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“科学技術書・理工学書”読書室―SBR―  科学技術研究者  勝 未来

科学技術書・理工学書の新刊情報およびブックレビュー(書評)&科学技術ニュース   

●科学技術書・理工学書<新刊情報>●「時間は逆戻りするのか」(高水裕一著/講談社)

2020-07-29 09:48:06 |    物理

 

<新刊情報>

 

書名:時間は逆戻りするのか~宇宙から量子まで、可能性のすべて~

著者:高水裕一

発行:講談社(ブルーバックス) 

 「時を戻そう」は本当に可能なのか?「ホーキング最後の弟子」が究極の謎に答える。ミクロの量子レベルで観測された時間の逆転とは?マクロの宇宙スケールで提唱された時間の消滅とは?読めば本当に時間が逆戻りしそうに思えてくる。ケンブリッジ大学理論宇宙論センターで晩年のホーキングに師事した著者が、最新知見を駆使して描く新しい時間像。相対性理論、量子力学、エントロピー、ダークエネルギーからループ量子重力理論、ブレーン宇宙、サイクリック宇宙、虚時間宇宙、人間原理にタキオンまで、理論物理学のオールスターを総動員して、時間の謎を真正面から考える。

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●科学技術書・理工学書<新刊情報>●「熱の理論」(太田 浩一著/共立出版)

2018-08-24 09:27:39 |    物理

 

<新刊情報>

 

書名:熱の理論~お熱いのはお好き~

著者:太田 浩一

発行:共立出版

 同書は、物理学の土台の1つ、熱力学の基礎から宇宙への応用までを丁寧に解説した教科書・参考書。同書の他にない特徴は相対論的熱力学を取り上げたことで、内外の教科書でも例がない。アインシュタインは、初期に発表した相対論的熱力学を最晩年に翻す手紙を残した。同書ではアインシュタインが示唆した結果を証明してある。ランダウ-リフシッツの教科書とも矛盾しない結果である。また,相対論的統計力学でも18世紀のベルヌーリの公式が生き残っていることを示してある。相対論的熱力学を宇宙背景輻射とブラックホールに適用した2章も付け加えてある。
 

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■科学技術書・理工学書<ブックレビュー>■「南部先生が成し遂げたこと」(大栗博司著/日経サイエンス2015年10月)

2015-09-01 12:41:09 |    物理

書名:南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~

著者:大栗博司

発行:日経サイエンス(日経サイエンス2015年10月号56ページ~65ページ)

目次:物性物理学にも関心
    雌伏のプリンストン時代
    充実のシカゴ時代
      (1)対称性の自発的破れ
      (2)強い力のカラー自由度とゲージ理論による記述
      (3)弦理論の提案
    物理学の“魔法使い”

 2008年のノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎シカゴ大学名誉教授が、2015年7月5日亡くなった。享年94歳。ノーベル賞受賞の時は、小林誠高エネルギー加速器研究機構名誉教授と益川敏英京都産業大学教授と同時受賞のこともあって、日本国中が湧きかえった。受賞理由は、素粒子物理学における「対称性の自発的破れ」を理論的に説明したことであった。それまで一般の日本人の多くは、南部陽一郎という名前を知らなかっただろうし、ましてや「対称性の自発的破れ」などどいう素粒子物理学の最先端の理論など知る由もない。南部陽一郎は米国籍で、米国での研究生活が長かったせいで、多くの日本人が、その名を知らなかったのも当たり前と言えば当たり前とも言える。しかし、今後、南部陽一郎の名は、多くの日本人の記憶に強く残っていくはずだ。それは何故か。ある素粒子物理学者などは、南部陽一郎が成し遂げた業績は、“ニュートンの業績にも匹敵する”と断言している程だからだ。2013年のノーベル物理学賞は、ヒッグスとアングレールが、“ヒッグス粒子”に関する理論「ヒッグスメカニズム」で受賞したが、南部陽一郎の「対称性の自発的破れ」が「ヒッグスメカニズム」を生み出す原動力となったのである。現代の素粒子物理学の最先端の成果を生み出した源に、南部陽一郎の理論があったのだ。2008年、南部陽一郎がノーベル物理学賞を受賞した時、米国のある素粒子物理学の権威が「今まで南部陽一郎がノーベル賞を受賞していなかったことに驚いた」とコメントしていたことを思い出す。

 南部陽一郎のノーベル賞受賞で思い出すのは、何と言っても中間子理論でノーベル賞を受賞した湯川秀樹と、くりこみ理論で同じくノーベル賞を受賞した朝永振一郎だ。年輩の方ならご存知であろうが、湯川秀樹のノーベル賞受賞のニュースが日本にもたらされた時は、今回2008年の3人の日本人(もっとも南部陽一郎は米国籍だが)のノーベル物理学賞受賞と同じくらい日本中が湧きかえった。いや多分それ以上だったろう。当時、日本は第二次世界大戦の敗戦国として“三等国”という、有り難くない名前が誰の頭の中にも存在し、精神的に打ちひしがれていた。そんな時、湯川秀樹のノーベル賞受賞の知らせは、“三等国”の汚名返上という意識を国民一人一人にもたらし、これがその後の日本の奇跡的復興につながって行く。多分当時の日本人の多くは“中間子”などと言われても皆目分からなかったろう。今、湯川秀樹の中間子を見つめ直すと、その先見性の鋭さには驚かされる。現在、物理学者は、4つの力(重力、電磁気力、弱い力、強い力)を統一させる理論の構築に向け全力を挙げている。ニュートンが万有引力の法則を発見し、地上の力と天体の力を統一し、その後、これがアインシュタインの一般相対性理論へとつながる。また、マクスウェルが電気と磁気を統一して電磁気学を生み出し、次に、朝永氏一郎とシュインガーにより量子電磁気学が生み出され、さらにワインバーグ、サラム、グラショウによる統一理論によって、弱い力を統一することに成功する。これには、ヒッグスメカニズムが絡む。そして現在、電気力、電磁気力、弱い力を統一させた統一理論と強い力を統一する大統一理論の完成が待たれている。

 湯川秀樹の中間子理論こそは、強い力そのものである。今、原子核の究極の素粒子はクォークとなっているが、クォークのずっと前に湯川秀樹は中間子理論に行き着いた。要するに強い力で中性子を相互に結び付ける、当時の最先端を行く理論の提示であったのだ。そして今後、強い力は、量子色力学の理論を介して、電磁気力と弱い力とが統一された「大統一理論」へと行き着くだろうと言われている。この量子色力学についても南部陽一郎は大きな貢献を果たした。日経サイエンス2015年10月号で大栗博司カルフォルニア工科大学理論物理学研究所所長は「南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~」で、南部陽一郎の貢献を次のように紹介している。「クォークは3つの『色の自由度』を持つと考えられており、この色が電磁気における電荷に対応する役割を果たしています。この色の自由度を導入したのが南部先生でした。また、電磁場が電荷に反応して電磁気の力を伝えるように、色の自由度に対応する『ゲージ場』と呼ばれる場を考えて、これが伝える引力のためにクォークが陽子、中性子、中間子などを作ると提案されています。・・・素粒子実験で観測されていた『漸近的自由性』という現象を説明するものであることが確認され、強い力の基本理論として確立しました」。驚くべきことに、南部陽一郎は、「対称性の自発的破れ」の理論によってヒッグス粒子発見の切っ掛けをつくりだしただけではなく、将来、完成が待たれている、「統一理論」と強い力を統一する「大統一理論」のもとになる、強い力のゲージ理論でも大いに貢献したのだ。

 さらに加え南部陽一郎が凄いのは、最終的に4つの力を一つにすることが可能な理論ではなかろうかと、今、世界の素粒子物理学者が熱い期待をかけている超弦理論のもととなる、弦理論をいち早く提案したことだ。南部陽一郎が弦理論を打ち出す前には、究極の物質は点状粒子であると考えられていた。ところが究極の物質が点状粒子であるとすると、計算上無限大の解がが出てきてしまい、これが長年にわたって素粒子物理学者を悩ませてきた。そこに南部陽一郎が「究極の物質は点状粒子ではなく、振動するひも状粒子がいろいろな形態をとる」という、それまで誰もが考えつかなかった、全く新しい発想の弦理論を提唱したのである。そして、南部陽一郎の弦理論をもとに、電子やクォークなどのフェルミオンまで拡張した超弦理論が生み出された。何故、超弦理論が今、熱い視線を浴びるのかというと、超弦理論こそニュートン以来物理学者の夢だった、4つの力を一つに集約する切り札となる理論ではないだろうかと考えられているためである。「南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~」で大栗博司は、最後を次のように結んでいる。「南部先生は独創的なアイデアと長期的な展望によって前人未到の分野を開拓し、素粒子物理学の流れを変え、新しい基礎を築いてこられたのです」。この記事には、南部陽一郎にまつわる、貴重な、興味深い写真も多数掲載されている。南部陽一郎は米国籍で生涯を終えたが、これらの写真を見ると、研究の出発点となったのは日本であったことがよく分かる。冒頭に「南部陽一郎が成し遂げた業績は、“ニュートンの業績にも匹敵する”」と書いたが、このことを疑問と思う方は、この大栗博司著「南部先生が成し遂げたこと~追悼 南部陽一郎博士~」を、是非一度読んでいただきたい。
(勝 未来)

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■科学技術書・理工学書<ブックレビュー>■「入門 現代物理学」(小山慶太著/中央公論新社)

2015-02-03 09:03:12 |    物理

書名:入門 現代物理学~素粒子から宇宙までの不思議に挑む~

著者:小山慶太

発行:中央公論新社(中公新書)

目次 : 1章 重力―遠隔作用の不思議(漱石とニュートン/ 「巨人引力」の正体 ほか)
         2章 真空―虚無の不思議(真空は豊饒で賑やかな世界/ 天動説と二元論的宇宙 ほか)
         3章 電子―無限小の不思議(素粒子のふるさと、ケンブリッジ/ ファラデー最後の実験 ほか)
         4章 物質―極低温の不思議(物質の“変身”/ 相転移と熱 ほか)
         5章 地球―知的生命のいる不思議(『竹取物語』とケプラーの『夢』/ フォントネルの予見 ほか)

 物理学は奥が深い。素粒子の世界を探索していくと、その源となった広大な宇宙へと導かれ、さらに宇宙の始まりであるビッグバンそしてインフレーションにまで行き着く。そしてインフレーションの先には、何が待っているかというと、この先は人類には永遠に分からない未知の領域が広がっているという説や、いや、ミンコフスキー空間から導かれる虚数時空をたどればインフレーション以前の世界も解明できるという説など、諸説紛々あるようだ。このように奥深い現代物理学を理解しようとすると、相対性理論、量子力学・・・などなど、それぞれ専門分野を調べなければならない羽目に陥る。その結果、現代物理学とはいったい何?という全体像を極めたいという欲求が自然と湧き起こってくる。ところが、これまで 現代物理学全般を平易に解説する書籍は、あまり見かけない。その隙間を埋めてくれるのが、この「入門 現代物理学~素粒子から宇宙までの不思議に挑む~」(小山慶太著/中論公論新社)なのである。専門書は数式が多くて馴染まないという人にとっても、この書籍は、数式を最小限に留めているのでありがたい存在だ。全くの初心者には難解かもしれないが、少しでも相対性理論や量子論をかじった人には、現代物理学の全体像を見渡せる最適な書であると言えよう。

 「1章 重力―遠隔作用の不思議」では、夏目漱石の話から始まる。夏目漱石と重力はどんな関係?と誰もが思う。ところが「夏目漱石はニュートンがけっこう好き」なのだそうである。小説「吾輩は猫である」には、確かに「ニュートンの運動律第一に曰くもし他の力を加うるにあらざれば、一度び動き出したる物体は均一の速度を以て直線に動くものとす」「運動の第二法則に曰く運動の変化は、加えられたる力に比例す、しかしてその力の働く直線の方向において起るものとす」とある。なるほどこれらは、ニュートンの慣性の法則と運動方程式のことだ。ところで、子供の頃、ニュートンの万有引力の法則を最初に聞いた時のことを覚えているであろうか。ほとんどの子供が何の疑問を持たずに、何となく認めてしまう。しかし、よく考えて見ると不思議な話だ。何もしないのに物同士が引き合うというということが、ほんとにあるのだろうか。だから、最初に万有引力の話を聞いたときは、「そんな馬鹿なことはない」という答えをした子供の方が私は正解だと思うのだが・・・。この章の最後の方に「電磁波にも重力波にもそれぞれ対応する粒子が存在する。電磁波のそれは光子であり、そして重力波のそれはグラビトンと名づけられている未発見の粒子である」と解説され、「力の遠隔作用はこれらの粒子がその媒介役として機能するものと解釈される」と結論づけられる。重力は身近なものだけに、きちんと説明できる能力が求められるが、そんな時などにこの書は大いに役立つ。

  「2章 真空―虚無の不思議」では、エーテルの話から入る。ガリレオ、ニュートンの時代から20世紀初頭までは、エーテルという仮想媒体が宇宙空間にあまねくひろがっていると考えられていた。20世紀初頭までというから驚きだ。現在、ダークマターとかダークエネルギーとかが話題を賑わしているが、これらとちょうど逆の話である。つまり、あると信じられていたものが、実はなかったのがエーテルの存在で、そんなものがあるわけないと考えられていたものが、実はありそうだ、となったのがダークマターとダークエネルギーなのだ。そしてこの300年以上にわたってその存在が信じられてきたエーテルに対し、完全に存在を否定したのがアインシュタインであった。1905年に発表した特殊相対性理論の論文でアインシュタインは、「光エーテルと絶対静止空間の導入は不要」と断言したのだ。この時アインシュタイン26歳。この革命的論文には引用論文が掲載されていなかったというから、全てアインシュタインの独創から生み出された恐るべき理論だ。この章では、相対性理論を平易に紹介している。つまり、この世の中で絶対的時空(時間と空間)というものはなく、すべて相対的な時空だとする考え。そして、真空の話へと続いていく。何もない空間が真空のことだと長い間信じられて生きたが、実は、それは事実とことなり、今まで何もないと考えられてきた空間は、実は仮想粒子が生まれたり、消滅したりする、とても豊穣とした空間だったことが分かったのだ。だから、“無から有が生じる”ことだって現実には起きる。この章では、今までの常識を根底からひっくり返す、新しい理論が平易に紹介されている。

  「3章 電子―無限小の不思議」では、素粒子発見の第一号となった電子についての歴史が詳細に語られる。この電子の発見にきっかけ掴んだのが実はファラデーであったという。ファラデーは「真理を嗅ぎつける実験家」とも言われ、理論ではなく、実験から偉大な業績を残したことで知られる。このファラデーこそが、素粒子の第一号の電子の発見のきっかけをつかんだのだ。そして、この人生最後の実験に挑戦し、実は失敗してしまう。ところが、それで話は終わらなかった。その34年後に、ライデン大学の若手物理学者ゼーマンがゼーマン効果を発見する。これは、ファラデーが行った実験を最新の機器で追試したものである。つまり、ファラデーの実験は失敗ではなく、当時の実験装置の精度が低く、予期した結果を得られなかっただけなのである。ゼーマン効果を基に、ゼーマンの師のローレンツが電子の存在を予言。そして、1899年、J.J.トムソンは電子を発見する。ここから、現代物理学は素粒子の時代へと入っていくのである。一般には、電子を発見したのは、J.J.トムソンと教わるが、実はその背景には、このようなドラマが隠されていたことが同書によって明らかにされていく。さらに「4章 物質―極低温の不思議」では、超伝導の不思議な世界を、最後の「5章 地球―知的生命のいる不思議」では、系外惑星や地球外文明まで話が及ぶ。同書を読み終えると、人類がこれまで如何にして真理を探究してきたか、そしてその結果、恐るべき事実に立ち至り、またさらに探究を続けるという、人類と自然との格闘史とでも言った方がいい物語が、スリリングに紹介され、飽きることを知らない。(勝 未来)

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■科学技術書<ブックレビュー>■「光とは何か」(江馬一弘著/宝島社)

2014-12-02 12:19:49 |    物理

書名:光とは何か

著者:江馬一弘

発行:宝島社(宝島社新書)

目次:第1章 あなたが光と「出会う」とき
    第2章 光の性質を知ろう
    第3章 色のしくみを知ろう
    第4章 光の正体はなにか
    第5章 光の最新テクノロジーに触れよう

 光は、身近な存在だけに、「光とは何か?」と問われても、「電磁波の中の可視光線のこと」ぐらいしか答えが浮かばない。「最初に光ありき」ではないが、光はこの宇宙開闢から40万年経った時に、“宇宙の晴れあがり”現象が起こり、宇宙のかなたに向かって長い旅に出ることになる。そして、この宇宙には、光速を超える速度は存在しないという。光速で飛ぶ飛行物体から、光速で飛び立っても、速度はやはり光速だというから、凡人には到底理解することができない種類の話だと考えざるを得ない。こんなこともあり、人はあまり光について深く考えようとしない。これが、重力だと物を上から落とすと、すとんと落ちるので、「何か目に見えないものが作用しているのでは」と思考が及ぶ。しかし、光については、目に見えることがかえって災いして、人は光について考えることを停止しまいがちで、全て当たり前だと、疑問を差し挟むことはあまりしない。

 「光とは何か」(江馬一弘著/宝島社)は、光について考えてみたいという人達にとっては、絶好の書籍である。まったく専門知識を持ち合わせてなくても、難なく読み進めれ、読み終えた際には、知らず知らずのうちに光についての知識が身についている状態になっている。図表も全てカラー化され、重要な個所はゴチック体で書かれているので、非常に理解しやすいようにつくられている。また、この本では、いくつかのクイズが出され、その回答を考えながら、光への理解力を向上させることができる。それらのクイズの一つに、「鏡に映った像は、左右だけが逆になり、上下が逆にならないのはなぜでしょうか?」というのがある。正解は本書を読んでいただくとして、このクイズの質問にはぎくりとさせられる。確かに、上下が逆に映る鏡なんて見たことがない。それでは何故左右だけが逆に映るのか?この問いの正解を読むと、如何に我々の“常識”というものが、あやふやなことが痛切に思い知らされる。

 さらに読み進むと、意外な事実を知らされる。我々はよく電球の光がまぶしいので手で遮ろうとする。そうすると光は遮られ、目はまぶしいとは感じなくなる。「ですが、この場合、まったく別の見方ができます。じつは電球からの光は、手のひらにさえぎられたり吸収されたりせず、手のひらを通り抜けて、私たちの目に飛び込んできているのです」とあるではないか。さっきの鏡のクイズと同様に、ごく普通の考えをする人にとっては、このことは容易には理解できない。しかし、これも同書を読むことによって正確に理解することができるようになる。もう一つの事例として、「鏡で反射した光は、入射した光とは『別のもの』になっている」ことが解説されている。入ってきた光が鏡に反射して、外に出ていくのであるから、入射光と反射光は同じもの、という考え方が我々の常識。これらの事例では、従来のニュートン力学だけでは理解できず、量子力学的知識が如何に欠かせないかが実感させられる。時代は刻々と進んでいるのである。

 同書は、光の基礎的知識を得るのに格好の書ばかりでなく、これからの日本の産業の発展にも欠かせない書なのである。それは、筆者もこの書の「まえがき」でも書いている通り、「21世紀は光の世紀」がキーワードとなるからである。以前「鉄は国家なり」と言われ、鉄を如何に産業に応用するかが最大の課題であった時代があった。次に来たのが石油である。石油をエネルギー源として活用したり、いち早く化学製品化した国が圧倒的な国力を持つことができた。そして次にやって来たのが20世紀に花開いたエレクトロニクス時代だ。それでは、21世紀は何の時代となるかというと、それは光とバイオである。既に光は、通信やコンピューターへの応用が急ピッチで進められ、21世紀に大きく花開こうとしてる。この時に当たり、若い人々が同書を読むことで光に興味を持ち、将来、わが国の光産業を発展させることは極めて重要なことだ。筆者の江馬一弘氏は、東京大学工学部物理工学科卒業。工学博士。専門は光物理。現在、上智大学理工学部教授。(勝 未来)

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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「質量とヒッグス粒子(広瀬立成著/SBクリエイティブ)」

2014-04-29 10:19:44 |    物理

書名:質量とヒッグス粒子
       ~重さと質量の違いから測り方、質量の生成にかかわるヒッグスメカニズムまで~

著者:広瀬立成

発行:SBクリエイティブ

目次:序章 物理学の大革命:標準理論の確立
    第1章 ニュートン力学と質量
     第2章 質量はどのようにして測るのか
    第3章 質量とエネルギーの同等性
     第4章 質量の担い手:ミクロの世界へ
    第5章 質量の生成:ヒッグスメカニズムとは
    第6章 宇宙と質量

 2013年10月8日、ピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士が、ノーベル物理学賞を受賞した。ヒッグス博士らが、1964年にヒッグス粒子を予言し、欧州原子核研究機構(CERN=セルン)の大型ハドロン衝突型加速器 (LHC) によって、ヒッグス粒子の存在が確認され、今回の受賞となったもの。LHC実験では、リング上2か所にヒッグス粒子の観測に的を絞ったATRASとCMSが設置されている。 現代の素粒子理論は「標準理論」と呼ばれる理論によって成り立っている。しかしながら、これまでは、質量生成の仕組みについては、仮定の領域に留まっていた。この「標準理論」は、尺度を変えても物理法則は変わらないという、“ゲージ対称性”を出発点にしているが、このゲージ対称性によると、粒子の質量は、ゼロでなければならないが、現実の粒子は質量を持っている。このために、ヒッグス博士らは、今から50年前、ヒッグスメカニズムを含むヒッグス理論を提唱し、これにより粒子が質量を持つことを予言した。このヒッグスメカニズムからは、“ヒッグス粒子”と呼ばれる素粒子の存在が予想された。このヒッグス粒子を発見することも含み、CERNは、2008年にLHCを完成させ、これをもとにヒッグス粒子の発見に全力を投入してきた。

 「質量とヒッグス粒子」(広瀬立成著/SBクリエイティブ)は、このCERNによるヒッグス粒子の世紀の大発見により、ピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士が、ノーベル物理学賞を受賞した直後という、誠にタイミング良い時期に発行された書籍である。ヒッグス粒子が発見されたときには、テレビ、新聞などのマスコミは、こぞって報道を大々的に行ったため、ほとんどの日本人は、ヒッグス粒子の名前は耳にタコができるほど聞かされ、記憶させられることになった。しかし、一部の専門家を除いて、そもそもヒッグス粒子とは何ぞやという問いに答えられる人は、そう多くはないであろう。ヒッグス粒子という名前は誰もが知っていても、その中身についてはほとんどの人が知らないという、何とも不可思議な現象が発生してしまったのだ。同書の役割は、このギャップを埋めることにまずある。見開きのページの左ページに文章、右ページに図表を配置して、初心者でも分かりやすい配慮がなされていることが、なによりも有り難い。

 一方で、同書は、単に用語を解説するのではなく、物理学の基礎を誰にでも理解できるように、丁寧に解明を進めて行くように編集されている。このため、1冊読み終えると、ヒッグス粒子とは何か?という問いへの回答以外に、物理学と素粒子理論の基礎知識が、知らず知らずのうちに身に付くように構成されている。数式はほとんど出てこないので、数式が苦手な人には持ってこいの書籍だ。数式が出てこない分、カラーの図表でカバーしているので、本質を理解するのに少しの不都合なことはない。例えば、南部陽一郎シカゴ大学教授が予言した「対称性の自発的破れ」という有名な用語が、ヒッグス粒子を語る場合には、欠かせないが、この用語を理解しようとすると意外に難しい。専門知識がない人にとっては「対称性が自発的に破れるとは、いったいなんなんだ」ということになり、ちんぷんかんぷんなのだ。ところが同書では、水蒸気(気相)←相転移→水(液相)←相転移→氷(固相)という、誰でも理解できる例を取り上げ、文書と図表を使うことによって、あっという間に理解可能となるのだ。まるでマジックを見ているみたいな気分になる。とはいえ、科学的に正確なので心配は無用。

 同書の最後の第6章「宇宙と質量」に入ると、最新の素粒子理論と宇宙論は、だんだん接近して来る様が読み取れて興味深い。「量子宇宙とは」「標準理論を超えて」「超対称性とは」「ダークマターの正体」「ニュートラニーを探せ」など、最先端の研究テーマが紹介されている。正直、この部分になると、初心者では理解するにはしんどくなる。ただ、将来、物理学や天文学の道に進みたいという若い読者にとっては、大いに刺激を受ける部分なのではなかろうか。現在、解明されていないテーマは、今の若者によって、将来必ずや解明されることになるからだ。筆者の広瀬立成氏は、1938年、愛知県生まれ。理学博士。現在、首都大学東京名誉教授。東京工業大学大学院修了後、東京大学原子核研究所、ハイデルベルク大学を経て、東京都立大学教授、早稲田大学理工学総合研究センター教授などを歴任。アメリカ・ブルックヘブン国立研究所、欧州原子核研究機構(CERN)などで研究し、多くの成果を挙げてきた。(勝 未来)

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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■100分de名著「アインシュタイン『相対性理論』」(佐藤勝彦著/NHK出版)

2013-01-15 10:24:57 |    物理

書名:100分 de 名著「アインシュタイン『相対性理論』」

著者:佐藤勝彦

発行所:NHK出版

発行日:2012年11月

目次:【はじめに】 誰にでもわかる「相対性理論」の世界へ
    第1回 光の謎を解き明かせ!
    第2回 時間と空間は縮む
    第3回 驚きのエネルギー革命
    第4回 ゆがんだ宇宙 重力の正体とは
 

 今回紹介する書籍は、通常の書籍とは少々異なり、NHKテレビテキスト「100分 de 名著シリーズ」の1冊として発刊されたものである。一般には、テレビテキストは、あくまでテレビを見ながら、補足としてテキストがあるのが普通であるが、このシリーズだけは、テキストを独立した書籍として読んでもいささかの不都合がないように、周到に編集されているので、一般の書籍扱いとする。同シリーズは、紫式部「源氏物語」とか、チェーホフ「かもめ」など、主に古典文学を紹介する内容となっているが、「100分de名著」初の理系モノを扱ったスペシャル版として「アインシュタイン『相対性理論』」が企画された。20世紀における物理学の最大革命の一つであるアインシュタインによる「相対性理論」。しかし、その有名な論文の内容を正確に知る人は少ない。そこで、今回は、アインシュタインが得意とした「思考実験」を軸に、高度な数式を使わずして同理論を紹介しようとしたとこから、この書籍が誕生したのである。

 アインシュタインの相対性理論は、高校の教科書に載っているほど、現在では至極当たり前の理論となっている。しかし、アインシュタインが初めて相対性理論を発表した当時、この新しい理論を理解できた研究者は、世界に数人しかいなかったと言われている。それが、今日では、書店の店頭には相対性理論についての書籍は山積みされており、読者はどれを読んだらいいか、見当が付かないほど。物理学の素人が高度の内容の相対性理論の書籍を購入してみても、ちんぷんかんぷんだし、逆に物理学専攻の学生が、相対性理論の入門書を読んでも実力は身に付かない。それと、購読数を伸ばす戦略のためか、どの相対性理論の書籍にも必ず「すぐ分る」とか「誰にでも分る」とかのキャッチフレーズが付けられているから、問題だ。これらのキャッチフレーズに連れられて、購入し、家で読んでみたら「さっぱり理解できない」といったこともしばしば起きる。その点、この佐藤勝彦著「アインシュタイン『相対性理論』」は、正真正銘の「誰にも分る相対性理論」となっているところが、最大の魅力となのだ。

 第1回 光の謎を解き明かせ!では、相対とはいったいなんだろう?という謎解きから始まる。相対性理論が分りづらい一つは、相対という概念を曖昧にしたまま、本題に突入することからくることが多い。その点、初心者が陥りやすい盲点をクリアにしてから、徐々に核心に入っていくので、誰でも納得がいくのだ。「マイケルソン・モーリーの実験」も分りやすい図を使い、丁寧に解説してある。第2回 時間と空間は縮む、では、「時間」は絶対でない、ということを、例の電車の進行の図を使い、解説するので分りやすい。そして、時間の遅れを計算する式を登場させ、数値で読者を迷わせることなく、説得力充分に解説を進める。第3回 驚きのエネルギー革命では、動いている時の質量の式を示した上で、世界で最も有名な数式である、エネルギーと質量の関係式E=m×C2乗の登場で、この本の山場を迎えることになる。そして最後の第4回 ゆがんだ宇宙 重力の正体とは、ではウラシマ効果と双子のパラドックス、タイムとラベルの可能性など、摩訶不思議な世界が紹介される。

 最初にも書いたが、この書籍は、正真正銘の「誰にも分る相対性理論」となっているところがミソである。まあ、これ以上易しく書けと言われても、そう簡単には書くことはできないと思われるほどである。これは、筆者の佐藤勝彦氏の力のなせる技である。佐藤勝彦氏は、1981年にアラン・グースとほぼ同時期に、インフレーション宇宙論を提唱したことで知られる。この理論は、ビッグバン直後に宇宙が急激に膨張したことを予想した理論であり、この理論の最初の論文投稿者が佐藤勝彦氏なのである。最近になって、インフレーション宇宙論の正しさが、いろいろな実験で確かめられつつあり、もし、近いうちにインフレーション宇宙論の正しさが実証されれば、佐藤勝彦氏のノーベル賞受賞も夢ではない、とも言われている。そんな、第一級の研究者が書いた書籍だけに、内容がしっかりしたものであることは、付け加えることもない。これまで、「相対性理論の本を読んだが今一つピンとこない」という人には打って付けの本である。(勝 未来)

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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「新しい物性物理」(伊達宗行著/講談社)

2012-10-15 10:38:11 |    物理

書名:新しい物性物理―物質の起源からナノ・極限物性まで―

著者:伊達宗行

発行所:講談社

発行日:2005年6月20日第1刷

目次:第1章 物性物理学の誕生
    第2章 物質の起源
    第3章 物性の出発点
            1.電子の素顔
      2.原子の構造 
    第4章 物質の構造
      1.原子の結合
      2.構造を決める
    第5章 電気伝導の世界
      1.半導体
      2.超伝導
    第6章 磁気の世界
      1.磁気学序説
      2.磁性体 ほか
   第7章 物性の新局面
      1.ナノ科学の展開
      2.カーボン科学の台頭 ほか
   第8章 極限科学
      1.温度の世界
      2.圧力の世界 ほか

 最近、「理化学研究所が、113番元素の3回目の確認の成功により、アジア初の命名権に一歩近づく」というニュースが飛び込んできた。既に理化学研究所は、113番元素の2回の確認をしてきたが、これまで国際的な認定を受けているまでには至っていない。しかし、今回3回目の確認ができたことで、周期表に日本発の名前を、アジアの国として初めて書き加えることができる可能性が出て来たのである。。1869年、ロシアのメンデレーエフが「元素周期表」を提唱して以来、自然界に存在する元素は、原子番号92番のウラン(U)まで発見されていた。93番以降は人工的に合成され、米国、ソ連、ドイツ、そして最近では114番と116番についてロシアと米国の共同研究グループが存在を報告、元素発見の優先権について国際的な認定を受けている。誰もが学校で学ぶメンデレーエフの「元素周期表」に、日本発の名前が付けば、あの覚えるのが大変で、試験の前に一夜漬けして覚えた名前も、比較的容易に覚えられるようになるかもしれない(?)と思うと、是非とも、メンデレーエフの「元素周期表」に日本発の名前が付けられることを祈るばかりだ。

 「新しい物性物理―物質の起源からナノ・極限物性まで―」(伊達宗行著/ブルーバックス)は、固体、液体、気体からなる物質の世界を知るには最適な書である。百種類を超える元素を組み合わされて、数百万種といわれる物質が生まれるわけであるが、これらを体系だって理解することは並大抵のことではできない。しかし、それは物性物理と呼ばれる新しい学問体系が成立したことによって、比較的容易に理解することが可能となったのだ。この書は、そんな物性物理学の最新成果に基づいて書かれたものだけに、初心者から専門技術者までに至るまで、物質とは何ぞやということが、適切な図表を交え、分りやすく解説してある。難しい数式は最小限に止められているので、科学の教養書としても読みこなすことが可能だ。物性物理自体、20世紀の革命児である量子論と相対論の成立を受けて始まった新しい学問体系である。つまり、量子論と相対論の登場で初めて物質の理解が深まったのである。

 ところで、物性物理という言葉は、日本発の言葉であることが同書の冒頭で紹介されており、少々驚く。科学技術の用語は、そのほとんどが欧米で生まれたものが多く、日本発と言われると戸惑うことも事実である。「英語では物性物理学は、固体物理学、または凝縮体物理学と言う。しかし、英語は実体を完全に表していない。固体に限らず、液体も研究対象であるから固体物理学では不十分である。また凝縮していなくても、例えば気体も重要な研究対象である。結局、英語は実体を表せない、ということになる」と筆者の伊達宗行氏は言う。何故、そうなったのか。西欧は、根本物質を求め続け、その結果として固体とか凝縮体などの物質の行き着く。これに対して東洋はあくまで物質の「性質」を求める。この2つの捉え方の違いが、固体物理学または凝縮体物理学、そして物性物理学という言葉の相違になったという。日本で物性という言葉が使われたのは明治5年というからびっくりする。しかし、物性と言う言葉は、その後一時忘れ去られていたが、量子論と相対論の登場で、永宮健夫阪大教授と久保亮五東大教授の二人が「物性論」という言葉を再び復活させたのだという。

 同書の第8章は、極限科学の話が紹介され、これからの物性物理学の進む方向が示唆され興味深い。例えば、レーザー冷却が紹介されている。レーザーで原子を超低温まで冷却する。そんな破天荒なことが、と思われる研究が現れ、固体では実現できていないナノK領域に初めて到達することに成功した。また、圧力の世界では、瞬間的な超高圧については、上手につくられたテトラアンビルによる圧縮装置で、数十万気圧の発生が可能となっている。超高圧研究最大の目標は、水素の金属化、そして超伝導の発見という。一方、超高真空については、総合技術の集約によって10のマイナス10乗気圧以下に達している。強磁場についても研究が続けられている。オーステナイトに強磁場をかけると、マルテンサイトと呼ばれる結晶に構造が変わる。YbB12という化合物は半導体であるが、これに磁場をかけるとバンドギャップが消失して、約50テスラで金属となるという。これからも物性物理での飽くなき探求の旅は、続いていくことになる。(勝 未来)

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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「戸塚教授の『科学入門』―E=mc2は美しい!―」(戸塚洋二著/講談社)

2012-08-06 10:37:17 |    物理

書名:「戸塚教授の『科学入門』―E=mc2は美しい!―」
 
著者:戸塚洋二
 
発行所:講談社
 
発行日:2008年10月30日第1刷
 
目次:出版にあたって 戸塚裕子
    
    
はじめに 神の愛はダーウィンとガリレオに及ぶのか

   1 アインシュタインの「神はサイコロを振らない」

   2 アインシュタインの「E=mc2」
      放射線と太陽のエネルギー源
      ベーテ博士の思い出 ほか

   3 植物の基本は「いい加減さ」
      植物への好奇心の種
      データベースはあるか ほか

   4 19世紀末科学の困難 光の科学
      光の科学と太陽のエネルギー源
      るつぼ内部の光のスペクトル ほか

   5 ニュートリノ
      体感できない粒子
      ニュートリノはなぜ何もしないで物質を通り抜けられる? ほか

   6 「自然」な宇宙・自然界のスケールとは何か

   宇宙と素粒子(講演会より)

 戸塚洋二著「戸塚教授の『科学入門』―E=mc2は美しい!―」(講談社)は、通常の科学技術の書籍とは少々異なる。著者の物理学者である戸塚洋二(1942年―2007年)は、2000年に大腸がんの手術を行ったが、その後、転移し、病院での闘病生活を送ることになる。その病床で戸塚は、自分のブログに物理学に関する投稿を行っていた。その原稿を戸塚の死後、書籍にしたのがこの本の由来なのである。このため、系統的に書かれた学術書というよりは、日々折々に、それまで自分が取り組んできた実験物理学に関して、日頃感じていたことを、メモ的に書き綴っていると言う感じが強い。しかし、中には数式を交え、専門的に深く考察している部分もあり、単なるメモ的な読み物とも違う。このため、難しい数式の部分は、流し読みにして読めば、これは一級の科学の啓蒙書に一瞬の如く変身を遂げる。このため、この書籍の読者は、物理学の専門家から科学に興味がある一般人まで、幅広い層が考えられる。

 例えば、「植物の基本は『いい加減さ』」では、個人的な植物好きが高じて、実験物理学者が植物学を解釈すると、なるほどこうなるのかと、読者は、改めて植物の持つ不思議な力に考えをめぐらせることとなり、知らず知らずのうちに、科学的な考え方が身に付くという体験を味合うことができる。例えば、世界でもっとも高い木はカリフォルニアにあるセコイアの仲間のレッド・ウッドという木だそうで、背丈が115メートルにもなるという。普通の人なら、「世界には随分背の高い木があるものだ」で終わってしまう。ところが戸塚は違う。「一体、レッド・ウッドはどのようにして水を100メートル以上の高いところまで持ち上げているのだろうか?」と発想をする。言われてみれば、なるほど不思議なことなのではあるが、凡人は言われるまで、この不思議さに気が付かない。正解はこの書籍を読んでみていただくしかないが、この書籍の最大の魅力は、物事をどう見れば、科学的に正しい見方ができるのかが、平易に記されていることであろう。

 当然、戸塚の本職である物理学について多くのページが割かれている。ガリレオに始まり、マックス・プランクのプランクの定数の意味すること、さらにアインシュタインの有名なE=mc2の方程式に至るまで、単に教科書的な解説というより、これらの天才達が、如何にして偉大な成果を挙げてきたのかの道筋を懇切丁寧に解き明かしてくれる。時としてその内容は、高度になり、一般の読者が読みこなすのは困難な個所もあるが、それはそれ、自分のペースで読み、アウトラインを掴んでいけば、おぼろげながらでも、人類がたどってきた物理学の概要が掴める構成になっている。そして、読み進んでいくと最後に、戸塚の専門であるニュートリノの話題が登場し、現代の物理学がどのような課題に取り組んでいるのかが、次第に明らかにされる。この書籍は、あくまでニュートリノは何かを説明するというよりは、ニュートリノに行き着く道程が、素人でも理解できるように工夫されて書かれているところに特徴がある。もし、戸塚が存命で、ヒッグス粒子の存在が明らかにされつつある現在を知ったら、また、新たなページが書き加えられることであろう。

 戸塚洋二は、1942年静岡県富士市生まれ。1965年、東京大学理学部物理学科卒業。1972年、同大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。1995年、東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設長。1998年、「スーパーカミオカンデ」で、ニュートリノ振動を確認し、世界で初めてニュートリノに質量があることをつきとめる。2002年、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所教授。同年、パノフスキー賞(アメリカ物理学会)受賞。2003年~06年、高エネルギー加速器研究機構長。2004年、文化勲章受賞。2005年、東京大学特別栄誉教授。2007年、ベンジャミン・フランクリン・メダル(物理学部門)受賞。同賞は世界の物理学賞の中でも特に権威の高いものとされており、これまで同賞を受賞した江崎玲於奈、小柴昌俊、南部陽一郎はノーベル賞も受賞している。このため戸塚洋二は、「ノーベル賞に最も近い日本人の一人」と言われながら、2008年7月10日に死去し、幻のノーベル賞受賞者に終わってしまった。この書籍は、「世界で初めてニュートリノに質量があることをつきとめた」偉大な物理学者の後世に残した遺書といってもいいのかもしれない。(STR:勝 未来)

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◆科学技術書<新刊情報>◆月刊Newton2012年7月号「特集:素粒子の世界」

2012-07-08 16:09:55 |    物理

書名:特集:素粒子の世界<月刊Newton(ニュートン)2012年7月号>

監修:村山 斉

発行所:ニュートン プレス

発行日:2012年6月7日

目次:プロローグ 素粒子とは何か
     身のまありのあらゆる物質は、結局、素粒子の集まりでしかない。素粒子を知ることは、
         自然界を知ることなのだ

   PART1“物質の素粒子”の仲間
     電子、クォーク、ニュートリノなど、物質を形づくる素粒子の仲間たちを紹介
    
   PART2“力の素粒子”の仲間
     “物質の素粒子”という役者だけでは自然界という劇は成立しない。役者どうしがおよぼ
         しあう「力」を知る必要がある

   PART3 素粒子物理学最前線
     万物に質量をあたえる「ヒッグス粒子」とは?宇宙を支配する「ダークマター」の正体は
         未発見の素粒子?

   PART4 最前線特別レポート
      現在、世界で最も注目をあびている研究機関「CERN(セルン)」。ヒッグス粒子探しの
          最前線をレポート

 2012年7月4日、欧州合同原子核研究機関(CERN<セルン>)は、「ヒッグス粒子」とみられる新しい粒子を99.9999%以上の確率で発見したと発表した。これは、2つの国際チームによる大型加速器を使った探索実験によるもので、年内にもヒッグス粒子と最終的に確認される公算が大きく、ノーベル賞級の大発見となるものとみられる。ヒッグス粒子は、宇宙や物質の成り立ちを説明する素粒子物理学の基礎である「標準理論」の中で、これまで唯一見つかってなかった素粒子。CERNでは、東京大学などの研究者が参加する「アトラスと欧米の研究者が参加する「CMS」の2つのチームに分かれ実験を行ってきたが、両チームとも2012年6月までの実験で、ヒッグス粒子とみられる新粒子の存在確率が99.9999%以上になったことを確認したもの。

 「ヒッグス粒子発見」のニュースは、新聞・テレビで大々的に報道されたので、素粒子に対する国民的関心が一挙に高まったと言えよう。我々の身の回りにある、ありとあらゆる物質は、「電子」と2種類のクォーク、すなわち「アップクォーク」と「ダウンクォーク」でできているが、これらの素粒子を研究する国際的な巨大実験施設として、スイス、ジュネーブの郊外に大型ハドロン衝突型加速器「LHC」が設置されており、今回のヒッグス粒子の発見も、このLHCがなくては到底不可能であった。LHCの建設費用は約9000億円で、東京のJR山手線の長さに匹敵する1周27㎞もあり、世界各国から1万人を上回る研究者が関わっている。LHCは、正に人類を挙げての一大実験施設なのである。

 現在の素粒子物理学の基礎となっている理論は「標準モデル(標準理論、標準模型)」であり、現在、この標準モデルを実証しようと世界の素粒子物理学者たちが、日夜奮闘しているわけで、今回のヒッグス粒子の発見は、この標準モデルが大きく一歩前進したことを意味する。標準モデルは、自然界にある4つの力(電磁気力、弱い力、強い力、重力)の統一にある。既に電磁気力と弱い力は、電弱統一理論により、統一的に理解することに成功している。現在、次の目標として、これに弱い力を加えた力の統一理論が研究されているのである。最終的には、さらに重力も加えて、全ての力を統一的に理解されることを目指している。何故、力の統一を目指すのかというと、「さまざまのものを少ない要素で美しく説明したいから」(村山 斉氏)である。

 このように、現在の素粒子理論は大きな飛躍を見せているわけであるが、素粒子理論の専門書はいずれも難しく、一般の人が理解するのは困難だ。しかし、ここまで大きなニュースになって、人々の関心を集めている素粒子について最低限の知識だけは持っておきたい、という熱いニーズに応えているのが「月刊Newton(ニュートン)」の2012年7月号の特集:素粒子の世界である。カラーのグラフィックスをふんだんに使い、初心者でも理解できるよう配慮されているのが嬉しい。極端な話、素粒子を全く知らないない者でも、丁寧にこの特集を読み終えれば、現在の世界の素粒子研究の最先端を理解することも不可能でない。東京大学カリブ数理連携宇宙研究機構の機構長である村山 斉が監修者となり、協力者に世界の第一線で活躍している人たちが参画しているので、内容的にも安心して読み通せる。(STR:勝 未来)

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