1.1990年モデルアート社刊の第2次大戦ドイツジェット機
航空機に関する雑誌や刊行物は多い。その中で、飛行機の性能等について書いた記事がある。鳥養鶴雄氏のように、設計の経験のある人物の記事は別として、多くの記事において、子細な機体のディティールには驚くほど詳しいにもかかわらず、一方で初歩の物理さえ知らないと思われる記事が少なからずある。
航空機そのものではないが、以前、艦艇には左右に非対称性がないにもかかわらず、航空母艦の艦橋は、わずかな例外を除いて、右舷に設置されているかを説明して、世界の艦船誌の投書欄に掲載されたことがある。読んでいただければあまりに単純な話だが、その程度のことを日本の関係刊行物で説明したものが無かったのである。ここでは、その例を掲げる。
He280の記事である。曰く「・・・尾輪式では、ジェット排気が水平に流れず地表にあたってしまい、離着陸時のパワーを殺してしまうので、前車輪式は理にかなっていた。」という。物理の初歩さえ知っていれば、こんなことは考えない。推力はガスを高速で噴出する反動で得られるから、噴出したガスが、その後どこに当たっても推力は変化しないのは自明である。
初歩的な例えをすれば、ボールを投げるとボールが進む反対方向に、人間は押される。しかし、人間の手を離れたボールが、その先地面に当たったからと言って押される力に変化はないのである。航空技術に関する記事を書く者が、この程度の物理を理解していないのは不可解である。
もっともジェットエンジン機の前車輪式は、高温のガスが、滑走路に直接当たらないと言うメリットはある。
2.ミリタリー エアクラフト・1998年3月号
零戦五四型の記事である。プロペラによる推力は直径が大きいほどよいことと、日本機は軽量化のためにプロペラ直径を小さめにとる傾向があることを述べたうえで、次のように書く。
話を五四型丙に戻すと、直径が10cm増えたことにより、推力はざっと5%も増える計算になる。「たった5%」というなかれ、これは大変な値である。これで最大速度と上昇力は2~3%増えることになる。五四型丙による性能向上は実はエンジン換装ではなく“プロペラ換装”による可能性がある。となると、果たしてエンジン換装は必要だったか、という深刻な疑問も生じる。結論から先に言うと「エンジンを換装せず「栄」を改良してプロペラ直径を伸ばすという手もあったのではないか?」ということである。
・・・「栄」系列は日本で最大の量産エンジンで、基本性能も優れている。このエンジンの減速比をもう少し大きくして、プロペラ直径を3.15mとすれば同じ結果が得られたのではないか。
というものである。これは金星エンジンに換装したにもかかわらず、最大速度の向上が2~3%程度でしかないことから考えた結論であろう。この文章を総合すると、エンジンの出力が増えようが、増えまいが、プロペラの直系の増加によって推力は増加するから、最大速度も増加する、という実に奇妙な結論となる。
プロペラ直径を増やして推力が増える、というのは風呂ベラの断面の寸法も形状も変えず、回転数もピッチも変更しない、という場合である。それはエンジン出力を増加しなければ不可能であるのは、明白である。だから筆者が自ら書くように、プロペラ直径を増やして回転数を落とさないと栄エンジンでは10cm増えたプロペラを回せないのである。当然回転数を落とせば、金星エンジンと同じ推力は維持できない。この文章はこういう矛盾を平然と犯している。
百式司令部偵察機の例を見よう。Ⅱ型は離昇出力1,080馬力のエンジンで604km/hの最大速度を得ている。三型は離昇出力1,500馬力のエンジンで630km/hの最大速度に向上している。しかしプロペラ直径は同じ2.95mである。先の文章の理論ではこのことを説明できない。