(とは、さすがに、当時は呼ばれなかったけど)さんちは、
お寺なんだって。」とか、
「お父さんが、お坊さんなんだって。」とかいうことになると、
その場に流れる、一種独特の、
なんとなくの雰囲気。
あれは、なんだったんだろう。

私がうすうす感じていたのは、
本来、尊敬されるべき職業の人に対する、逆差別意識だったのだ、と 
最近 判別できるようになった。

農村地帯。
「百姓のせがれにゃ、学問はいらねえ。
 それなのに、この がきゃあ、高校へ行きたいとぬかしやがる。」
「跡を継いでもらおうと思ってたのに、
 中学の先生がウチに来て、
 上の学校(高校)へ入れてやってくれとゆうんで、
 どうしたもんかと 思って・・・。」
私が小さい頃、近所の人が 両親に 相談してきた内容には、
こんなものが多い時代が、
確かにあった。

昭和ニ十年代の高度経済成長の波が、
まだ田舎の農村地帯には、届かなかった頃。
確かに私はおさなかったが、
そんな話を、いくつもいくつも、聞いた。
・・・だが、そんな悩み事は、四十年代に入ると、ぴたりとなくなった。
高校進学が、“当たり前”に代わってしまったのだ。

文字の読み書きに、不自由さを感じる者が、
各家庭に何人かずついた。
そんななかで、文字の読み書きが必須のお坊さんは、
村の人たちに、無条件で尊敬してもらっていた。
義務教育が定着して、
野良仕事の手伝いのために 学校を休ませなくてはならない農家(無着成恭著・
やまびこ学校を見よ)が 減って、
読み書きができて当たり前、の意識が広まった後の、
「俺ァ、頭が悪いから」、
「俺んちは、農家だから」、
という劣等感の裏返しの、
だから、なんなんだよ、の気分。
・・・あからさまな態度のものは、いなかった、
むしろ、ああ、お寺の娘だから、頭がいいんだな、という、
納得の表情の中には、敬意が見え隠れすることもあった。
もちろん、私のアタマは、普通でした。
教員の子供達にも、同じ悩みがあった時代です。

それから、高校に入ると、
(例の、田んぼの中の道の果てにあった高校。
 いや、私の家が果てにあったのか)
一応地域では、進学校として 面目を保持していた学校だったせいか、
そんな雰囲気は一掃されたようだった。
ただし、こういう質問付きで。
「え~~~っ、お坊さんって、お肉やお魚食べちゃ、いけないんでしょう。」
「えっ、お坊さんって、結婚しちゃいけないんでしょ?」 
・・・日本万国博覧会・EXPO・70 の、あとです、あと!

とにかく、お坊さんという職業は、特殊でしたし、
今も、あるていどは、特殊です。
特別扱いしてもらっていましたし、
今でも、してもらいたい場合が、あると思います。

そして、気恥ずかしさから、
カミング・アウトは しないどころか、
悟られぬように 気をつけていたような気がします。
仏教系の大学に入って、すごーく気が楽になりました。
そしてそして、
自分ちが お寺であることに、劣等感を抱いていない人も、存在していたんです!

そう、私のこの感情は、劣等感の一種です。
家が、お寺であることの。
もしかしたら、いまでも、「気恥ずかしさ」のほかに、
まだ、持ってるかも知れません。
劣等感を。
お寺の人って感じ、しないよね、なんて言われると、
嬉しいんです。

でも、私が、少しは持っている、と信じている、
一般在家のひとの感覚を、大切にしたいとは、
いつも願っています。

カミングアウト・仏教徒(1)

2004-06-15 | なんとなく仏教?
私は、仏教徒です。
日本人の大半は、こんなことをカミングアウトしなくても、
仏教徒なのではないか、とは思いますが、
そういう一般の人々より、
もう少し、仏教徒です。

まず、私は、茨城県にある、小さな寺の娘として生まれました。
父親は、お坊さんです。
私の祖母が寺の娘で、
農家の口減らしでお坊さんになった祖父と 結婚し、
茨城のお寺に住まいました。
父の兄弟にひとり、父のいとこにひとり、お坊さんがいまして、
“親戚がやってるお寺” というのがあります。
その前に、
なにしろ、自分の家が、お寺なんです。

それに、私は仏教学部の卒業生です。
その昔、頑張ることを知らない、ぐうたら娘だった私は
(あ、今でも、ぐうたらですが)、
大学入試に失敗し、
望む大学に入れませんでした。
前々から両親から提示されていた、仏教系の大学に入る、
ということを、甘んじて受け入れました。

二次募集で、仏教学部・仏教学科に 籍をおきました。
やけになっていたのか、あきらめちゃったのか、
英文科もある 大学だったんですけどね。
---でも、これで、あと四年間遊べる、と思いました。

今は、少子化の 影響を受けて、
人間学部とかの名称に変わってしまってますが、
そこで仏教の勉強をして、無事に四年で卒業しました。
なにしろ、根っからの ぐうたらなもので、
遊ぶ、ということも、それほどできませんでした。
(逆に、英語の教員免許を、人の倍は単位をとって、
 教育実習もして、取得しました。
 今になって思えば、エラカッタな~)

大学では、仏教の事をいろいろ勉強した、はず。
そのうえ、お経の読み方など、実践的なことを教えていただく時間があり、
私も参加しました。
ですから、今からでも、私は、お坊さんになるための修行をすれば、
専門の勉強をし、必要単位を取得している、ということで、
少しは偉いお坊さんに なれるんです。

ーーーなんで、修行しなかったか。
修行に、生理休暇がないから。
今なら、ホルモン療法によって、女性ホルモンの分泌を止めてるので、
アガっているのですが。

そんなこんなで、無宗教です、なんてことは、口にはできないのです。
プライド、と呼べるほどのものが 私にあるとは 思えませんが、
“仏教徒である”ということに、誇りを持ちたいと 
念じています。

「晩婚化 どう思う?」

2004-06-12 | 考えたこと
同じく夕刊紙上、「DO!コンポ」のページに、
“「未婚、子ナシ、三十代以上の女性」を「負け犬」と断じたエッセーが
 議論を呼びましたが、云々”
という文章がありましたが、
そんなエッセーが、あったんですか?
ちょっと、ヒド過ぎ。
だれか、なんか、言ってやって!
 
   compo@yomiuri.com

にて、28日まで、投稿 受付中!
で、そのエッセーって、誰が書いたの?

人名用漢字の追加案・癌

2004-06-12 | 考えたこと
その、今朝届いた、昨日の夕刊の一面。人名用漢字の追加案。

いくら、
「専ら当該漢字が『常用平易』と認められるか否かの観点から選定を行った」
 としてもねえ。
姦に、屍に、呪 だなんて。
それから、糞に、嘘に、「癌」!?

未来の農業を憂えるとか、読書人とか、
ウソっぽい事を並べてあるけど、
乳がん患者、
これは ほんとう。
県立がんセンターで、手術もしたし、マチガイナイ。

がん患者だと、日常生活に、どういう変化があるか。
まず、《がん》 という言葉に、敏感になる。
字面を眺めているだけでも、「がん」という言葉が、目に飛び込んでくる。
たぶん、癌患者の家族も同様だと思うけど。
わたしなんか、かに座だけど、
「かに座」を英語で言いたくなくなったもん。

《癌》、ねえ。
平易に、常用したいわけね、
野沢法務大臣さんや、法制審議会さんは。

癌。
「口がみっつもあって、山ほど 美食 過食をすると なる やまい」
と読み解いた人がいるけどねえ。
そうかなあ。
文字の成り立ちからすると、ちがうよね?

アンチ・ジャイアンツです。でも、読売新聞です。

2004-06-12 | なんでもないこと
いなか~に住んでいます。
夕刊は、翌日の朝刊と一緒に配達されます。
何年か前に、
「ムラで 夕刊をとっているのは、おたくと、もう一軒の、二軒だけだから。」
なんて、新聞屋さんに言われて。
夕刊の配達は、い、いいです。
なあんてことに、あいなりました。

アンチ・ジャイアンツだけど、工藤と清原は、応援しています。

工藤投手、ヨッ、中年の星☆ !!
江藤もがんばれよ。

サッカー・ファンです。

2004-06-12 | なんでもないこと
といっても、J リーグが 始まってからですが。
もちろん、鹿島アントラーズを 応援しています。
 
ヨーロッパ選手権が 始まりますね。(え? まだ、だよね。)
わたしが ひそかに 応援しているのは、
ネドベドがいるところ(チェコ?)と、
フィーゴや ルイコスタのいる、ポルトガル。

ともかく、楽しみです。

ダスト・バスターズ

2004-06-12 | 考えたこと
ワタクシ、非力な女性でして、
重いものを持つのは、おいしいもの以外は、ダイキライ。
極めつけは、電気掃除機、あれです。
タダでさえ面倒なのに、
あの大きくて重いものを、
がらがらと 引っ張りつつ、
そっちこっちの 部屋へ 出入りする。
考えただけで、頭・・・いえ、腕が痛い。

そこで! オススメするのが、
ゴースト・バスターズ方式・クリーナー操縦法、
名づけて、ダスト・バスターズであります。

まず、大事な事は、クリーナー本体を、デイパックにくくりつけます。
これは、はずせない。
なぜなら、クリーナーを、背負いたいからです。
荷造り紐かなんかで、がっしりと くくりつけて下さい。
これで、クリーナー本体を、引きずらなくて 済むんです。

クリーナーの中に収められているコードを ひっぱりだし、
プラグを、10メートルの延長コードに差し込みます。
延長コードを、コンセントに差し込みます。
この、10メートルというのが、もしかしたら、ミソかもしれませんので、
7メートルや8メートルのものしかない時は、新調して下さい。
これで、わが大邸宅も、
全ての場所に、
コンセントを差し替えることなく、
くまなくお掃除ができるようになりました。

クリーナー本体を背負い、片側の肩から ホースを前にたらしたら、
最後に、頭の中に、あの ゴースト・バスターズのテーマソングを流しつつ、
リズミカルに、おそうじ、おそうじ。
ダイキライな、おそうじ。
今週、もういっぺん、
おそうじしないとなあ。