シェム・リアップ研修行報告

シェム・リアップ研修行報告
(シェムリアップは、アンコールワットのある町です)
2003.04.25.
金森正臣・前田美子



期間:2003/04/08-2003/04/10 FOP学生の研修に参加。学生は7日に出発しており、我々は一日遅れて参加した。
日程:2003/04/08 移動。プノンペンからシェムリアップへ。
   2003/04/09 午前、朝食(PTTC)、バンテア・スレイ、ニャック・ポアン、プリア・カーン。昼食」(PTTC)、午後、西バライ、アンコールワット。  2003/04/10 朝食後移動。シェムリアップからプノンペンへ。

 学生の状況
参加学生は、16科目のやく400人、スタッフ等世話役が約50人の総勢450人である。
シェムリアップは、多くの学生にとって初めての体験の様である。教官でも若い教官(例えば、セング、チョムラン、サムナン、サングワさんなど)は初めてであり、ソバンナさんが2回目とのこと。研修期間中3名の学生が体調を崩し、救護を必要とした。その内の1人は、重症のためヘリコプターでプノンペンに送還されたと言う(熱射病と思われる)。彼らは暑い中で成長していながら、やや温度の高いシェムリアップの様な場所における体調維持については、経験が浅いと思われる。

 FOPスタッフによる運営能力
 約400人の学生、50人のスタッフが参加し、13台のバスで移動を行っている。宿舎も、教員用のドミトリーだけではまかなえず、市内のホテルに分宿した。また食事は、PTTCの校舎の間に、木材とトタンで屋根を仮設し、テーブルをセットして食堂としていた。朝食は予定通り、この場所で牛肉のスープとパン・水が提供された。昼食は、他の場所で行われる予定であったが、急遽変更されてPTTCの仮説食堂で、弁当と水が準備された。時間的にも20分程度で、それほど大きな遅れは起こらなかった。
 その日のおよその日程は、朝食の折りや昼食時に、スタッフからハンドマイクで話された。各個人には、配布されていない。十分に聞いていない面もあったが、運営上特に支障を起こしていないと思われた。
 この様な進行状況を見ていると、無線機、携帯電話を使用しているとは言え、彼らの実務的能力の高さを伺わせる。
 各地における見学状況も、特に時間を決めて出発するでもなく、バスが到着すると三々五々、見学に出かけ、大方帰着した頃にバスのホーンを鳴らして、集合を促し出発する状況であった。この様な状況にあっても、それほど大きな遅延を起こさないのは、この地の社会的習慣を反映しているのであろうか。
 日本の状況と比較してみると、食事などでも大きな混乱は起こらず、不満で混乱が起きることはなかった。これは、現在の日本では考えられない状況であり、カンボジアの置かれてきた社会状況を反映しており、簡単な食事であっても十分な量が提供されれば、不満を持たないためであろう。戦後の日本においても、食糧の不足していた時代を過ぎてしばらくは、量が十分に提供されれば、不満を持つことは少なかった。
またその他の要因として、提供されたものに対して、不満を出さないことが良しとされる社会的規範があることも考えられる。
 特に私が注目した点は、時間等について細かなスケジュールが無く、従って注意もなく、かなり参加者の自由度が高い点である。それにも関わらず、最終的には大きな齟齬が生じない様に各自が行動する点にある。確かに計画通りのスケジュールで進んでいない面もあるが、最終的には大きな問題が起こっていない。計画が細かくないため、ズレが問題にならない点も重要であろう。
 カンボジア社会が、一般的に拘束されることを嫌う傾向があるとしたならば、我々の彼らへの協力方法も、この点について認識しておく必要があるかも知れない。日本の社会の場合には、より正確に物事を実行するために、タイムスケジュールが詳細に検討され、そのままに実行するのが一般的である。中学生350人の4泊5日のキャンプについて、タイムスケジュールを持たず、時計も持たずに行ったことがあるが、先生方の終了後の感想は、イライラが減った、怒ることが少なかったと言ったものであった。日本の物差しを見直す必要があるかも知れない。

学生と教官の関係について
 食事の時、見学地での様子、宿舎における状況から見ると、学生と教官の関係は、必ずしも親密ではない。教官は独自にまとまる傾向があり、学生は学生同士でまとまる傾向がある。
 しかしながら同行した化学の学生達については、各地で見学中に声をかけて来るし、話しに来る。また、写真撮影時に一緒に入ることを希望される。これらの行動は明らかに親しみを示しており、同行した他のグループとは異なる点である。
 この様な相違は、このプロジェクトが始まり、常に教官が実験室付近におり、常日頃教官に聞きに行ける状況にあること、直前の教育実習中にも様々な問題を持ち込んで指導を受けてきた結果であろう。従って、この様な教官と学生の関係ができあがってきたことは、このプロジェクトの成果であろう。
 一般に、学ぶことは真似をすることから始まっていると考えられる。この真似をする状況は、信頼を置ける親しい個体間に起こる現象であって、教育を行う出発点に親しい関係或いは信頼できる関係が存在することが重要である。教育を受ける側が、教育を行う側を信頼でき親しみを持っていなければ、教育の効果は半減する。教育を受ける側が真似てこそ、教育が可能になる。これがなければ、単なる訓練になり、サーカスの動物の調教と何ら相違がない。ここには、発展性は無く、自主的な学習には至らない。チンパンジーのアイちゃんを教育している、松沢氏の方法は、動物に対して信頼関係を築き相手が真似する状況を作り出し、持っている能力を引き出している点で教育的方法である。そのことによって初めて持っている能力の解明が可能になり、優れて教育の基本に忠実な点が注目されている。プロジェクト開始以前の短期調査の段階では、教官室の控え室は16の全教科で1室であり、ほとんどの教官はFOPに留まっておらず、学生が教官を訪ねて来ることもほとんど無かった。これらの点について考えると、プロジェクトが動き出してからの効果と言えよう。教育を行う目に見えない基盤が整備されつつあるといえる。

 見学の状況について
 学生の遺跡見学は、淡泊で単純と思われる。ほとんど留まって見学をすることは無く、ただ通り過ぎるだけの状態である。遺跡を背景に写真撮影をすることには熱心で、そこかしこで記念撮影が行われている。これは学生だけではなく、FOPの教官であっても同じ傾向がある。同行している写真屋さんに、ポーズを付けて撮影させている女性の教官も複数見受けられた。学生には関わりを持たず、写真とお土産物に熱心である。
 正月前の時期であり、観光客もカンボジア人が圧倒的に多く、その多くは記念撮影に熱心である。写真好きは現在のカンボジア人に一般的傾向である。2年前頃から、プノンペンにおいても、ワットプノン、王宮前などでカメラを首に掛けた写真屋が急増していることも、この状況を示していよう。見学について少数ではあるが、学生にも教官にも熱心に見て歩く者がいる。多くの場所で立ち止まり、レリーフの物語や作られた時期、改変されている事実の追求をする者もいる。化学の若手の教官セング君は、アンコールワットで仏教のレリーフが削られて、ヒンズーの新しい彫り物に置き換えられている事実を、掘る技術やデザインの相違から推察し、科学的に検証していた。彼は、アンコールワットは初めてであると言っていたが、明らかに歴史上の事実を、観察から論理的に学習している。アンコールワットの第1回廊と入り口との交点は、床面が摩耗し、材質の関係で輝く様な面になっている。このことについて一般客の中にも、興味を持ち、スリッパを脱ぎ足で確かめたり、手で触って確かめている様子が1%ぐらいの割合で見ることが出来る。
 この様な見学における相違は、どの様にして起こるのであろうか。第1には、観察眼に有るであろう。まず現象を観察する目が必要である。次いでそれを確かめてみようとする、強い興味が必要であろう。これらをどの様にして養うかが、現在のプロジェクトサイドで我々に求められていることでは無かろうか。現象の関係を理解するには、基礎的知識が必要であろう。しかしそれ以前に観察する、興味を持つことが無ければ、科学は始めることが出来ない。観察眼と興味を持つことを養うことこそが、カンボジアの理数科教育の改善のために求められている最初の課題であろう。

 西バライの水田
 西バライは元々水田灌漑用に作られた溜め池である。乾期になり水位が低くなると、西メボン付近が陸地化する。この時期を利用して、西メボンの周囲に水田耕作がされている。水位の低くなった浅瀬に入り、手で泥を掻き上げて低い土塁を作り水の流出入を止める。水が蒸発して少なくなった時点で、種籾を蒔く。稲が発芽し、のびる頃にはほとんど水が無くなっている。また一方でやや深い水位の場所には、苗を植えることをしている。
 この土塁の築き方であるが、きわめて正確な方形に近い形を、何の定規も持たずに作って行く。これらの直角や直線に関する感覚は、繰り返し行われてきた伝統的方法に思われる。我々が、畑の畝を直線にしようと思うとかなりの熟練がいる。また畝を平行に作ることはさらなる訓練を要する。カンボジア人は、直角や直線、平行に関する文化的伝統があるか感覚に優れている可能性がある。
 ところが実際にグラフを描くとなると、プロット間の直線がかなり不正確に引かれるなど、ややギャップ感じる。実用レベルでの感覚と、勉強としての机上の感覚が乖離している可能性がある。これらをどの様にして繋ぐかも今後の課題であろう。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )