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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「宇宙生物学で読み解く『人体』の不思議」(吉田たかよし著/講談社)

2013-12-31 09:54:05 |    生物・医学

書名:宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議

筆者:吉田たかよし

発行:講談社 (講談社現代新書)

目次:第1章 人間は月とナトリウムの奇跡で誕生した
    第2章 炭素以外で生命を作ることはできるのか?
    第3章 宇宙生物学最大の謎 アミノ酸の起源を追う
    第4章 地球外生命がいるかどうかは、リン次第
    第5章 毒ガス「酸素」なしには生きられない 生物のジレンマ
    第6章 癌細胞 vs.正常細胞 「酸素」をめぐる攻防
    第7章 鉄をめぐる人体と病原菌との壮絶な闘い

 地球が誕生したのが今からおよそ46億年前で、最初の人類が誕生したのは700万年~600万年前と言われている。つまり、我々人類は、この間に形成されたわけである。この 吉田たかよし著「宇宙生物学で読み解く『人体』の不思議」は、地球の誕生してから人類が誕生するまでの間の、気が遠くなるような長い期間に何があったのかを、科学的な立場(宇宙生物学)から解き明かそうとする試みから書かれた書物である。通常であると、宇宙の話は宇宙だけの話で完結し、生物の話は生物の話で完結する。しかし、この書がユニークなのは、宇宙と生物を一つに結び付けて語っていることであり、しかも、特別な予備知識なしでも読みこなすことができるように配慮がなされていることである。話を地球誕生に戻すと、38億年前に単細胞生物が誕生する。この頃の単細胞生物は、嫌気性生物であり、酸素を吸収せずに生きていた。現在、動物も植物も酸素なしには生きられないが、生物誕生の際には、逆に酸素は生物にとっては猛毒であったというから驚きだ。その後23億年前ごろになると酸素を取り入れる好気性生物が登場し、さらに酸素が徐々に地球上に満ちてくると、単細胞生物が多細胞生物に移り変わり、6億年前のカンブリア爆発で様々な動物が誕生することになるのである。

 つまり、生命の源である単細胞生物にとっては、酸素は欠かせないものどころか、毒ガスであったという話には、愕然とさせられるが、第1章 「人間は月とナトリウムの奇跡で誕生した」においては、我々人類の体の70%を占める液体は、実は、彗星が運んできた水から成り立っているということが紹介されている。残りの30%が地球の物質から成り立っているというのである。このこともかなり衝撃的だ。我々の先祖は彗星にあったのである。彗星は、時々地球に接近し、人々の関心を引きつけるが、このことは、我々の体の70%が彗星がもたらしたものと考えると、人類が彗星に寄せる関心は、言ってみれば故郷に思いを馳せると言った意味合いがあるのかもしれない。しかし、単なる水だけでは、高等な生物は誕生はしない。高等生物は、ナトリウムイオンを使って、神経や筋肉をコントールすることによって成り立っているのだ。そうとすれば、彗星から運ばれた水を基に海が形成され、その海にはナトリウムイオンが溶け込んでいないとならなくなる。この役割を果たしたのが実は月だったという話が第1章に述べられている。月がなければ、地球はふらふらと揺れ動き、とても高等生物が存在できる環境になれなかったと言われているが、月の果たしてきた役割は、生命誕生でも絶大な役割を果たしたことが分かる。

 第4章「 地球外生命がいるかどうかは、リン次第 」にも実に興味深い話が載っている。2010年12月に「NASAが地球外生命を発見したかもしれない」というニュースが世界を駆け巡った。記者たちは「きっと火星に地球外生命が発見されたのであろう」と予想しNASAの発表会に臨んだ。ところが、NASAの発表は、「リンの代わりにヒ素を利用して生きることができる微生物が米国の湖で見つかった」というものであった。これを聞いて記者たちは「人騒がせだ」とブーイングの声を挙げた。しかし、逆に宇宙生物学の学者からは、「もし本当にリンの代わりにヒ素を利用して生きる微生物が発見されたのなら、それは間違いなく宇宙生物学上の大発見と言える。それを人騒がせと言う記者たちは、まったく科学が分かっていない」という批判が出てきたのである。つまり記者と言えどもリンと生命が織りなす38億年にも及ぶ深い因縁についての知識が少なかったか、あるいは全く持ち合わせていなかった、ということになる。生命は、①バクテリア(細菌)②原生生物(アメーバや藻類など)③菌類(キノコやカビなど)④植物⑤動物の五つに分類できるが、これら全てに共通するのが、セントラルドグマ(中心原理)である。つまり、生命は全て、DNAを転写しRNAを生み出し、RNAを翻訳して、たん白質をつくり、さらにたん白質を合成して糖や脂質をつくる。これは全ての生命に共通している。そしてこれらで決定的な役割を果たしているのがリンなのである。つまり、「リンの代わりにヒ素を利用して生きることができる微生物の発見」というNASAの発表は、正に驚天動地ものだったのだ。もっとも、これには後日談があって「どうもNASAの信憑性は薄い」ということで、今のところは一件落着しているようだ。

 この本には、たった20種類のアミノ酸から10万種類のたん白質がつくられる話とか、たん白質(P)、脂肪(F)、炭水化物(C)のPFCバランスは、現代人は炭水化物(C)が50%~70%を占めておりバランスが取れていない。この理由は、農耕文化が発達した結果だという。逆に農耕文化が発達していなかった旧石器時代は、このPFCバランスがうまく取れていたそうである。ということは、旧石器時代の食事の方が、現代人の我々よりバランスの良い食事をしていたことになる。第6章「 癌細胞 vs.正常細胞 『酸素』をめぐる攻防」でも興味深い話が載っている。生物は、酸素を取り入れることによって莫大なエネルギーを得ることに成功し、高度な機能を得ることができるようになった、一方では、酸素を体内に取り込むことによって、スーパーオキシドアニオンやヒドロキシルラジカルを生み、これが細胞膜や遺伝子を傷つけることに繋がる。要するにガンを発生させてしまうのだ。酸素があったおかげで人類は高度な機能を身に着けることができるようになったわけだが、一方では、活性酸素によって人類の敵であるガンも同時に発生させてしまう。この書は、普段我々が何気なく思ってきた生命の一つ一つの事柄が、実はこの広大な宇宙と密接に関連していることを思い知らされる本なのである。(勝 未来)


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