書名:学んでみると生命科学はおもしろい
著者:田口英樹
発行:ベレ出版
目次:第1章 「生きる」ってどういうことだろう?
第2章 細胞の中を覗いてみよう
第3章 生命を支えるタンパク質の世界
第4章 細胞はエネルギーをどう生み出すか?
第5章 生命の設計図DNA
第6章 健康と病気の生命科学
第7章 生命は「創れる」のか?
「生命」という言葉自体は、ごく当たり前のことを指しているように思われるが、実は「生命と生命ではないものの違いは何か」と問い詰められると、一般の人は意外と返答に詰まってしまう。広大な宇宙の星々は実は素粒子で、それらが集まり、原子、分子を構成しており、我々の地球もその構成員なのだから、生命体の一部に組み込まれているのかもしれない。とまあ、そんな突飛な考えは別として、iPS細胞の登場以後、我々一般人にとっも、生命についての正確な知識が求められることが多くなってきたように思われる。しかし、生命科学の本格的な学術書を読んでも、一般の人にとって理解することはほとんど不可能であろう。さりとて、小学校や中学校の教科書を取り寄せ勉強するのも気が引ける。そんな時、この「学んでみると生命科学はおもしろい」(田口英樹著/ベレ出版)は、最適な書籍だ。特別な前提知識なしに読み進めることができ、しかもその内容は、生命科学の最先端の研究成果が収められているので、読み終われば、生命科学について一角のことは言えるようになっている自分に気づくだろう。
この書籍の特徴はというと、まえがきの次の文章で明確となる。「地球上には何百万種にもおよぶ多様な生物がいることを認識したうえで、どんな複雑に見える生物も究極的には『細胞』からできているという事実からスタートします。そして、『細胞』を『分子』のレベルから説明することで生命を理解します。別の見方をすると、地上に存在するすべての生物には『普遍的な生命の原理』があるという考え方が背景となっています。全体を貫く普遍性を追求するという点では、数学や物理のように体系立っていて、従来の生物学がもつ暗記学問のイメージはすでに払拭されているといってもよいのです」。ここまで読むと、この書は、「細胞」や「分子」といった共通項によって語られるので、やたらと難しい用語を丸暗記しなくても、ロジックを使って読み進めることができ、そしてそのことが最大の特徴であることが分かる。
ここまで来ると、「生命と生命ではないものの違いは何か」といった最初の問いかけにも冷静に対応ができそうだ。生命体は、次の3つの性質が基本的なものとして定義づけられる。その3つというのは、①膜で囲まれている→生命が成り立つ空間、つまり細胞をつくる②エネルギーをつくりつづける→タンパク質による代謝で生命を維持する③増える→DNAがもつ遺伝情報に基づいた複製、ひいては進化。なるほど、生命というものを、このような普遍的な性質に括れば、自ずから全体像が明確になってくる。これらの定義から、例えば、最近何かと話題に上るインフルエンザウイルスとかノロウイルスなどのウイルスは果たして生命かどうか、という素朴な疑問にも的確に答えを引き出すことができる。「ウイルス内部には遺伝情報としてDNA(もしくはRNA)が含まれているし、ご存じのようにどんどん増殖します。『増殖』するという性格は、生命の定義の一つでしたから、ウイルスを小さな細胞と思うのも不思議ではありません」。とここまでは、ウイルスは生命体かと思われるが、同書では、実は生命体ではないとする。この理由はウイルスは自己増殖しないから。
ことほど左様に、生命科学は暗記の学問ではなく、あくまでも数学や物理などのように、ロジックの積み上げの上に成り立つ学問であることを、読み進むうちに自然と納得させられる。この書の最後は、「生命は「創れる」のか?」の章で締めくくられている。iPS細胞はあくまで人工多能性幹細胞であり、いろいろな細胞のもととなる細胞であり、細胞をつくったわけではない。それでは、今後、人類は果たして細胞をつくることができるのか。この書は「人類の手のひらで新しい生命体を創り上げる、と聞くと、それだけで大それた野望、いや、SFの世界に聞こえるでしょう。実際『生命を創る』なんてできるのでしょうか?それはまだわからないというのが答えですが、『創れない』と証明されているわけではありません」と述べている。というのは、最近、創る=合成ということから、「合成生物学」という分野に注目が集まってきており、「生命を創る」ことへの挑戦がなされ始めているからだ。このような新しい分野は、この「学んでみると生命科学はおもしろい」の若い読者が将来、チャレンジすべきテーマなのであろう。(勝 未来)