ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

猪鹿猿と鼠猫人

2014年11月14日 | 沖縄01自然風景季節

 中学生の時、私は決して不良少年ではなかったが、賭け事をして(不良か?)遊ぶことがたまにあった。ソロとかカブとかいう名前のトランプゲームがあった。何人かで遊び、それぞれにカードを2枚ずつ配り、その組み合わせで勝ち負けを決める。スペード、ハートなどの柄別にA、K、Q、J、10、9・・・と2枚揃ったらソロと言い、その順に強い。A、K、Q、Jはそれぞれ10点とし、2枚の数字を足して下1桁が9になるとカブと言い、それがその次強く、8、7、6・・・の順になる。0点はブタと言った。
 トランプの他に花札もやった。重ねて言うが、私は決して不良少年ではない。親しい友人にそういうのが好きな者が何人かいて、付き合わせられただけだ。付き合いでやって楽しく遊んだだけだ。楽しく遊ぶ、健全である。大人になってからだが、正月になると家に伯母が来て両親と一緒に、僅かな金額を賭けて花札を楽しんでいた。私はそれに参加しなかったが、家の中に明るい笑い声が満ちた。正月早々明るい家、健全である。

 花札の遊び方、中学生の時なのでもうほとんど忘れてしまったが、2通りあり、1つはトランプのカブと同じように2枚ずつ配って、2枚の数字を足して下1桁が9になるとカブと言い、それが一番強く、8、7、6・・・の順になる。もう一つの遊びは点数の多さを競った。花札には役(やく)というものがあり、それが大量点となった。私が覚えているのは五光、月見、花見、松竹梅、いのしかちょうなどといったもの。
 いのしかちょう、漢字で書くと猪鹿蝶、札にそれらの絵が描かれている。語呂が良いので、私はその役を早く覚え、それらの札を集めるのが好きであった。
  表題の猪鹿猿。何のことかと言うと、9月末、岐阜の伯母を訪ねた際、伯母の口から出た言葉で、「この辺りには猪と鹿と猿がいっぱいいて、畑の作物を荒らすのよ。」とのこと。「いのしかさる」から花札を思い出し、こんな前書きとなった。

 「沖縄にはいないの?」
 「猪はヤンバル、沖縄島の北部のことだけど、そこには多くいて、やはり畑の作物を荒らすと大宜味(おおぎみ)、ヤンバルの村の一つだけど、そこで有機農業をやっている知人から聞いている。鹿は慶良間にしかいな い、それも本土から持ち込んだもので、沖縄には元々いない。猿は動物園にしかいない。野生は元々いないようだ。」
 「ということは、あんたの畑には作物を荒らす動物はいないってことね。」
 「いや、自分は直接被害を受けたかどうか確認できていないけど、野ネズミはいる。近所の先輩農夫の話では、あれこれ悪さをすると言っていた。」
 「ネズミくらいなら大した被害はないんじゃない?」
 「それと、野良猫がいる。作物を荒らしているかどうか不明だけど、一度、畑小屋に置いてあった私の食べ物を盗まれたことがある。あっ、そうだ、大きな被害を与える動物がもう一匹いた。隣のキャベツ畑はそいつに600個ものキャベツを盗まれた。」
 「盗まれたって、あーそうか、野菜泥棒がいるってことだね。」
 岐阜で畑の敵となる(哺乳)動物は猪鹿猿のようだが、私の近所では人がいる。
     
     

 記:2014.11.11 ガジ丸 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行


ショウリョウバッタ

2014年11月12日 | 動物:昆虫-直翅目(バッタ他)

 無知の成せる自慢

 ガジ丸HPを始める前までの私は、子供の頃も含めてずっと、虫などに興味を持っていなかった。だから、この1年でだいぶ覚えはしたが、虫の名前をあまり知らずにいた。名前は知っていても、その実物を知らずにいたものも多い。アゲハチョウ、モンキチョウ、モンシロチョウ、ヤンマトンボ、クマゼミ、アブラゼミなど、チョウやトンボやセミなど実物を見る機会は多くても、どれが何やらはずっと知らずにいた。
  バッタの仲間も同じで、トノサマバッタなんて有名バッタも、名前は知っているが、どれがトノサマバッタなのかは知らなかった。なのであるが、ただ一つ、ショウリョウバッタだけは、「これはショウリョウバッタである」と言明できたのである。ショウリョウバッタは、バッタの中では特徴のある形をしていて判りやすいからである。ところが、前に撮った写真で、これはショウリョウバッタの仲間であろうと思ったバッタが、調べてみると違うバッタであった。オンブバッタという名前だった。もしかしたら子供の頃、オンブバッタを捕まえて「これはショウリョウバッタだ」と、私は自慢 していたかもしれない。

 以上の文、書いたのは9年近く前。それ以降、ショウリョウバッタもオンブバッタも何度も観察している。虫などに興味を持っていなかった私でも、今は両者を区別できるようになっている。・・・が、ショウリョウバッタモドキという種があり、それは沖縄にも普通に生息しているらしい。もしかしたら私は、ショウリョウバッタモドキを捕まえて「これはショウリョウバッタだ」と自慢しているかもしれない。

 
 ショウリョウバッタ(精霊蝗虫):直翅目の昆虫
 バッタ科 本州以南、南西諸島、東南アジア、南欧に分布 方言名:シェー
 名前の由来は資料が無く不明。漢字の蝗虫は広辞苑にあったが、バッタという名の由来も不明。精霊も広辞苑から、ショウリョウトンボという項目が広辞苑にあり、「精霊祭のころに多く現れるので」と由来が書かれてある。精霊祭はお盆の頃、本種の出現も夏なので、同じ理由で精霊と付いたのかもしれない。正確なところは不明。
 このバッタは形が独特なので、子供の頃から私もその名前を知っていた。文献に「キチキチバッタという俗称がある」というのを見て、さらに懐かしく思う。そうだ、確かにキチキチバッタという名でも呼んでいた。雄が飛ぶ時にそういう音を出す。
 体長雄42ミリ内外、雌72ミリ内外。体色は緑色型と褐色型があり、なお、個体によって多少の色彩変異もあるとのこと。オンブバッタは雄が雌よりずっと小さいが、本種もまた、雄は雌より一回り小さく、やや細身とのこと。出現は5月から11月。
 
 八重山産

 記:ガジ丸 2005.12.5 →沖縄の動物目次
 訂正追記:2014.10.11

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行
 『学研生物図鑑』本間三郎編、株式会社学習研究社発行
 『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』福田春夫、他著、株式会社南方新社社発行
 『琉球列島の鳴く虫たち』大城安弘著、鳴く虫会発行


オンブバッタ

2014年11月12日 | 動物:昆虫-直翅目(バッタ他)

 甘えん坊の父ちゃん

 10月18日は母の命日だった。去年が七年忌で今年で満7年となる。早いもんだという感想。「他人の世話にはならない」性格の母だった。持病が悪化して入院して、しばらくたって一時退院した時、「買い物して、荷物がある時は家の階段の上り下りがきつい」と言っていたので、「そういう時は連絡しろよ、手伝うから」と私が申し出ても、一度も連絡が無く、その内、再入院して、あの世へ旅立った。
  父が死んでからは満4年半になる。父は真面目に働く公務員で、真面目に働いて2度も家を建て、親を養い、子を養い育てた。立派な男だと思う。ただ、母に対しては大いに甘えていたと私には見えた。「他人の世話にはならない」性格の母に対し、父は甘えたがり性格だったと思う。昔の男性がそうだったからかもしれないが、縦の物を横にもしないことがあり、「あーしてくれ、こーしてくれ」と母に対する要求は多かった。職場ではシャキッとした人だったかもしれないが、家では母に「おんぶに抱っこ」みたいだった。

 オンブバッタは、雌より一回り小さな雄が、雌の背中に乗っているところをよく見る。そういうところからオンブという名が付いているようである。雌の上に雄が乗るのは他の昆虫でも見られることだが、それは概ね交尾の際の体勢である。オンブバッタもそうだと思われるが、もしも、交尾の時以外でもオンブされていることがあるのだとすれば、よほど甘えん坊の父ちゃんである。小さいからといって、それじゃあ子供だぜと思う。
  オンブバッタの、甘えん坊の雄に比べられたら、父も「何でそんなのと俺とを同じ土俵に置くんだ!」と、あの世で怒るかもしれないが、父は母より大きく、母より力も強かった。細かいことは母に頼ったが、家の中の大工仕事や、腕力のいる作業は父が率先してやっていた。母が病気とか疲れている時などは、洗濯もし、料理もした。オンブバッタに比べればずっと優しい、頼もしい雄だったのである。
 さらに言えば、私の父は、精神的には母に「おんぶに抱っこ」だったかもしれないが、母をおんぶすることはあっても、母におんぶされることは1度も無かった。

 
 オンブバッタ(負蝗虫):直翅目の昆虫
 バッタ科 本州以南、南西諸島、朝鮮、中国に分布 方言名:シェー
 名前の由来、漢字の蝗虫は広辞苑にあったが、バッタという名の由来は不明。オンブについては『沖縄昆虫野外活動図鑑』に「雄は雌よりひと回りほど小型で、しばしば雌の背に乗っているところから」とあった。『沖縄昆虫野外活動図鑑』の写真も私の写真の1枚もそんな絵。交尾時だと思われるが、ただ単に甘えているだけなのかもしれない。オンブを広辞苑で引くと漢字表記が負とあった。これは長年生きてきて、初めて知った。 
 体長雄25ミリ内外、雌42ミリ内外。平地でも山地でも草地や畑などで普通に見られる種。体色には緑色型と褐色型がある。稀にキク科植物を食害することがあると『沖縄昆虫野外活動図鑑』にあった。キク科植物、私の畑には時期によってレタス、ゴボウ、シュンギクなどあり、キクイモ、ヨモギは年中ある。気を付けよう。出現は4~12月。
 
 脱皮
 
 褐色型の雌

 記:ガジ丸 2005.12.5 →沖縄の動物目次
 2014.10.11訂正加筆

 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行
 『学研生物図鑑』本間三郎編、株式会社学習研究社発行
 『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』福田春夫、他著、株式会社南方新社社発行
 『琉球列島の鳴く虫たち』大城安弘著、鳴く虫会発行


ゴボウ短命

2014年11月07日 | 通信-社会・生活

 昨日(6日)午前3時過ぎ、左腰から左膝裏にかけての痛みで目が覚めた。痛みというのか痺れというのかよく判らないが、今までに経験したことのない症状。深呼吸を数分やり、瞑想を10数分やって、やっとその症状を何とか無くすことができた。
 左腰から左膝裏にかけての痛み、その原因は間違いなく畑仕事。1日9時間(実働8時間)の多くを私は雲子座り(和式の)の体勢でいる。その体勢は腰にも負担があるが、また、腰から下の血行を不良にもしている。それが痛み、または痺れの原因であろう。
 体の不調は腰だけでは無い。私の右肘、右手首、両手の指の関節は正常では無い。このところ長い時間続けている土ほぐし作業。ヘラで土を掘り起こし、その土塊を両手で握って潰し、片手で握って潰し、さらに指で押し潰して細かくしている。土を掘り起こすのは右肘と右手首にダメージ、土塊を潰すのは両手の指関節にダメージとなっている。もしも右手が使えなくなったら大いに困る。私は、左手で箸を使う、歯を磨く、雲子の後の尻を拭くなどの訓練をしていない。むろん、腰が使えないことになったらもっと困る。
          

 畑の向かいには墓がいくつか並んでいて、時々それらの家人が掃除しに来る。一昨日水曜日、墓の一つを男性が一人で掃除していた。沖縄の墓掃除はたいてい清明祭と旧暦七夕の年2回が決まり、先祖思いの人ならば親の命日とか春秋の彼岸の日にもやるかもしれない。「親の命日かな?」と特に気にもせず、コツコツと土ほぐしを続けていたら、掃除を終えたらしいオジサン(たぶん私と同年代、なので堂々とオジサン)が、私が作業する近くまでやってきて、私に声を掛けた。「ちょっと話していいですか?」と。
  もちろん、断る理由は無いので、肯いて、畑の中へ招いた。「家に小さな畑があり、以前は親がやっていたが、体が思うように動かなくなって、今は自分がやっている。畑は難儀な仕事だ」と始まり、「前から見ているけど、やっと畑らしくなったね、最初は遊びでやっているんだろうと思っていたよ」とか、「友人が広い畑をやっているけど、機械使ってやっているけど、それを見ても俺には無理だなぁと思うよ」とか話し、「農薬使わないの?」とか「堆肥も入れないの?」とか「耕運機使わないの?」とか質問される。

 「見ていると、手作業で耕しているみたいだけど耕運機使わないの?」
 「初めはそれも考えたけど、年が経つうちにだんだん土が軟らかくなっているので、これなら手作業でできそうだと思って、耕運機購入は延期している。」
 「いやー、それはしかし、これだけの広さを手でなんて大変だよ。」
 「まあ、こうやって体を動かせば健康にも良いかと思って。」
  「いやいや、ゴボータンメーということもあるよ。」
 「ゴボータンメー?」・・・タンメーとはウチナーグチ(沖縄口)で爺さんのこと。私の痩せた体を見て、ゴボウのような爺さんを連想したのだろうかと思ったが、
 「知合いの爺さんにゴボウ作りを始めた人がいた。ゴボウを収穫するにはショベルで土を深く掘らなければならない。その作業がとても力のいる作業で、その爺さん、腰を痛めて早々と引退したんだ。あんまり無理すると、却って人生を早く終わらせてしまうよってことだ。」とすぐに説明された。仰ることはもっともだと私も思った。そこで考えた。腰に痛みがあったら、肘に手首に痛みがあったら、そのつど休憩を取ろうと決めた。
          

 記:2014.11.7 島乃ガジ丸


憧れの芋蔓式

2014年11月07日 | 通信-環境・自然

 倭国の芋(甘藷:サツマイモのこと)掘りをテレビで観たことがあるが、芋蔓を手繰っていくと芋が次から次と出てくる。これぞ芋蔓式、「芋蔓をたぐると次々に芋が出てくるように、一つのことに関連して多くのことが現れるさま」(広辞苑)とのこと。
 芋蔓式に芋を収穫することは沖縄では困難。私自身経験無いし、聞いたことも無い。沖縄の土は粘土質だ。蔓を引っ張ったら蔓がすぐに切れてしまう。粘土質の土は湿っていると粘土だが、乾くと石のように硬くなる。そんな土で沖縄の農夫は作物を育てている。
 全くの粘土を、耕したり、有機質改良材(腐葉土など)を混ぜたり、雑草の根によっていくらかほぐされたりして、畑の土は多少、粘土質から脱するが、それでも粘土、倭国のサラサラした土とは全然違う。「それでもいつかは芋蔓式に芋を収穫したい」と見習い農夫の私は夢を抱いている。芋だけでは無い。ニンジン、ダイコン、ゴボウなど地中にできる作物を、今はショベルで周りを掘って収穫しているが、それらも手で引けばスッと抜けるようにしたい、そのために、耕したり、草を乾燥させて土に混ぜたりしている。

  私が300坪の畑地を借り、なっぴばるを始めたのは一昨年の夏、最初に土を耕した時はとても硬かった。ショベルで掘り起こし、掘り起こした土の塊をショベルの先で突っついて細かくする作業であった。ショベルの先でも歯の立たないほど硬い塊もあった。「こりゃあ、手作業では無理だぜ」と耕運機を買うことにし、そのため車を耕運機を載せられるような車種に買い替え、耕運機を保管できる物置まで建てた。
 畑を始めて2年が経った。12ある畝の中には1回しか耕したことのない箇所もあり、そこはまだ硬い。土をほぐすにはショベルを要する。ただ、数回耕した畝もあり、そこは片手で使う小さな農具ヘラで掘り起こせる。掘り起こした土の塊は手で握って崩すことができる。「こりゃあ、手作業でも何とかなりそうだ」と、耕運機購入は延期した。
  そして、畑の土をヘラで掘り起こし、手の力でほぐす、その作業をこの一ヶ月続けた。ヘラで掘り起こし手でほぐす作業はしゃがんでやる、いわゆる雲子座り(和式の)だ。この姿勢は腰に大きな負担となる。ヘラで土を掘り起こす作業は右肘、右手首に大きな負担となる。土塊を手でほぐす作業は両手の指の関節に大きな負担となる。というわけで、私は今、腰、右肘右手首、両手の指が痛い。9時間(実働8時間)その作業を続けた日などは、家に帰って料理をする際など、鍋を持ったりするだけで傷みが走る。

 この約一ヶ月間で、4畝(1畝約3坪)の土ほぐし作業をやり、昨日木曜日でやっと終了した。時間がかかったのは雑草であるコウブシ(ハマスゲ)の地中の芋の除去、チガヤの根ごとの除去などもやったからだが、もし、私が若い頃ならもう少し早くできたかもしれない。若い頃なら無理をしたに違いない。今は若くない。体を壊したら元も子もないと思って無理はしない。ゆっくりやっている。それでも、筋肉は悲鳴をあげている。
 筋肉は悲鳴をあげているが、それでも土ほぐし作業を続けた。休憩時間にストレッチをやり、家に帰ってからもストレッチをやり、何とか老いた筋肉を奮い立たせ、毎日コツコツと土ほぐしを続けた。私にそんな努力をさせている理由が芋蔓式なのだ。
 一昨年より昨年、昨年より今年と土は間違いなく軟らかくなっている。それが私の希望の光、さらに続ければいつかはと、芋蔓式に憧れて私はコツコツ耕している。
          
          

 記:2014.11.10 島乃ガジ丸