ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

三尊仏

2014-05-07 | なんとなく仏教?
三尊仏(さんぞんぶつ)というのは、

真ん中に本尊様、

その左右にそれぞれ 本尊さまとは違う仏様(菩薩様など)をまつり、

そのみっつ(?)でワンセット(?)の仏様を言う。



仏像を配置する形式のひとつだ。




ネパールの三尊像(国立博物館蔵)






「三尊仏」というと、ポピュラーなのは、
釈迦三尊、阿弥陀三尊、薬師三尊 あたりではないだろうか。



阿弥陀様(阿弥陀如来)は 観音菩薩・勢至菩薩と 
よくセットで安置されたり 描かれたりする。

真ん中が 阿弥陀様 →→→中尊(ちゅうそん)

左右に 観音様、勢至さま →→→脇侍(きょうじ
 


浄土寺の阿弥陀三尊仏


  ね、こんなの、見た事あるでしょ?






薬師三尊は、薬師如来と、日光菩薩、月光菩薩(がっこうぼさつ)と一緒。



ご存知、薬師寺の薬師三尊。 美しい!






お釈迦様(釈迦牟尼仏)の仏像(釈迦如来像)の場合は、
お釈迦様が 真ん中で、その両脇を固めるのは、 
文殊菩薩と普賢菩薩、梵天と帝釈天、
薬王菩薩と薬上菩薩、金剛手菩薩と蓮華手菩薩などの例
があるのだそうだが、

ジョルジュ的には(笑)、
「もんじゅ・ふげん」つまり 文殊菩薩と普賢菩薩が一般的かな~、と。



  

ご存知、法隆寺の釈迦三尊。






他に、
劉備・関羽・張飛 の三人を 
やはりひとまとめにする機会が多いのであれば、
あれは 三国志演義三尊?(笑)





ま、例外とか、いろんなのがあるわけで。
(参照:三尊形式と其の他の如来








吉野 金峯山寺の蔵王堂の三尊仏は、
ほぼ 同じ蔵王権現が 三体 並んでいる。

それぞれ 蔵王権現の元のお姿である、
釈迦如来、観音菩薩、弥勒菩薩 を表しているという。

そして それぞれが 過去・現在・未来 の三世にわたって
衆生を救済してくれる事を意味している とも言う。


          


特徴的な 高く上げた足は、【魔】を踏み砕いてくれるのそうだ。

この蔵王堂の三尊仏の前に坐し、憤怒の怖ろしい形相を見上げつつ、 
私は 限りない優しさ、【慈悲】を感じていたように思う。






また、役の行者(えんのぎょうじゃ)の場合、
前鬼・後鬼の夫婦の鬼を従えた三尊形式で
絵にしたり 仏像を安置する事が多い。



役の行者(役 小角、えんのおづぬ)については、
めんどくさくなるから、書かない(笑)。 



ただ、今月7日(水)に 俳優の滝田栄が出てきた放送
「TV日本遺産物語 ~時を紡ぐ旅~ 第3回 紀伊山地」
を見ていたら
役の行者の事を
「今から1300年前の呪術師です」
という説明があった。

呪術師だったのかぁ!(笑)

う~~ん。 と唸ってしまった私は、
もう少し違う言い方をして欲しかったのかも?





それから、とにかく、蔵王堂はスゴイ!

お堂がすごくて、柱もすごくて、中に安置されている三尊仏もすごいが、

裏側に置いて(?)ある仏像群の中にも
とんでもなくスゴイのがあるから、
仏像ガールたちは、ずえっったいに、中にお参りしないとダメよ。



着色されていない蔵王権現像、聖徳太子像、前鬼・後鬼像、
ああ!!! あの中で 写真が撮れたらよかったのに!(笑)



悟り(2)

2013-05-30 | なんとなく仏教?
父が死んだ。 62歳だった。



母が死んだ。 78歳だった。







梅雨入りは 例年より 10日ほど早かったという。







村中の子ども達の「初めてのおつかい」に登場する
お豆腐屋さんも亡くなった。

豆腐屋のジイサンは 高齢だったが
入退院と 店の一時閉店・再開とを繰り返してくれた。

豆腐難民となった私たちは 
その間に あちこちの豆腐屋をめぐって
どこそこの豆腐はまあまあだ、
いや、あっちの方が美味しい、
などと情報交換をして
村で一軒の美味しい豆腐屋が閉店した後の
事前トレーニングを積む事ができたのだった。



私が見つけたのは、大手スーパーに置いてある、
有名な豆腐屋の 一丁500円の豆腐。

それが 村の豆腐屋の105円の豆腐に 最も近い味だった。

あのジイサンは 自分で美味しいと思える豆腐を
大豆にこだわって(結果、北海道産の大豆だったそうだが)
作り続けてくれていたのだ。



何の話だっけ?

そうだ、「死」だ。







我が家のクイーン・オブ・スウェーデンの開花も
例年より10日ほど早かった。






20代の終わりに当地にやって来た私は
50代半ばになった。

当時 若手だった ヨウちゃんも 義さんも
そろそろ老境に近づいている。



死ぬ事を忘れてしまったような
90代も終わりの方のジイサンも
90代半ばのバアサンも
そろそろ身体がきかなくなってきいているし、
そろそろ新しい記憶がアヤシクなっている。

 (このふたりだって、村内最高齢というわけではない。

  聞いた所によると、100歳を超えて
  まだまだ元気なバアサンがいるらしい。)

ふたりよりも もっと若手だった人達が
次々と鬼籍に入っている。






同級生にも 亡くなる人は続いている。

亭主を亡くした同級生もいる。

あの時は あんなに元気だったのに、と思う。







テレビドラマで「ぱじ」というのを見た。

(→ヒューマンドラマスペシャル「ぱじ」:じいじと孫娘の愛情物語



女の子が可愛い過ぎるのが   
私としては気に食わない(爆)
が、評判の高かったドラマだ。



孫を引き取ったジイジが 
自らの<老い>と <老い先>の短さを実感しつつ
愛する孫の無事と成長を願い、見守り、時に奮闘する。



伊藤四郎の友人達も 同様に老いている。

<老い>は日常であり、<衰え>も常識である。



けれど そこに 
共に老い、共に悩んでくれる思いやりあふれる隣人達がいて

  (吉行和子は77歳)

それに関しては 
女の子が それは幸せな人生を歩んで来れた事は
間違いない。





ジイサン・バアサンとなった彼らが
自分達亡き後の世界を胸の内で想像し、
より良き未来であるために
今 自分達にできる事とは何か?
を考え、実行していく。

その根底にあるのは、愛。

愛しい者達に寄せる深い人間の情である。



そして、人は、運がよければ、
みんな、老いていく事ができる。

それはしかし、苦悩の日々でもあるらしい。






何の話だっけ?

そうだ、死だ。










周りを見回して、私が実感し続けている事。

それは。



人は、どうやら、やっぱり、みんな、死ぬらしい。






疑った事がある訳じゃないけど、
本当に、本当に、みんなが死んでいく。

ああ、私も 死んでいくんだ。

そう思う。

実感として、それがわかった。 って感じだ。



それが ようやく実感としてわかったのは、
そう、乳がんの手術を受けた頃だった。

癌だったからじゃない。

半世紀近く生きてきて
周りを見てきて
そして それがわかった。

手術から10年経った今では
まるで村の古老のように わかってきたよ!(爆)



悟り(1)

2013-05-20 | なんとなく仏教?
ブログを更新できないでいる間、
本気で 「新・ジョルジュの窓」とか「続・ジョルジュの窓」とかを
考えていた。

どうにか繋がって、本当に、本当に、
ホッとしている。



このままブログを止めたらどうなるか?

そんな事を考えなかった訳でもない。

が、すぐに打ち消した!



欲求不満になっちゃう!

言いたい事、書きたい事が
まだまだ いっぱいあって、
書ききれていない。

そして それらを 生活の中のおしゃべりの中で消費するは、
ウケが悪すぎる!(苦笑)

サラリと流されたりしたら、これまた欲求不満。

私は 自分で じっくり考えて 言葉にして
キーボードを打って 記事に移していく、という動作をして
ようやく自分の頭の中の整理をつけている。

それができないのは、腹ふくるわざ、だ。



とりわけ、さあ、書こう! と思っていた記事、
これを書かずに 「窓」を閉鎖できようか!!!






さあ、そんじゃあ、早速 書き始めてみるか!

という訳で、書き始めたのが、この記事。

タイトルは、「悟り」(爆)。

いや、笑わないで欲しい。

マジで、最近、私、悟ったわ!と思ってたんだから。

たとえ お釈迦さまの「お悟り」には 程遠いとしても、
私にとっては、実感している「悟り」なのだから。



その「悟り」とは。

人は、どうやら、やっぱり、みんな、死ぬらしい(笑)。



                    つづく



アン

2009-07-07 | なんとなく仏教?
サントリー美術館の
NHK大河ドラマ特別展 天地人 ――直江兼続とその時代――
を見てきた。

これは、7月12日までの開催、
まだ会期が少し残ってる!(苦笑)













宮崎あおいちゃんの『篤姫』も好きだったけど
『天地人』の妻夫木 聡クンも好きだ(笑)。

「ママの好みだわ~」と言うと
娘は「ママの好みは わかりやすい」と言う。

息子に似ているというのだ。

だが、それは、違う。

ママの好みに 息子が似ているだけのこと(笑)。

そして 息子よりも 妻夫木クンの方が、
ずっとずっと、ママの好み♪(笑)







買って来たよ♪ 図録(↑の写真)と、直江兼続公てぬぐい(笑)。
真ん中は 直江家の家紋かな? 亀甲に・・・何だろうね?






鉄道好きな女の子を「鉄子」と称するように
歴史好きな女性を「歴女」と呼ぶらしい。

なんで「歴子」でなく「歴女」なのか?

想像では、年齢層が「鉄子」よりも かなり高いのではないだろうか?

だから、「子」ではなくて、「女」?



私が美術館を出てくるちょっと前に入ってきた「歴女」の集団は
ペチャクチャとやかましかった。

マナーをわきまえない「歴女」は 顰蹙モノだ!

そんな中、「歴女」のフリをしての? サントリー美術館だった(笑)。






   

左は会津若松市、右は山形・上杉神社にある、兼続所用と伝えられる兜。







さて、直江兼続と言えば、ご存知、兜の前飾りの「愛」の文字(笑)。

ドラマの中では 京の女性たちに好評だった、とか、
「愛染明王の愛」だ、とか、
「愛宕権現の愛」だ、とか
諸説が披露されたらしいが(私はその回は見ていない)、
実際はどうだったんだろう?











あの時代の日本人が ‘LOVE’と頭上に掲げたかったとは
考えにくい。

英語の‘LOVE’の翻訳語としての「愛」については
いろいろ考えることもないではないが

(日本語にだって、「博愛」とか「慈愛」という言葉がある)

(「慈悲」という仏教語を‘LOVE’と訳しているのを見た事がある)、

おそらくは 謙信公以来の 神仏に対する信仰心の表現ではないかと
私は想像する。






だって、兼続が それまで使っていた兜の前飾りだって、
仏さまに関連するものだったよ。







それが、これ。

何が書いてあるんだろう?

何と読むんだろう?

何を意味しているんだろう?

ずっと気になっていた! この梵字!





梵字であることは、私でもわかる。

けれど 私は 学生時代に 梵字を勉強していない。

同級生の中には 週に一度の「悉曇(しったん)」という授業を受けて
墨と硯と筆とで 紙に 
梵字(→ウィキペディア:梵字)を書く練習をしている人たちも
いたんだけどね。。。



私だって 物事の始まりを表すという「阿字」



と、それから、阿弥陀さまを表すキリーク



くらいはわかるんだけど。。。(半泣)。

亭主に聞いてもわからないし。

最初の画像、図録の表紙にある、あの兜の前飾りが、
ドラマでちらっと映るたびに
あ! あれ! なんだろう!と、
ひとりでモンモン・・・(苦笑)。






ようやく、ここで疑問氷解!(嬉)

あれは、普賢菩薩を意味する、「アン」なのであった!

普賢菩薩は、辰年・巳年の守り本尊。

(兼続の生まれ年は何だ?;笑)



それでは、と 「アン」を探してみたら、確かに!




わりとすぐに見つかった、所有のプリントに、普賢菩薩の梵字、「アン」。
これだよ!







手ぬぐいに染め抜かれた、「アン」。
この記事のタイトルの「アン」は、「餡子(あんこ)」の「餡」じゃないよ(笑)。






『天地人』ブームで 新潟への経済効果は20億、
などと新聞にあったが、
そのブームも どうせ今年限り。

(太平記の里ブームだって、そうだった!)

精一杯 ブームに乗り、楽しんでもらいたい。

たとえば、快進撃を続けているアルビレックス新潟!の、

スタンドで応援するサポーターの頭上に
燦然と輝く直江兼継の「愛」の文字のように!!!(笑)。




会田工業所販売、「愛」のヘッドバンド、720円!



美味しいお酒と 山海の珍味と 温かいおもてなしで 
海水浴もスキーも、と欲張って遊べる土地なので
リピーターは増えるかもしれない。

大河ドラマの出演者たちは テレビのインタビュー番組に出演すると
決まって お酒の美味しさを語ってくれていた。

きっといい所なのに違いない、新潟!(笑)





サントリー美術館の この特別展では
直江状の他、
金色の屏風が多数陳列されていて
とても美しかった。

その絵の中の どれが兼継や上杉家の関連か、
という事が 隣のボードに解説されているので
とてもわかりやすく 興味深かったのだが

ゆっくり時間をとれなくて 前をササッと通って来てしまったのが残念!

屏風好きの方には 是非 じっくりとご覧いただきたい。



シキミ(樒)

2009-04-03 | なんとなく仏教?


観音堂の近くで見つけたシキミ。

先月末 デジカメ不調だった頃
冷たい風の吹く日に行ったら
沢山の花びらを散らせてしまっていたので
撮影できないうちに花が終わってしまうなあ、と
がっかりしていた。

デジカメが復調してから
もう花を散らせてしまったよね、と思いながら行って見たら
まだ花が残っていて しかも いい匂いもさせてくれていた。

何かの花の匂いに似てるんだけどなあ。

数年前から
いつも写真に撮ろうと思っていたのに 
なかなかタイミングが合わなくて、
ようやく、先月末に撮影(汗)。







こちらは 近所の 柳の木。 
手前の平屋の屋根に比べると ものすごい巨木だとわかる。






実家にも 太いシキミが一本あった。

父はそれを大事にしていて

「どうして?」と私が聞くと

「お寺だからだ。」

と答えた。



どうして お寺だと シキミを大事にするのか、
と 聞いたかどうか、
記憶はそこで止まっている。



で、
どうして お寺では シキミを大事にするの?(笑)






仏前に供えるから? 

墓前に供えるから?

供えた記憶は、私には、ない(汗)。



というか、実は シキミの木の記憶はあるが
花の記憶がなかった。

ちゃんと花が咲く、ということを 
今回、確認(苦笑)。

だから、
花が いい匂いを発するとは 知らなかった。

本当に 実家の境内にあったの、シキミだよね?(汗)



残念ながら 義兄の代になってから
虫がついたとかで ダメになってしまっている。

本当に、残念。






「漢字では「樒」と書き、
 いかにも密教(山岳仏教)と関係がありそうです。」

と 検索したHPにあり、
「そうなのかー!」
と感じ入ってしまったりしている(苦笑)。



ちなみに、木偏に神で「榊」、
同じく木偏に「佛(仏)」で「梻(シキミ)」とも書く。

これらは日本で作られた国字。







この木の葉は 元気がないのか? 色が冴えないが
常緑の葉は 本来 濃緑色で ツヤツヤして かすかにカールしている。







織田佛教大辞典によると、
「密規に 樒の葉を 蓮華の代用となす。」
とある。

そういえば、段々になって生えている葉っぱが
上から見ると 放射状に生えているように見えて
蓮の花っぽく見えなくも・・・ない(?)。

さらに
「『眞俗佛事論 二』に

 供物儀を引きて

 <樒の實は もと 天竺より来たれり。

  本邦へは 鑑真和尚の請来なり、
 
  其の形 天日 無熱池の青蓮華に似たり、

  故に 之を取りて佛に供す。>」

との紹介があって、

蓮の花に似てるから、仏さまにお供えするのだという。



検索したHPの中には
いい匂いのする木だから、そして 毒のある木だから、
墓地に植えた、
やがて 仏の木となったのだろう、

という説明が書かれたものがあったが

ここに書かれたように
本当に 鑑真さんと一緒に日本に来たのなら

日本においては 最初から「仏の木」としてやって来た事になる。






抹香の原料になることから
「抹香臭い」とは シキミの臭いのこと、
とするHPもあった。

浄土真宗では 華瓶(けびょう=花瓶)に挿して仏前に供える、
ともあった。

六器(ろっき)の中に入っているところを
見たような記憶はある。





実には 八角(スターアニス=トウシキミの実)に似ているが、
毒があるそうなので、見つけても食べないこと!



呂律(ろれつ)

2009-02-25 | なんとなく仏教?
先に辞任した大臣の、
辞任のきっかけが、呂律(ろれつ)だった。

「呂律」は、仏教語だ。

それは、知っている。

それ以上は、わからない(苦笑)。






 雪の中のミニ葉牡丹






2月19日 朝刊(13面)の 
「日本語・日めくり」のコーナーのテーマは
「ろれつ」だった。



「漢字で書けば<呂律>。

 もともとは、「りょりつ」と読んで、
 中国や日本の音楽用語に由来する。

 <律呂(りつりょ)>とも言う。



あれれ? そうだっけ?



「1オクターブ 12音を 6音ずつ 呂と律に配し、
 
 合わせて 六律六呂 または 十二律呂と呼んだ・・・」



ぜんぜん、意味、わかんないんだけど!



「たいていは <ろれつが回らない>の形で、
 舌の動きが滑らかでなく、
 言葉がはっきりしない場合に使われる。」

その原因の第1位は、やはり お酒の飲みすぎか。。。







またまた、20日朝の雪の写真。






私の記憶では、確か、
「声明(しょうみょう)」という仏教音楽に関して
使われる言葉だったと思う。



あんまり関係ないけど、

18日の夕刊の大1面に載った 
「薬師寺<声明> パリに響く」という記事
(→奈良・薬師寺の「声明」、パリっ子を魅了
によると、

「声明は 6、7世紀から伝わる声楽で、
 仏への供養や 人々の幸福祈願などの目的で、
 僧侶たちが仏教行事で唱えてきた。」

とある。

やっぱり、よくわかんないじゃないか!


ちなみに、読売映像ニュース
これを見ても、わかりません~ん。






一時期、声明とミュージシャンとのセッション?が流行ったが
最近はあまり聞いていない。

その中でも、私が一度耳にして いいと思ったのは、
元トワ・エ・モアの白鳥英美子さんと 
宗派は忘れたが、若手僧侶たちとのコンサートだった。

たぶん、ラジオで聞いたか、
テレビのインタビュー番組で聞いたのだと思う。

即興で歌って、声明に合わせた、と言っていたが
それが すごく自然で 無理なく合っていて
ああ、いいなあ、と。







これは、地面に落ちていた柚子。
これほどキレイに啄ばんでいただけたら、柚子も本望?






さてさて、いつもの『佛教大辞典』で
「声明(シヤウミヤウ)」を見てみると・・・、
読んでも、意味、わっからな~い(苦笑)。

「声明家(シヤウミャウケ)」、これも・・・、
なんて言うか、わかりにくい。。。

「ろれつ」「りつりょ」「りょりつ」、
いずれも見つからない(泣)。



そんな時は、これだ、
中村元の『仏教語大辞典 縮刷版』(東京書籍)!

やはり、「ろれつ」は、みつからなかった。

「律呂(りつりょ)」は、あった。



【律呂】りつりょ

また 呂律・律調・呂調 ともいう。

シナ・日本において 讃唄・奏楽における
楽音の高さを示す音階。

黄鐘(おうじき)または壱越(いちこつ)(洋楽音階のレ)
を基準として、

1オクターブ中に 6音程をもったものを
律と名づけ、

律よりも各半音高い6音階を呂と名づける。

律と呂と 各6 あるために
十二律とも称される。

ただし、その名称は 
シナと日本とでは異なる。(p1420)



「シナ」だって!



・・・・・・・結局、よくわからない、ということで。。。






 
鳥たちは何故 ミニ葉牡丹を食べないのだろう?
茎ブロッコリーと 似たような味じゃないのか?
いや、私も、食べる気にはならないけどね(笑)。



未曾有(み・ぞ・う)

2009-02-20 | なんとなく仏教?
「未曾有」という言葉は、
私は「み・ぞう・う」と読むのだと思っていた。

国語が苦手な首相のおかげで、
正しくは「み・ぞ・う」と読むのだと知った。

ありがたい。

ただし、あれ以来、
「み・ぞう・ゆう」と読んでしまいたくなるのには、
ホント、困った!










首相のおかげでバカ売れだという、あの本を、買った!(爆)

(出口宗和著、『読めそうで読めない間違いやすい漢字』
 二見書房、2008.2.15、476円)

あれ? あれ? と思うものが多かったから。

そして 買って中身を見てみたら、
もっともっと、読めないものが多かった。



あいまいなものも多かった。

テストなら○がもらえるかもしれないが、
本当は、半信半疑だった、という読みも多い。

(当然、意味なんか、ぜんっぜん、わかんない!)

私は、こんなに、国語ができなかったのか!!!??

ちなみに、この表紙にある漢字の中では、
「頌春」と「独擅場」がダメだった。






子どもの頃、国語は 実力でも そこそこ点が取れていた。

加えて、まがりなりにも、仏教を勉強したことがある。

仏教語は、日本語の中の、奥深くに 根っこを下ろしている。

ただし、読み方は 漢音ではなく、呉音読みだ。

その、仏教語が読める!

これは、かなり、強みだ。



フツーの人には、読めない(読みづらい)だろうなあ、
と思うものが すらすら読める、
という部分も、確かにあった。

それでも、この本で見てみると、
私は決して優秀な方ではなかった。

ああ、これも読めない

また! これも、読めない。

もう、ガッカリだ!(涙)






ところで、
先日の「冥加」を調べていて
「未曾有」が仏教語だったことに気付いた。

知らなかった!(恥)

adbhuta:稀有、未曾有。 

        意外なこと。 びっくりした。

        これまでなになかったこと。 非常に珍しいこと。

        世にも不思議なこと。 奇蹟。




中村元著 『仏教語大辞典 縮刷版』(東京書籍、1981.5.20)では

「未曾有 みぞうう」という項目もあって、

「→みぞう」と書かれている。

そんなにひどい間違いじゃなかった? 「み・ぞう・う」。






 雪とプリムラ

昨夜は 雨の音を聞きならが寝入った。
起きて見たら、雪だった。



オバマ就任演説

2009-02-17 | なんとなく仏教?
あそうさんの施政方針演説は 1月28日の朝刊に載ったけど、
読んでいない。

読んでも、楽しい気分にはなれなそう。。。



22日の朝刊の オバマさんの就任演説は
途中まで読んだ。

疲れた。。。(爆)



このオバマさんの演説の中に、
すごくがっかりした部分がある。







娘から送られてきたチョコレート。 違う種類のものが、ひとり一箱。
バレンタイン・デイを祝う。この、ゆる~い宗教がいい!?
東急ハンズに行って チョコを選ぶヒマがあるなら、
コンビニで買って、持って来い!






「多様な我々の伝統は強みであり、弱点ではない。」

に続く部分だ。

「我々は、キリスト教徒や イスラム教徒、
 ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、
 それに 神を信じない人による国家だ。」



これまでは アメリカに於いて
無宗教である事や 無宗教者がいるという事を
あまりおおっぴらに語るのは 避ける雰囲気があった、
というような内容をしゃべっている人が
(テレビの中に)いた。

その人によると、
それを 堂々と「神を信じない人」と 
明確に言葉にしてスピーチに取り入れていた部分は
新しいらしい。



いや、問題は、そこじゃないだろう!

仏教! 

仏教はどこへ行ったのよ!?

仏教徒は アメリカにはいないっての?

(少ないであろう事は想像できるけど。)







自分が食べたいチョコを買ってきて 息子と亭主におすそわけ。
それが最近の我が家のバレンタインだ。
これは ルーマニアで成型したという、ベルギーチョコ。
ホットミルクの中に入れて 棒を持ってくるくるまわすと 
融けて チョコレート・ドリンクになる。ソニプラで発見。






「仏教東漸」という言葉がある。

仏教は 生まれてから 少しずつ、少しずつ、
東に向かって広まっていった。

やがて「極東」と呼ばれる地域に達した。

半島から日本へ。

それから?

それから まだ どんどん東に行かなかったの?

だとしたら、それは日本の怠慢。

太平洋を越えて、仏教は やはり 
東に向かって広まっていくべきだった!

戦後は 特に そうすべき時だったはずだ!

それがなかったから、
東西の冷戦の残像や 核の混乱や テロの恐怖が 
今も残ってしまっているのだ。

(じゃないかな?と思う。。)







レンギョウが咲き始めた。 ウキウキする季節が もうすぐそこに!






アメリカにこそ、仏教を!(笑)

<グローバル>もいいけれど、
<ホリスティック>な考え方を もっと自然に取り入れよう!

(取り入れてもらおう!)



日々、<感謝>して、生きていこう!

(と、願っている。)







コブシは今、こんなふう。
昨日の朝 駐車場から駅へ向かう道で こんなことをしてたから 
電車に乗り遅れてしまった・・・(泣)。



冥加(みょうが)と冥利(みょうり)

2009-01-28 | なんとなく仏教?
『龍―RON―』
警察だか特高だかに追われた龍が 中国に旅立つ前に 
洛北・大原の尼寺にかくまってもらった時、
その菩薩さまのようなお顔の ちょっと不思議な尼さんが言う。

「風は見えないけれど、
 なびく草や枝を見て、
 私たちは
 見えない風の存在に気づきます。

 私たちの周囲(まわり)には、
 あまりに多くの
 見えないものがある
 ということです・・・。」













「あなたが今ここにいるのも、
 あなたを守ろうという人々の 
 目に見えない力が働いた結果ではありませんか?

 目に見えぬもの(冥)に
 守られている(加)ことを
 知らねばなりません・・・。

 これを“冥加の心”といいます。」




へ~。

そうなんだ。

「冥加(みょうが)」という言葉は知っていたけど、
意味なんか 考えたこともなかった。。
 


尼僧は

「自分の力ばかりを頼みにしないで
 もっと素直に
 まわりを見回してみたらどうですか?

 そうすれば 道は開けてくるもんどす。」

と 龍を諭している。(第19巻 p183)




冥加(みょうが)の「冥(みょう)」は 
暗いという意味だろうか。

冥途(めいど)の「冥(めい)」だ。

冥府(めいふ)、冥界(めいかい)の「冥」。

おそらく、漢音が「メイ」で、呉音が「ミョウ」。

呉音は日本語を面白く(つまり、面倒に)してくれるね(苦笑)。



いつもの新選国語辞典で調べると、
確かに、「冥加」は
「目に見えない神仏の助力。おかげ。おたすけ。」とある。

冥助(みょうじょ)は冥加と同じ意味。

(瞑目(めいもく)と瞑座(めいざ)は違う字。)



巻末の漢字解説によると、「冥」には

①よみじ。死後の世界。
②目に見えない神仏のはたらき。
③奥深い。

という3通りの意味がある。







ほうれん草? 雑草?(笑)






マンガを読んでいて 「冥加」という言葉の意味を
これまで知らずに居た、と気付いた。

そうしたら、今回 『にぎやかな天地』上下巻を読み返していて

(記事にする時って、もう、どうしようもないくらい、効率悪いけど、
 信じられないくらい、読み返す)

「冥利」について掛かれた部分にぶつかった。



「あいつは冥利が悪い、っちゅう言い方をするやろ?

 ぼくは若いころ、修行に行った料亭のご主人に、
 しょっちゅうそない言うて怒られた。

 よう使うことばやねんけど、
 冥利って、どういういみやと訊かれて、
 性格に説明できる人は そないおらんのや。」(上巻p265)





「冥利(みょうり)」、新選国語辞典によると、

「①それとわからぬうちに神仏があたえるめぐみ。
 ②善行の報いとして受けた幸運。
 ③ある立場にあることによって受ける恩恵。

 冥利に尽っきる:ありがたくて、もったいない。」

と書かれている。

「冥加」とおんなじじゃん?



「そやけど、どうもそれだけでは説明しきれん意味合いが
 含まれてるような気がしてなァ。
 
 しかし、あいつは冥利が悪いっちゅうと、
 なんとなく わかるような気がするんや。

 常日頃、胸に持ってる考え方が歪んでるとか、
 やってることが どこか邪(よこしま)や、とか、
 どこかにずるさや なまけ心を隠してる、とか・・・・・・。」



「そやけど、どこか冥利が悪かったなァ、
 と いまになって わかるんや。」

「つまり、どれもこれも、ふりをしてたんや。

 料理の修業に懸命なふり。

 ご主人を尊敬するふり。

 兄弟子に従順なふり。

 いやな仕事も骨身を惜しまずにするふり。

 ぼくは 他人にではなく、自分自身に向けてやっとったんや。

 ご主人はそれを見抜いてたんやなァ。」(同)







小松菜!(笑)






心に刻んでおきたい言葉は「冥加」や「冥利」ではなく、
「冥利が悪い」の方かと思う。

「身の分限をはかり 慈悲を専らとし 
 善悪につきて 心を動かさず
 天明に安んじてはたらくべし」

というおみくじの私だから、

心して過ごさなくては、と思う。



南無六地蔵菩薩

2008-10-16 | なんとなく仏教?
夢を見ていた。

怖かった。

何が怖かったのか、覚えていない。

覚えていないけど、怖かった。






私は 危急の場合でも
意外としっかりしていたり 
冷静だったり
よく 周囲が腹を立てるくらいに
ノンビリ(または、ボンヤリ)していたりするのだが

その時 私は 夢の中で
危機に立っていた。

すがるものが欲しかった。

あれは 検査の結果が出る9月9日よりも
前のことだったろうか?






私は 
「ここは観音さまでしょう!」
と思った(笑)。

そして、冷静に、
阿弥陀さまじゃなくて、観音さまを選び、
手を合わせて
「南無観世音菩薩」と唱えた。






何度くらい唱えただろう?

気がつくと 私は
違う名号(みょうごう)を唱えていた。

「南無六地蔵菩薩」。



あれ? 変わっちゃってる。

気がついたけど、
口は もう そういう癖がついて動いているので
そのまま
「南無六地蔵菩薩、南無六地蔵菩薩、・・・」
と。






今 考えれば、
六道の 6つの世界で
私たちに救いの手を差し伸べてくださるお地蔵さまにすがっていた、
ということは、
私は、 
まだまだ、解脱には程遠いらしい。。。(爆)

ただ とにかく
普段 そんな名号をとなえることのない私が
一心に 
「南無六地蔵菩薩」
と(笑)。

それが、目覚めてからも やけに鮮明に
記憶に残っていた。













翌日、
事務所で 亭主と
カタログをめくっていた。

顧客にお渡しする粗品を選ぶ必要があったのだ。

亭主が これがいいだろう、と 
指し示すものは 
なにしろ値段が安く(これ、大事!)、
今回の趣旨には 沿ったもののように思えた。

カタログのそのページの右下に それは あった。













六地蔵菩薩さま。

「コレが欲しい!」
と言うと、亭主はチラ見して
「高い。 値段ほどのことはないと思う。」

「そっか。。。」




それきりになったのだったが、
やがて 小さな商品が多数入荷されると
私が言っていた六地蔵さまが 
ひとつだけ、一緒だった。

可愛い。













以前にも書いたが、
術後 間もなく6年を迎える私の周りで、
最近、

乳房再建手術を受けて
新たな人生を歩み始める女性や

転移が見つかって 
再度の入院・手術・治療に挑む女性が
増えている。

この世での生を終えて 
私たちの誰もが行くその先で
待っていてくれることになった女性も。

愛犬は きっと 
年内にもう一度手術を受けると思う。



きっと そんな私たち みんなを
お地蔵さまは守ってくれている。

そう思いたい。

名号を唱えることは、
私も もうしていないんだけれども(爆)。










神仏分離令(3)

2008-06-22 | なんとなく仏教?
さまざまなギョーカイに さまざまな言い分があるだろうことは理解する。

けれど 
日本の神さまと仏さまは 千年以上も 仲良くやってきた。

と、私は信じている。

百年ちょっと前の 神仏分離令は ホントに正しかったの?













そんなこんなを 日ごろ考えていたら
先日 ある文章を見つけた。

これも どこかの大きなお寺さんの管主さまの書いたもの。



曰く、
「神仏分離令(1868)は 
 明治政府の最大の失策であったと捉えている。」

あらぁ~、そんなにハッキリ言っちゃって、いいのぉ~?(笑)













「政府は 神と仏とを区別せよとして、
 ~(中略)~吉田神道を否定し、廃止した。」

吉田神道というのは、日本の神を中心にしてはいるが
密教も道教も取り入れた、
きわめて日本的な神道なのだそうだ。

日本の風土や民族性に合ったものとして生まれた、と著者は想像している。

もし そういう「習合」が
日本人の、日本社会の ‘特性’ならば
神仏分離令の結果として生まれた現在の神道は
そちらの方が特異なもの、という捉え方をしている。

そして その考え方の方が
なんだか私には 
いろんなことが「なるほど」、という感じでしっくり来るのだ。

(ただ単に 私だけが変わってるのかもしれない。。。)













ともかく、
神も仏も 同じように敬う気持ちを 私は忘れずにいたいと思う。

一応、不肖の仏教徒である私は
仏閣と同じように 古い神社の境内を歩くと 気分がいい。

手を合わせるときには 教わったとおり、
ただ 合掌するのみ。

拍手や礼を二回、とかはしない。

私は 仏教徒、なので、
仏さまと同じように 礼拝(らいはい)する。



神仏分離令(2)

2008-06-18 | なんとなく仏教?
薬師寺には 八幡三神像がある。

薬師寺鎮守の八幡宮に祀られていたもので、
平安時代になると 
この三神は
応神天皇・神功皇后・仲津姫命と考えられるようになった、
と図録にある。

応神天皇は 僧形である。

剃髪し、着物の上に 袈裟をつけている。

八幡神は 仏教と かかわりが深かったのだという。

(那須与一だけではなく、「南無八幡大菩薩」という言葉がある。
 
 ということは、八幡神は 菩薩さまだったのだ!)







近所のアジサイ、今年もきれいに咲いてくれた。






『国宝 薬師寺展』の図録に
『八幡神と仏教』というコラムがある(P88~89)。

著者は(丸山)とのみある。

このコラムによると、
八幡神が 資料上に登場するのは 天平9年(737年)、

続いて 天平12年には 九州の藤原広嗣の乱の鎮圧祈願を受け、
鎮圧の後に聖武天皇から信頼を得、
やがて さまざまな助力を得られるようになった。らしい。

聖武天皇は 仏教に深く帰依した天皇であり、
仏教と神道と天皇家とは 深く結びついていたのだ。

特に 
八幡神は 政治とかかわりが深かった、と言える。







じきに夏至になる(こんどの土曜日)。
アジサイが色を失うのも そう先のことではないかもしれない。






また、称徳天皇は 大嘗祭において

「経を見れば 仏を護るのは 諸神であるという。

 従って

 僧と俗人とが混ざって 神に仕えるのに 差し支えはない。」

と述べている。らしい。

(この時は
 最高の神事であるこの大嘗祭に 
 天皇の寵愛を受けていた道鏡という僧が 立ち会っているのだ。)



これは どういうことかと言うと、
仏教の伝来より200年を過ぎても 
仏と神とは まだうまく融合していなかったから、の弁だろう、
と想像できるわけだ。(と、書いてある、と私は思った。)

と、言うことは、
もうあと60年もすれば(神仏分離令から200年)、
仏教と 神道とは 
完全に相容れないものになってしまう
と言うのだろうか。




近年、華やかなアジサイよりも 少々地味なガクアジサイの方が気になる。



神仏分離令(1)

2008-06-06 | なんとなく仏教?
「国宝 薬師寺展」には
当たり前だが 日光・月光・聖観音の他にも いろんなノが来ていて

普段なら はるか下から仰ぎ見なければならない
塔のてっぺんについたヤツなんかの古いバージョンも
目の高さで シゲシゲと見られたし 

仏さまの足の裏の模様なんかも
まるで目線で触るようにというか舐めるようにというか
ジト~~~ッと見つめることもできた。

現地に拝観に行ったのでは 絶対できないこともたくさん。







記事の投稿をサボっていたから 使えなかった画像がたくさん。
もったいないから、見てね(笑)。
亭主が郵便局から苗をもらってきたパンジー。






意外だったのは
先日 法相宗、と書いたこの薬師寺だが

明治5年の太政官布令によるまでは、
八宗兼学の道場として
「南都・薬師寺」と称して 特定の宗派を標榜しなかった、
と 図録(「薬師寺の宗教・信仰」安田映胤)に書かれていたこと。

宗派のないお寺? 

う~~ん、やっぱり薬師寺って 特別な存在だったんだ!



薬師寺では

薬師如来(と、日光・月光両菩薩)の慈悲による
衆生済度を信じ、

弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)に
西方極楽浄土への往生を願い、

釈迦如来、弥勒如来、地蔵菩薩、吉祥天、四天王、不動明王、竜王、
などなどの諸尊を祀り、

その他にも 
八幡神、春日明神、稲荷明神なども信仰し、

塔やお堂や社に お祀りし、



神仏分離令の布告後も 
八幡三神像を 地域住民と共に 守り伝えてきた。



そうした 幅広い多神教の信仰を
千年以上も継承してきた、

と、安田氏は述べている。

あ、今 見たら、安田映胤という方は
薬師寺の管主さまでした(汗)。







フリンジチューリップ、イズミ。






さて、ここで ちょいと気になったのは
「神仏分離令」とか「太政官布告」とかいうヤツで。

明治というのは 日本の一大変革期で
宗教的にも大きな転換点があった。



神仏分離。

要するに、
神さまと仏さまは 仲良くしちゃいかん!
というふうに 私はとらえちゃう。

どこか違うかい?(苦笑)







植えつけをした後に ひとつ落ちていた球根。白だったんだね(汗)。






日本の仏教というのは 
大陸や半島から渡ってきた、
すなわち 外国から輸入した宗教だ。

でも 
なんだかんだ言って、
聖徳太子の頃から ずっとずっと 
日本古来の神さまとは 仲良く うまく やってきたじゃない?

というか、日本って、いろんなものを和風に味付けして
そのままよりも ずっと美味しく料理しちゃうじゃない?

インド仏教と 中国仏教と 日本仏教って、
もう、全然、匂いが違うんだけど!?



それを 明治政府が 
「ケシカラン!」と言ったかどうか知らないけど
突然 分けちゃおう、区別しちゃおう、混ざんないようにしちゃおう、
なんてのは、
そっちこそが ケシカランことを 言ってるのだと思う。

なんでもごちゃ混ぜにして 信仰してきたことが 
日本の宗教の 一番いい所だってのに!
(と、私は思ってるのに。)






仏教が日本に渡ってきて1470年。

都が平城京に遷都して(薬師寺も平城京に移って)1300年。

明治天皇が即位なさってからは まだ130年。

「天子さまは 今 東にお貸ししとるんどす。」
という京都の人の言い分、
わかるなー(笑)。






薬師寺以外にも 
神仏混交の名残りは 案外 残っているものだ。

去年 亭主が 研修で行って(行かされて)来た
埼玉県の ケータイが繋がらない奥地の(爆)、竹寺というところには
牛頭天王が祀られているそうだ。

八坂神社の祭神、祇園さまである。

いい加減?

そう。 良い加減。

この 良い加減さが 日本の宗教の良さだ、真骨頂だ!

・・・・・・ではないかな?(汗)







名前不明。






私の実家のお寺でも
諸天の中のおひとりが 以前は鳥居の奥に祀られていたという。

仏教を守護する神だから、
神仏分離の時に 村の人が 鳥居をはずした、と聞いている。

今はもう鳥居はないが 石でできた土台だけが 残っている。

神さまのお堂の後ろは 明治には川だったのだろう。

今では 干拓されて田んぼになった風景を後ろに
小さなお堂が建っている。

私の愛する風景だ。






日本の仏教は。

つまり、日本の宗教は。

神も仏も自然も 共に崇拝する、広い心と謙虚さの信仰だ。







名前不明。






ところで、この 神仏分離令というのは、
正しかったのだろうか?

この頃 私は ふと そういう疑問を持つことが重なった。

変なことを疑問に思う人は多いと思うので
ここで私を変人だと決め付けないでいただきたい(汗)。



                      次回につづく。




国宝薬師寺展

2008-06-02 | なんとなく仏教?
記事にするのがこんなに遅くなってしまった。

これは、連休前。

上野に行ってきた。

『国宝薬師寺展』。

薬師寺は 法相宗なのだという。




今年は ヒューケラが 株と呼べるくらいに大きくなった。
雨と風とで痛んだ花茎を切り取ったら 切花としても美しいことに気がついた。






以前 『興福寺国宝展』を 
東京芸大の美術館に見に行くつもりが行けなかった。

なんと、2004年のことだった。

興福寺も 法相宗だというから、
これは 私にとっては リベンジだ!(爆)








何と言っても 今回の目玉(という言葉は不謹慎か?)は
日光菩薩と月光菩薩の両対が ふたり?揃って おいでになる、
ということ。

しかも、後ろにある光背をはずしておいでくださる。

滅多に見られる、いや、拝めるものではない。

テレビで特集されるたびに 行かなくちゃ、と思う(笑)。

で、行って来たよ、特急電車に乗って。

上野に着いたのが 10時ごろ。

じっくり、ゆっくり、見てきた。

適度な混み具合の中を(笑)。






素敵だった。

日光菩薩。 月光菩薩。

このおふたり?は 薬師寺のご本尊の 薬師如来の脇侍なんだね。

阿弥陀さまの両脇には 観音菩薩と勢至菩薩。

お釈迦さまには文殊菩薩と普賢菩薩。 

ベストコンビなおふたりと一緒だと 
本尊さまも そのパワーを いかんなく発揮できるのね、
という私の解釈は 合ってる?(汗)






光背という 後ろのオーラを現した?もの?をはずしたおふたりは
いっそう 清々とした表情で?
いつもよりも グッと軽やかに見える。

仏さまの立像は 片足を半分くらい前に出して
「今! 助けにいきます!」という動作をしている。



興味のある人は 
もう テレビでさんざんやったのを ご覧になったろうとおもうけど、

日光菩薩も 月光菩薩も
重心を片足に預け、
片足を 今しも 踏み出そうとしていらっしゃる。

片足に重心があるから、上半身に ねじれがある。

腰が、背中が ゆるやかにねじれている。

その曲線が、優美!

もう、そのまま、すぐにでも、パッと動いて どこかに歩いて行きそうだよ。

きっと
「たまには軽くってイイね、こういうのも。」
と お話なさってるに違いないよ(笑)






触ってみたい気がする。

両菩薩さまの、お肌。

オドロキなのは これが 鋳造された金属(銅)ということだ。

手で触っても きっと滑らかだし 
押すと プニッと弾力がある、絶対!(笑)。

そしてこれが 一度にまるごと鋳造だと言うんだから、
これは、オドロキ!

今のこの時代じゃないよ?

っていうか、今、その技術持ってる人って、いる?



今回の目玉? だから 
前評判んもかまびすしいおふたりだったと思うけど

館内を歩いていて オバチャンたちの言うことが
「色っぽい」だの 「エロチック」だのと 
耳に入ってくる。

何を不謹慎な! 仏さまですぞ! 

と思った私だったが う~~ん、私もそう感じた(苦笑)。







野鳥が いつの間にか種まきをする。これは何だろう?
今年は花が咲いた。ウメモドキではないかと思ってるんだけど?






それから、日光・月光 両菩薩を拝する前に
聖観音さまがいらっしゃる。

聖観音さまっていうのは、何だろう? フツーの観音さま?(笑)

だって 千手観音さまって、フツーじゃないでしょ?(笑)

確か、浅草の観音さまも 聖観音さまだったと思う。

薬師寺の その聖観音さまが やはり 
光背をはずして すっくとお立ちになってらっしゃる。

美しい。

ほれぼれとするよ。

拝見していて 飽きないよ。

       ↓



どう? 

ステキでしょ?

ホンモノは もっともっとステキだよ。






皆さんに行っていただきたいなあ。

そして 感じていただきたいなあ。

いにしえ人の 信仰の空気を。

もっと早く記事にしたかった。

でも まだ間に合う、6月8日まで。  


                まだ書いてる途中な気がするけど、
                とりあえず、投稿(苦笑)。



長野

2008-04-29 | なんとなく仏教?
仏教徒の端くれの端っこに位置するもののひとりとして(苦笑)、

これくらいは言っておきたいかなあ、と思って。



先の 北京オリンピックの聖火リレーでの、
トラブルというかアクシデントというか。

世界各地で いろいろあったけど
日本ではどうかなあ? と思っていた。







土手のイヌフグリ。 
空に散りばめられた星のように 土手に散らばった青い花を見ると 
‘宇宙’を思う。






きっと 何事も起こらなかったら 
私は「なあんだ。」とガッカリしたのに違いない。

でも 過激なことが起こると いや~な気分になったに違いないよ。

実際に 充分過激なころがあって
新聞に載った 福原愛ちゃんが 可哀想だった。

(アイちゃんは 息子と同じ年。
 
 辛い練習に耐えてきただけあって ずっと大人だなあ。。)



ただ 目立ちたいだけだったり
周りの雰囲気に踊らされているだけだったのなら
バカだなあ、と思う。

自分の意見を持って 自分の意思で行う行動としては
他に なにかしら もっと適した方法があったのではないかと思う。

なんにも行動を起こしていない私が言うのもなんだけど。。。







土手のタンポポ。
こんなホワホワの球形を見ても ‘宇宙’を思う。





仏教徒として 
チベットという土地に対しては 
ほんの少しではあっても
特別なものを感じている。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』という映画も
(テレビで)見た。

本も (文庫で)読んだ(2004年11月6日に記事にしている)。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』で亡命して以来、
亡命しっぱなしの ダライ・ラマ。

時として 信じられないくらい暴力的になる、強国。

(この巨大な強国に対して 日本は 毎年 膨大な援助をし続けている。)

巨大な国土と人口を持つ国だからこそ、
世界は 
友好的な関係を維持して 何かの折には 入り込んでいって
国益に叶うような関係を取り結ぼうとしている。

日本だってそうだ。

いろいろ グズグズと 考えてしまう。







出先で撮った 新緑の紅葉のこずえ。






とりあえず、
今回の 長野の善光寺の言動は 
まあ なんとか 評価できるんじゃないかな? と思っている。



ところで、
善光寺って 浄土宗と天台宗があるんだそうだけど、
ニュースになってた「善光寺」って、
どっちの宗派だろう? 両方かしら?

どっちでもいい?

そりゃあ、一般の人にはそうかもしれないけど。

ま、どっちでもいいか。