入院当初に アンケート(?)に記入した。
「あなたは どんな性格ですか?」
というような問いに、
「能天気」と書こうとして、
「脳天気」か「悩天気」か 悩み、
「ノーテンキ」と書くのだけはやめて、
「のうてんき」と書いた。
手術後しばらくして、
佐藤看護士が 病室に来て
「趣味の事なんだけど、」
と言う。
アンケートに
「趣味――ガーデニング」
と書き込んだ事を思い出し、
「ああ。ガーデニングです。」
と返事をしたら、
「ん、その、ガーデニングなんだけど、
止めてください。」
と言うではないか。
びっくりして、とまどって、ちょっと むっとして、
でも なんとか 冷静に 考えた。
「私は 毎日が仕事で、どこへも出かける事がなくて、
やっと見つけた趣味が ガーデニングです。
止める事は できません。」
すると 佐藤看護士は、
「ん、じゃあね、ゴム手袋をして、
けがをしないように、気をつけてね。」
と、あっさり引き下がって 帰っていった。
いなくなった後で、
「ああ、これが 聞いた事のある、
クオリティー・オブ・ライフの 尊重、ってやつか、
と思って、くすっと 笑ってしまった。
笑った後で、やっぱり、いきなり止めろは ないだろう、
と 少し 腹が立った。
そして その後で 、なんでだろう と不安になった。
リハビリ室の前の 掲示板には、
リンパ浮腫についての 記事が 貼ってあったし、
象の足のような 足をした人が 何人も
リハビリ室で 治療を受けているのを 見ていたが、
わたしには いまいち リンパ浮腫というものが
わからない。
まして、自分が リンパ浮腫になりやすいなんて、
考えが 及ばなかった。
私よりもむしろ、心配性の亭主の方に、
怪我したら怖いぞ、という考えが 浸透していて、
「気をつけろよ。」
とうるさく言われての、台所再デビューだった。
一番 ショックだったのは、
疲れる事。
たいした事は していないのに、
台所に 足で 立っている、それだけで 疲れる。
休み休み やるしかなかった。
夕飯の時間に 亭主が 仕事場から 顔を出す。
「ゴメン、あと30分くらいかかる。」
「よし、あと30分仕事してくる。」
暮れの 忙しい時期だったので、
仕事は きりなくあったはずで、
おかげで 私は 夕食が 遅くなる事に
すまなさを感じる事が 少なくて済んだ。
私の 出しの お味噌汁。
私の 切り方の 油揚げ。
たいしたものは 作らなかったけど、
それなりに ママの味の 食事だったはず。
けれど たった2、3日で 中断した。
包丁で 左手を 切った。
そりゃあ、今までも たまには そういうこ事もあったけど。
たった2、3日で だったので、
家族は ずいぶんがっかりしたのに 違いない。
今にも泣き出しそうな、娘の怒ったような顔は、
忘れられない。
しつこく 消毒もして、
丸一日ぐらいで 復帰してからは
順調だった。
豆腐は 左手の 手のひらの上で 切っていたが、
なにも まな板で 切ればいいんだし。
(今はまた 左手の上で 切っている。
べつに、手のひらまで 切るはずもないし。)
炒め物や 揚げ物で 油の ハネが気になる時は、
今でも少し怖い。
夏でも 長袖の エプロンを(その時だけは)着けて、
コンロに向かう。
あるいは、
ちょうど かくれて食べていた アイスキャンディーを
親に見つかって、
体の後ろに隠している 子供のポーズで
調理する。
それにしても、
鍋が重い。
やかんも重い。
最近 新調したのが、どれもこれも 重い。
鍋も、フライパンも。
なんでこんなに重いのばかりを 買っちゃったんだろう。
それなのに、まるで
意地を張るみたいに、
私は 今までどおりに 左手を 使っていた。
右利きの私は、複雑な動きを 右手で、
単純な力仕事は 左手で やる。
それを 通そうとしていた。
今までどおりに 何でもできると、
自分で 自分に 証明してみせたかったようだ。
1リットルの だし汁の入った 片手鍋、
これを持てなきゃ、なんにもできないだろう。
なのに、これがなかなか シンドイ。
意地を張って やってたおかげで、
今は 平気で 持てる。
けれど そうなるまでには
腱鞘炎になったりして、
力の入れ加減、抜き加減が 難しい。
無理をするな、というけれど、
どこまでが“無理”なのか、
誰か 教えてくれー。
これだけは 作って食べたい、食べさせたいと
思っていたのは、
コロッケだった。
実は これは 私にとっての、‘オフクロの味’なのだ。
ジャガイモを つぶして、小判型に 丸めて、揚げる。
昔 母が作った 味と形。
手間が少し余計にかかるので、
あまり作ってもらえなかったけれど、大好き。
滅多に作らないけど、大好き。
コロッケを たくさん食べたらしい家族に、
母の味の コロッケを。
ウケタ。
思いきり、うけた。
「スーパーで 売っているのとは、
別の食べ物だよ!」
これからは 時々は 作ってあげるからねー。
――でも、それからまだ 一度も作ってない。
「あなたは どんな性格ですか?」
というような問いに、
「能天気」と書こうとして、
「脳天気」か「悩天気」か 悩み、
「ノーテンキ」と書くのだけはやめて、
「のうてんき」と書いた。
手術後しばらくして、
佐藤看護士が 病室に来て
「趣味の事なんだけど、」
と言う。
アンケートに
「趣味――ガーデニング」
と書き込んだ事を思い出し、
「ああ。ガーデニングです。」
と返事をしたら、
「ん、その、ガーデニングなんだけど、
止めてください。」
と言うではないか。
びっくりして、とまどって、ちょっと むっとして、
でも なんとか 冷静に 考えた。
「私は 毎日が仕事で、どこへも出かける事がなくて、
やっと見つけた趣味が ガーデニングです。
止める事は できません。」
すると 佐藤看護士は、
「ん、じゃあね、ゴム手袋をして、
けがをしないように、気をつけてね。」
と、あっさり引き下がって 帰っていった。
いなくなった後で、
「ああ、これが 聞いた事のある、
クオリティー・オブ・ライフの 尊重、ってやつか、
と思って、くすっと 笑ってしまった。
笑った後で、やっぱり、いきなり止めろは ないだろう、
と 少し 腹が立った。
そして その後で 、なんでだろう と不安になった。
リハビリ室の前の 掲示板には、
リンパ浮腫についての 記事が 貼ってあったし、
象の足のような 足をした人が 何人も
リハビリ室で 治療を受けているのを 見ていたが、
わたしには いまいち リンパ浮腫というものが
わからない。
まして、自分が リンパ浮腫になりやすいなんて、
考えが 及ばなかった。
私よりもむしろ、心配性の亭主の方に、
怪我したら怖いぞ、という考えが 浸透していて、
「気をつけろよ。」
とうるさく言われての、台所再デビューだった。
一番 ショックだったのは、
疲れる事。
たいした事は していないのに、
台所に 足で 立っている、それだけで 疲れる。
休み休み やるしかなかった。
夕飯の時間に 亭主が 仕事場から 顔を出す。
「ゴメン、あと30分くらいかかる。」
「よし、あと30分仕事してくる。」
暮れの 忙しい時期だったので、
仕事は きりなくあったはずで、
おかげで 私は 夕食が 遅くなる事に
すまなさを感じる事が 少なくて済んだ。
私の 出しの お味噌汁。
私の 切り方の 油揚げ。
たいしたものは 作らなかったけど、
それなりに ママの味の 食事だったはず。
けれど たった2、3日で 中断した。
包丁で 左手を 切った。
そりゃあ、今までも たまには そういうこ事もあったけど。
たった2、3日で だったので、
家族は ずいぶんがっかりしたのに 違いない。
今にも泣き出しそうな、娘の怒ったような顔は、
忘れられない。
しつこく 消毒もして、
丸一日ぐらいで 復帰してからは
順調だった。
豆腐は 左手の 手のひらの上で 切っていたが、
なにも まな板で 切ればいいんだし。
(今はまた 左手の上で 切っている。
べつに、手のひらまで 切るはずもないし。)
炒め物や 揚げ物で 油の ハネが気になる時は、
今でも少し怖い。
夏でも 長袖の エプロンを(その時だけは)着けて、
コンロに向かう。
あるいは、
ちょうど かくれて食べていた アイスキャンディーを
親に見つかって、
体の後ろに隠している 子供のポーズで
調理する。
それにしても、
鍋が重い。
やかんも重い。
最近 新調したのが、どれもこれも 重い。
鍋も、フライパンも。
なんでこんなに重いのばかりを 買っちゃったんだろう。
それなのに、まるで
意地を張るみたいに、
私は 今までどおりに 左手を 使っていた。
右利きの私は、複雑な動きを 右手で、
単純な力仕事は 左手で やる。
それを 通そうとしていた。
今までどおりに 何でもできると、
自分で 自分に 証明してみせたかったようだ。
1リットルの だし汁の入った 片手鍋、
これを持てなきゃ、なんにもできないだろう。
なのに、これがなかなか シンドイ。
意地を張って やってたおかげで、
今は 平気で 持てる。
けれど そうなるまでには
腱鞘炎になったりして、
力の入れ加減、抜き加減が 難しい。
無理をするな、というけれど、
どこまでが“無理”なのか、
誰か 教えてくれー。
これだけは 作って食べたい、食べさせたいと
思っていたのは、
コロッケだった。
実は これは 私にとっての、‘オフクロの味’なのだ。
ジャガイモを つぶして、小判型に 丸めて、揚げる。
昔 母が作った 味と形。
手間が少し余計にかかるので、
あまり作ってもらえなかったけれど、大好き。
滅多に作らないけど、大好き。
コロッケを たくさん食べたらしい家族に、
母の味の コロッケを。
ウケタ。
思いきり、うけた。
「スーパーで 売っているのとは、
別の食べ物だよ!」
これからは 時々は 作ってあげるからねー。
――でも、それからまだ 一度も作ってない。