毎日のできごとの反省

 毎日、見たこと、聞いたこと、考えたこと、好きなことを書きます。
歴史、政治、プラモ、イラストなどです。

航研長距離新記録樹立記録・解読

2019-08-05 15:01:25 | 軍事技術

 さすが国会図書館である。昭和二十年十一月号の「A二六長距離機・設計より記録飛行まで」として、木村秀政氏の論文があった。14ページほどのものだが、興味あるところだけ読み解いてみたい。項目は記事のものを採用した。全て旧かな遣いなので改めた。

 

●計画の発端

 まず驚いたのは「大東亜戦争」と書かれていることである。検閲によく引っかからなかったものである。この年位になると、あらゆるジャーナリズムが検閲されなくても、自己検閲で「太平洋戦争」と記していたからである。航研機と略称するが、陸軍と組んで朝日新聞が紀元二六〇〇年記念事業として、長距離飛行記録樹立を目指したものである。今の朝日新聞は頬かむりしているが、こんな計画をしていたのである。

 

●大きさの決定

エンジン出力は公表値、離昇1,170馬力はあてにならず、計画段階で1,100馬力とした。これは、公表値とは最良の条件下で得られるものだから、という考え方である。一体、研究畑の木村氏は、案外正直なのである。すると予想離陸重量15tから逆算して翼面積80㎡が決まる、という当時の標準的プロセスを踏んでいる。

 

●主翼の平面形に関する諸問題

大きな揚力係数を取るためには、全抵抗の3分の1が誘導抵抗となり、高速の戦闘機が10%程度であるのに比べ、著しく大きくなる。最近の旅客機にはやっている、ウィングレットは誘導抵抗減少の手法だとすると納得がいく。当時は縦横比増大しか手段はなかったのである。

縦横比の変化と、それによる構造重量の変化による航続距離の変化値の試算のグラフでは、最適が12.5となるのだが、木村氏は11で妥協した。構造上の自信がないため、と説明している。ちなみにB-24とB-29は、アスペクト比11.5を超えているので、研究機たる日本の研究機よりも米国の実用長距離機の方が理想的であった。そのことは次項の翼厚に関係する。

 

●層流翼の採用

層流翼は表面の平滑度が必要だが、研究機のため職人仕事を期待したのだが、戦時に作られたので目算が外れ、パテ埋めして重量が増えるはめになったが、それでも計算値以上の揚抗比が得られたのである。翼厚は付中心で16%、翼端で9%というのは、日本機としては大きい値なのだが、米独が18%は当たり前でB-24では22%だったことを考慮すると、構造重量では不利となる。これを鳥養鶴雄氏は、軍が高速性能を要求したため薄翼にしたため、としているが、当時の日本では一般的傾向であったのだろう。

興味深いのは、翼端にいくにしたがって、カンバー値が減るので、零揚力角が自然と減少するので、幾何学的に捩じり下げをつけなくても、空力的に捩り下げがついている、という記述である。製造上の手間を惜しまない研究機にしては、生産性上に合理的構造である。

 

●ナセル・胴体

前抵抗に占めるナセルの抵抗が大きいことと、失速特性が悪くなりやすいのに、既存の研究成果には、双発機のナセルに関する研究がない、と嘆いているが、風洞実験の段階でこれに気づいているのは流石である。川崎航空機の双発機は、ことごとく実用段階でナセルストールに悩まされているからである。何とキ-102では、尾脚の長さを増やして迎え角の低下を図ると言う姑息な手法をとっている。本機のようにナセル上下面の形状に工夫をこらしているのが正解である。

英米独では、この問題についてよく研究されている。ひとつはP-38のツインブームである。これではナセルストールは起きようがない。

 

●安定性・操縦性

最大の疑問がこの点である。木村氏は縦安定の良好な重心の許容範囲は相当翼弦の25から30%の範囲だと言うが、小生が習ったのは空力中心である25%相当翼弦を重心の標準として、安定をより良くするには重心がそれより前方で、後方では悪化するが操縦性の感度は良くなるが、30%が限界である、と言うものであった何と本機では38%にとったというのである。

一式陸攻は最終型で後方重量増加により、32%相当翼弦まで重心が後退したために縦安定対策を取った。小生の常識と一致する。それを考慮すると長距離飛行するだけなのだから、本機では縦安定の良さは必須と思われるのに、38%に置いたというのは意外である。ちなみに本論文で、縦安定の改善には、水平尾翼の上反角を増やして、主翼やナセルの後流の影響から除く、と書かれていて、一式陸攻が縦安定対策で水平尾翼に上反角をつけた理由が、ようやく理解できた。小生の不勉強も甚だしい。しかし本機の重心位置の疑問は解けない。

風洞実験では重心位置35ないし38%までは縦安定が非常に良い、と書かれている。確かに本機のテールボリュームは大きそうだが、主翼面積と弦長が大きいので、それほどでもないだろう。機体に燃料を満載した対策が必要と考えられるが、それにしても38%は常識的に後ろすぎているのに、理由が書かれていないのは、小生の理解力不足であるとしか考えにくい。読者の意見をお聞きしたい次第である。

一応の小生の答えを書こう。安定を得るためにはテールボリューム計算の一部の、(テールアーム長×水平尾翼面積)のうち、抵抗減少のため水平尾翼を小さくすれば、テールアームを長くしなければならないが、一面で縦の静安定は変わらないが動安定は改善される。静安定が悪くても操縦でカバーできるが、動安定は発散する可能性があるので操縦ではカバーできない。

ところが、テールアームを長くすると重心が後退するので、38%まで許容することにしたのだ。すると静安定が悪くなる、という悪循環となるように思われるのだが、当初の設定からの、設定を変更する、といういたちごっこになるのだが、これは設計の宿命ではなかろうか、と思うのである。結局鶏と卵とどちらが先か、という話となる。どうしても小生には、長距離機であることが直接的空力的に重心位置を標準よりかなり後退させる、という理屈は考えられない。

垂直尾翼の翼面積不足対策の背びれの効果は教えられた。垂直尾翼の製作治具ができてから垂直尾翼面積の不足を発見し、上方に延長するとともに、背びれを付加することにした。その効果は、①横滑り時の垂直尾翼失速防止②小横滑り角時の垂直尾翼の効きが良くなる、という二点だそうである。九九艦爆は不意自転対策で背びれを付加したのとは違い、とにかく背びれはあった方が悪いことはない、ということになる。自身が飛行機マニアの木村氏は、その結果美しい機体となった、手放しで喜んでいる。

 

●ナセル計画の失敗

前述のようにナセルの設計には苦労しているが、「・・・コマンドの設計を表面的に模倣したための失敗である。」と正直に言っている。

<所管>F-2の設計物語も読んだが、A-26の時代は、設計主任が細部に渡って目配りができる、おおらわかな時代であったことを痛感する。現代はシステムが複雑になり過ぎているのだ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿