ご挨拶

ご挨拶
                2008.01.01. 金森正臣

 新年おめでとうございます。おめでたいかどうかは、あまり良く分からない。一休宗純和尚の「正月や冥土の旅の 一里塚」の句がある。
 元旦に家に居るのは、25年振りぐらいで、もちろんブログで挨拶を書くのは初めて。怪我の功名と?功名ではないが、こんなことでもないと家に居ない。

 昨年は、いろいろなことが有って、久しぶりに学ぶことが大きかったように思う。
 今年も皆さんにとって良い年でありますように。

 元旦の新聞を読むのも久しぶり。環境問題の話題が載っていたが、問題の視点が貧弱。正義の味方の様に、省エネや技術改革、個人の意識の変革などを取り上げている。個人の意識の視点が違う。自分の人生をしっかりと見つめないと、新聞の論調などに振り回されていたら、今年もダメ。

 普遍的な真実を見つめて、まあボチボチ行きましょう。

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カンボジアでの私の仕事

カンボジアでの私の仕事
    2008/01/01   
金森正臣(NIEサイエンス・アドバイサー)

 カンボジアの教育には、STEPSAMの調査で1999年に関わり始めた。今年は10年目になる。当初は、現状が理解できずに苦労した。調査時の質問紙調査や面接時から、理解出来ていないであろうと言う不安は持っていた。2000年から始まったプロジェクトに短期専門家として関わって、不安は現実のものとなった。

1)カンボジアの教育の問題点を整理すると、幾つかの異なった原因が存在する。
a 教育資源の問題
 ポルポト時代に、教育の資源が無くなった。教える人材、本(教科書、参考書など)、場所(学校や様々な施設)、教育のシステム、教育方法など全ての教育資源が消失した。資料がほとんど無いため、多くに先生は自主学習は出来ない。
b 教育内容の問題
 教育の復活は1980年ごろ、教育システムと学校を開始した。まだ内戦が続き援助国はロシアやベトナムに限られ、小中学校では、教育内容が無いまま教育が行われていた。
 即ち、形式だけの教育で、内容は読むことが中心、考えることは教えられなかった。先生に恥をかかせないために、質問することはしないのが習慣化した。考えることは全く教えられず、先生が覚えていること(ほとんど本は焼かれたために、何も参考書は無かった)を、ボードに書き、ただ覚えることが中心であった。先生は、字の書ける人が選ばれ、小学校を卒業していない人もいた。現在でもこの先生は、2-3%いると推定されている。教育の内容は、極めて貧弱だったと思われる。小学校でも、高学年の児童が低学年を教えていたと言う。
c 学習方法の問題
 教材、教具がほとんど無かった。1999年に多くのリセ(中学と高校の6年の学校:フランス式)を見学したが、70人クラスで、ノートを持っている生徒が1-3人、教科書も同程度であった。このことは家庭での学習が不可能であったことを示している。加えて、カンボジアの上座仏教は、日本の禅宗などの仏教と違い、寺に入った時から仏様の代理となる。禅宗の様に修行に修行を積むような文化は存在しない。従って、文化的にも学習態度は、淡白である。当然学習したことの定着率は悪い。
 教材もほとんど20年間に渡って存在しなかったために、殆ど使えない状況にある。多くの小・中・高・大学の先生は、物差し、秤、分度器などは正確には使えない。従って、数値の取り扱いは苦手で、平均値などが直ぐには計算できない。グラフなどの作成も極めて困難である。数直線の概念が無く、どの数字が大きいかは、なかなか判断が出来ない。
d 思考過程の問題
 小学校から始まって、思考を育てることは考えられていない。従って、論理的思考は殆どできない。物事をイメージだけで考え、具体的に観察できないし、事実に基づいて論理的に考えることができない。
 具体的に物事を観察することができないので、比較することが困難である。

2)私の現在行っている主な仕事
a 師範学校の教官たちの力を上げる
 NIE(National Institute of Education:高等学校と地方の教員養成校の教官を養成している)のサイエンスアドバイサーとして、理数科の教官たちの学力向上を目指している。
 実際に授業を行う他に、若手の教官たちを、日本の大学の修士課程に送るのも、学力の向上に役立っている。日本の友人たちに依頼して、現在11名を送り出している。問題点は奨学金の獲得であるが、ほとんど友人たちが世話してくれる。今年3月には2名の教官が戻って来た。1名は、博士課程に進学できた。
 直接指導することは、以前にあったSTEPSAM(理数科教育改善)のプロジェクト時代のカウンターパートたちの指導であるから、人間関係は構築されており、殆ど問題は感じない。
b カンボジアの現状を認識すること
 実験や授業を通して、彼らの思考過程を観察し、問題点の原因を探る。問題点の解決のために、幾つかの思考過程を示し、理解を得るように勤める。しかし実際には、なかなか進まない。
 実験を通して論理的思考を育てる。この課程で彼らがつまずいている場所が確認できることが多い。
 これ等の原因の解消のために、一人一人の原因の解明とその解決策を実行するのが、現在の私の仕事である。


 このような教育の問題点の解決には、50-100年単位が必要であると思われる。現在は、出来るところから徐々に改善をして行くしか方法はない。

 最近気が付いたら、ほぼ最初の調査で描いたイメージ通りに進んでいるのにビックリ。プロジェクトが終了し、大きな支援が途切れたため、1-2年の遅れは出ている。カンボジア人の日本への留学などは、多くの友人に助けられて、順調に進んでいる。彼らの意欲を継続させるのに、重要である。今年は、新たなスッテプに成る様に、ボチボチ行きたい。

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