想像もできない凶悪事件が続きます。
私たちはどう生きればよいかと悩みますね。
◎
このブログにも書いたことがあると思いますが
塾あてに「フリコメ詐欺」のような電話があった
「事件」がありました。
十年近く前になりますか。
「塾に関する不都合がある、騒がれたくなければ
金を出せ。
塾の前に行って騒いでもいいんだぜ」
頭では「ははん、これか」と思うのですが
別の自分が「まんいち、本モノだったらどうする」
生徒に何かあったらどうする、
ご近所にも迷惑は掛けられない・・・
などと、非現実的であることなのに、心配になります。
○
念のため、警察に準ずる相談所にも
問い合わせをしました。
ところが、まったくピンとくる案内が戴けません。
『事件がおきたら警察へ』というくらいで
(現段階で何を出来るか)は、さっぱり。
あとで気づいたのですが、近所の塾に聞けば
「うちにもあったぞ」となるかもしれません。
実際に、よく知る方の処へも同種の電話があった
ということが、後になって分かりました。
ちょっと勇気をだして、恥をかけば済んだのに・・
○
最終的に、指定された私書箱に
「払えません」と手紙を送りました。
もちろん、それっきり
心配させられたのが腹立たしい。
◎
そんな、些細にすぎる体験でモノを言うのは
「をこの沙汰」で、お叱りを受けそうですが
ニュースで伝えられるかぎり、結局、何か
事件にならなければ、誰も助けてくれない・・
当人にしてみれば
何かあってからじゃ遅い
もしかしたら死んでいるかもしれない、でしょ。
警察に相談しても、事件は続いています。
今の警察では無理なのでしょう。
サボっているとは言いません。
知人から聞いても激務だそうですね。
現在、警察にできることは、あそこまでかも
しれません。
○
かといって警察がすごい力を持って取り締まる世の中も
たまりませんね。
○
結局、アメリカ式に(自分で自分を守る)しかないのか。。。
しかしそれは戦後日本が歩んできた道とは
正反対の道です。
大人は子供にどう言えばよいのでしょう。
「今まではAでやってきたけれど、近頃は世の中が
変わってきてしまったようだ。
もしかしたらAではなく、正反対だけれどBが正しい
世の中になるかもしれない。」
これじゃ説得力がありません。
私たちはどう生きればよいかと悩みますね。
◎
このブログにも書いたことがあると思いますが
塾あてに「フリコメ詐欺」のような電話があった
「事件」がありました。
十年近く前になりますか。
「塾に関する不都合がある、騒がれたくなければ
金を出せ。
塾の前に行って騒いでもいいんだぜ」
頭では「ははん、これか」と思うのですが
別の自分が「まんいち、本モノだったらどうする」
生徒に何かあったらどうする、
ご近所にも迷惑は掛けられない・・・
などと、非現実的であることなのに、心配になります。
○
念のため、警察に準ずる相談所にも
問い合わせをしました。
ところが、まったくピンとくる案内が戴けません。
『事件がおきたら警察へ』というくらいで
(現段階で何を出来るか)は、さっぱり。
あとで気づいたのですが、近所の塾に聞けば
「うちにもあったぞ」となるかもしれません。
実際に、よく知る方の処へも同種の電話があった
ということが、後になって分かりました。
ちょっと勇気をだして、恥をかけば済んだのに・・
○
最終的に、指定された私書箱に
「払えません」と手紙を送りました。
もちろん、それっきり
心配させられたのが腹立たしい。
◎
そんな、些細にすぎる体験でモノを言うのは
「をこの沙汰」で、お叱りを受けそうですが
ニュースで伝えられるかぎり、結局、何か
事件にならなければ、誰も助けてくれない・・
当人にしてみれば
何かあってからじゃ遅い
もしかしたら死んでいるかもしれない、でしょ。
警察に相談しても、事件は続いています。
今の警察では無理なのでしょう。
サボっているとは言いません。
知人から聞いても激務だそうですね。
現在、警察にできることは、あそこまでかも
しれません。
○
かといって警察がすごい力を持って取り締まる世の中も
たまりませんね。
○
結局、アメリカ式に(自分で自分を守る)しかないのか。。。
しかしそれは戦後日本が歩んできた道とは
正反対の道です。
大人は子供にどう言えばよいのでしょう。
「今まではAでやってきたけれど、近頃は世の中が
変わってきてしまったようだ。
もしかしたらAではなく、正反対だけれどBが正しい
世の中になるかもしれない。」
これじゃ説得力がありません。
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