味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

上を損じて下を益せば民は説んで疆まり无し。

2015-11-02 10:05:15 | ブログ
第2501号 27.11.02(月)
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上を損じて下を益(ま)せば民は説んで疆(きわ)まり无(な)し。『易経』
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 何が真の益かといえば、上のものを減らして、下々のものに増してやることである。そうすれば民の喜びは無限に大きい。
 主君の恵みは、人民全体を富まし喜ばせることで、それは結局主君自身の利益となる。230

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 【コメント】これは全体の調和なのでしょうが、今の日本は大体こういう状況下にあるのではないでしょうか。出来るものなら、既にご紹介しました『名君忠徳公』のようになれば世の中よくなると思います。
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 体操競技で、内村航平選手率いるチームが団体で優勝したと報道されました。そして個人では六連覇の偉業を成し遂げてくれました。心から祝福したいと思います。彼は喜びのあまり、ガッツホーズをして見せました。
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 その時思ったことは、ガッツポーズに代えて、四方に向って、恭しく体を直角に曲げて感謝の拝礼ができたら、歴史に輝く壮挙になるのだがと思いましたが、若い青年には詮無いことなのでしょうか。

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『臥牛菅実秀』(第39回)
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 それからは、たださえ苦しい生活を一層切りつめて雑用金は月一分ときめてしまった。妻はとてもくらしていけないとこぼしても、そんなら勝手にするがいいと取り合わない。そうして三年ほどたつと三十両の金がたまった。実秀はこれを先に嘲笑した男にみせて驚かせたが、
「おれは実のところ、金持になる気は、とんとないんだ。」
と、さっさと刀を買ってしまった。
 後年、西郷隆盛が自分の貧乏時代のことを実秀に話したことが『臥牛先生遺教』にのっている。
   西郷先生も始めは大困難せられし人なり。妻女がとても生きては居られぬというゆえ、さらば死んでくれといいたるが、さりとて死ぬものにあらずとて(西郷は)笑われき。

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 臥牛先生遺教。加藤景重(通称宅馬)が大正五、六年ころ、かつて実秀から教を受けた人々に請うて、その書を書きとめておいた聞書を集録したもの。
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『論語』(第434)
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 揚貨(ようか)孔子を見んと欲す。孔子見(まみ)えず。孔子に豚を帰(おく)れり。孔子其の亡きを時として、往いて之を拝す。諸(こ)れに途に遇へり。孔子に謂って曰はく、「来れ予爾(われなんじ)と言はん。」曰はく、「其の宝を懐いて其の邦を迷わす、仁と謂ふべきか。」曰はく、「不可なり。」「事に従ふを好んで、亟(しばしば)時を失ふ。知と謂ふべきか。」曰はく、「不可なり。」「日月逝く、歳我と与(とも)ならず。」孔子曰はく、「諾、吾将に仕へんとす。」
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 魯の大夫に押し上がった揚貨がしきりに孔子を招いて会おうとするが、孔子が応じないので、何とかして孔子が来訪せねばならぬようにしむけようと思い、孔子に豚の贈り物をした。大夫から物を贈られたときには、其家に行って拝するのが礼ということになっていたからである。しかし孔子はどうしても揚貨に面会したくないので、わざと揚貨の不在の時をねらって訪問し、礼を言い置いて帰ろうとしたら、折あしく帰り道で揚貨とバッタリ出あった。そこで揚貨は孔子に向ひ、「まあ宅へ来なさい、話がある。」と言うので止むを得ず其家に行って対談し、次のような問答があった。「せっかくの宝を懐中で持ち腐れにし、国が乱れ民が苦しむのを傍観して居るのは、仁と謂ふべきだろうか。」「仁とは申せません。」「政治をするはきらいでないのに、しばしば其機会をとりはずすのは、知と謂ふべきだろうか。」「知とは申せません。」「歳月流るるが如く、お前さんもだんだん年を取る、何とか思案したらどうだろうか。」「心得ました。いづれ其うちには御奉公致すこともござりましょう。」
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 寸評
  孔子を最高顧問にでも迎えようと思ふならば、いはゆる三顧の礼を尽すべきであるのに、自分の方へよびつけ大才に対して諸国をめぐって志を得なかったことを仁でない知でないと当てつけがましく非難して、それで孔子を承服させようとは、人の道に背くものである。孔子はこのような無法者を相手にしてもつまらぬと思われ、当らずさわらずの挨拶をして帰られたのであろう。

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『農士道』(第316回)
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 或者は日本精神の定義を下して、「日本精神とは日本の国体を明微ならしめ、益々之を発達せしむる精神なり」と。勿論この定義に何等の不可はない。然し、かくてはこれを亜米利加精神なり、露西亜精神なりに代入して「亜米利加精神(若しくは露国精神)とは、亜米利加の国体を明微ならしめ、益々之を発達せしむる精神なり」といった処で何等差支えが無いやうなもので、かかる形式論理的定義を幾等操った處で、そは畢竟日本精神の標本か化石かの研究であって、未だ生きた日本精神の研究ではあるまい。又、日本精神の特徴は曰く先祖崇拝、曰く清浄潔白----と、是れも勿論可である。然し若し其の一項目項目の徳目を分析的に拾ひ上げて比較したならば、これらの徳目中には他民族にも之を有するものが数々あるであろう。
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