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ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

暑くても彼岸は彼岸

2010年12月18日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 今日は9月21日、昨日が彼岸の入り。「暑さ寒さも彼岸まで」というが、今年はそれがあてはまらない。・・・暑い。今、夜7時。部屋の温度は32度。先々週だったか、沖縄は珍しく涼しい8月となった、なんてことを「ガジ丸通信」に書いたが、ところが、9月に入ったら暑い。沖縄気象台のデータを調べたら、9月の平均気温は平年値を超えている。最低気温の平年値は上旬、中旬が25度台、下旬は24度台、であるが、今年は昨日までの平均が26度を超えている。太陽の熱の威力は8月に比べるといくぶん落ちているので、コンクリートの輻射熱は弱まって寝苦しさは少し和らぐ。それでも夕方からしばらくは、32度という気温、暑い、扇風機もこの時間は役に立たない。汗だらだら。
     

  今日は9月22日、明日が彼岸の中日。「暑さ寒さも彼岸まで」というが、今年はそれがあてはまらない。・・・というのは昨日と一緒。暑い。今日は久々の現場仕事。それも肉体労働。しかも穴掘りという重労働。血豆を作り、筋肉の使い過ぎで今、箸を持つ手が震えている。歳を感じる。若い頃は平気だったのに、今はすごく堪える。
 Tシャツを3回替えた。2時間も動いているとびっしょり汗をかく。びっしょり濡れたTシャツを干して新しいのに着替える。その2時間後、汗に濡れた着ているTシャツを干し、干していたTシャツに着替える。これを繰り返す。濡れたTシャツは2時間ですっかり乾く。それほど太陽の熱光線は強烈。汗はとめどなく滴り落ちる。

  今日は9月23日、いよいよ彼岸の中日。今年は例年に無く暑い彼岸となったが、それでも彼岸は彼岸。今宵はおはぎを肴に日本酒を飲もうと予定している。さて、ところで、そのおはぎ、本名は萩の餅という。軽く突いた米を小さく丸めて餡子や黄な粉などをまぶしたものであるが、広辞苑を見ると、「煮た小豆を粒のまま散らしかけたのが、萩の花の咲きみだれるさまに似る」とあった。なんと、「煮た小豆を粒のまま散らしかけた」というのは沖縄の餅「フチャギ」のことではないか。そうか、やはり、倭国でも昔はフチャギを食っていたのだ。フチャギこそが正統派なのだ。それではフチャギを今日の肴にしなければとスーパーに行く。が、フチャギは6個が1パック、とても食いきれそうに無い。仕方なく当初の予定通り、おはぎを買うことにした。おはぎは4個入りだった。

 沖縄での彼岸は「祖先供養のまつり」と文献にあった。「仏前に餅や重箱料理と酒を供える」ともあった。確かに、スーパーにはお彼岸用の食物がいくつも並んでいた。
 なお、萩の餅は、牡丹に似るからボタモチ(牡丹餅)ともいうと広辞苑にあった。
     
     

 記:ガジ丸 2005.9.21~23 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行


薬草の飲み屋

2010年12月18日 | 沖縄05観光・飲み食い遊び

 近くに住んでいる設備工事会社の社長Gさんに誘われて、先週土曜日(17日)飲みに行った。Gさんとは、Gさんの住まいと私の住まいのちょうど中間辺りにある、ゆし豆腐の美味しい店でだいたい飲むのであったが、この夜は、
 「アバサー(ハリセンボンのこと)汁とクース(古酒)の美味しい店がある」と言うので、そこへ連れて行ってもらった。場所は、私の住まいにだいぶ近いところにあって、小さな看板、入り口は薄明かり、暖簾も提灯も無しで、あまり目立たない。この辺り、散歩でちょくちょく通る私だが、目立たないせいで、店の存在はまったく知らなかった。
 中は意外と広い。10人は座れそうな長いカウンターが、地面に棒で線を引いたみたいに置かれている。外と内とを何となく区切ったような雰囲気。12畳ほどの座敷があり、大きな座卓が二つ、これも無造作に置かれてある。座卓の上には暖簾が広げられて、出そうかどうしようか悩んでそのまま、といった感じ。客がいた気配は微塵も無い。
  ママさんは五十代後半の、サッパリといった雰囲気を持った人。しかも、言葉、表情、所作、身なりなどはきちんとしている。そんなママさんと、店の雰囲気が合わない。店内は何か無造作というか、大雑把というか、雑然というか、混沌というか、そういった不思議な空気である。で、不思議に思って、訊いた。
 「この店、いつからですか。最初から飲食店じゃないですよね。」
 「2年前からよ。その前は携帯電話の会社だったわ。」との答え。
 事務所のフラットな床にカウンターを置き、冷蔵庫、食器棚を置き、座敷を置いただけのようだ。床も壁も天井も特に手を加えて無い。「そうか、この大雑把な雰囲気は、職場の事務所で酒を飲んでいる気分なのか」と私は気付いた。
 店内の雰囲気は、だから、全然色っぽくない。カラオケも無いので煩くない。こんな飲み屋そうあるもんでは無い。そして、ママさんの雰囲気は上質。ママさんの料理はさらに上質。自分で畑を持ち、そこで採れた無農薬の沖縄野菜を、それらの特質を十分理解したママさん独特の料理で食べさせてくれる。クース(古酒)も上質だった。
 この夜、私が頼んだ沖縄ものはハンダマチャンプルー。美味しかった。他に、お通しで出されたオカラ、モロヘイヤのお浸し、モーイドーフなども上質だった。
     

 記:ガジ丸 2005.9.20 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行


だんごと酒と月

2010年12月18日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 昨夜(18日)は十五夜、中秋の名月。沖縄でも月見の行事はある。八月十五夜をハチグヮチジューグヤーと発音し、元は、農作物の豊作を祝う行事。
 沖縄の飲食で紹介した沖縄の餅「フチャギ」を供えるのはこの日。沖縄の草木で紹介したまだ穂の出ない「ススキ」を飾り、フチャギを食い、夜には厄払いの爆竹を鳴らし、小豆の入った赤飯を食う。農村では豊年祭が行われ、老若男女打ち揃って歌い、踊る。ウミンチュ(漁師)の町糸満市では伝統ある綱引きが行われ、大きな祭りとなっている。

 十五夜の夜、私はみたらし団子を食った。スーパーには、フチャギが6個入りのパックしかなくて、とても一人では食い切れそうに無かったからだ。そして、みたらし団子の味には合わないだろうと思われるかもしれないが、月見の酒は赤ワインにした。酒の肴に鶏腿肉のガーリックソテー、ブロッコリー添えを作ったからだ。
 鶏腿肉のガーリックソテー、ブロッコリー添えは、じつは前夜の酒の肴に予定していたもの。その夕方、知人の設備会社の社長であるGさんから電話があって、飲みに誘われ、冷蔵庫にそれらの食材を残したまま飲み屋へ出かけたのであった。別項「寝相の悪いドジ野郎」で書いた通り、右手が思うように動かなくて、記事書き作業もはかどらなくて、少し鬱陶しい気分に陥っていた私は、良い気晴らしだと即座にOKしたのであった。
 Gさんが誘ってくれた飲み屋は沖縄の野菜、薬草を酒の肴にした面白い飲み屋さんで、店の作りも大雑把で、何とも不思議な店であった。店の話は長くなりそうなので、詳しくは別項「薬草の飲み屋」で、まだ書いてないけど述べるとして、翌日の十五夜のこと。

  昼間、買い物に出る。冷蔵庫に鶏腿肉、ブロッコリー、キューリ、ハムなどワイン用の酒の肴があることをすっかり忘れている。「今宵は月見だ、団子だ、日本酒だ。」と考えながら、みたらし団子、エダマメ、北海道産新鮭の切り身、豆腐、豆腐に乗っける高菜漬としらすを買う。家に帰って、冷蔵庫を開け、「あら、まあ」となる。
 日本酒をワインに変更し、鮭はバターソテー茹でネギ添えに変更し、豆腐料理は中止となる。エダマメをビールの肴、団子と鶏肉と鮭はワインの肴。それらを全部食った。久々に腹一杯となる。日頃小食の私は苦しくなって、名月をちらっとも拝まないまま10時過ぎに寝る。団子の甘さでワインは不味かったし、「何たる月見だ!」と思いつつ。
 早く寝たせいで夜中目が覚める。窓から月明かりが煌々と射していた。外に出て、頭上の月を拝む。団子も酒も無い月見をする。見事な満月が夜空にポッカリ浮かんでいる。家々の灯りは消えている。月に照らされた木の葉が夜風に揺れる。ユラユラと光が揺れ、ザワザワと葉が鳴る。深い孤独を感じた。やはり「何たる月見だ!」だった。
     

 記:ガジ丸 2005.9.19 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行


エイサー

2010年12月18日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 盆踊りというと、夏の夜、やぐらの周りを、手を左右に振りながらグルグル回り歩く踊りを思い浮かべてしまうが、盆の踊り、と間に”の”を入れて、かつ”沖縄の”とつけると、ウチナーンチュである私なんかは、まずエイサー以外思い浮かばない。
 その昔、私がまだ青春だった頃、付き合っている女がコザ(現沖縄市)の人で、たまにコザの街で夜を過ごすことがあった。彼女の親がアパートを所有しており、その空いた一室が、我々の愛の巣となっていた。そんなある夏の日の夜、
 「今日これからエイサーの練習があるから見に行かない?」と言う。高校生の頃から「民謡でチュウウガナビラ(今日のご機嫌を伺います)」というラジオ番組をよく聴いていた私は、郷土愛に溢れた若者であり、エイサーのことも、それが盆の時に演じられる伝統芸能であることは知っていた。テレビでは観たこともあった。しかしながら、エイサーは沖縄本島中部(コザ市、具志川市、石川市など)では盛んであったが、私の住んでいる那覇市ではほとんど(当時はたぶん皆無)残ってなくて、実演を観たことはかつて無かったのである。行けば、彼女の幼馴染たちに冷やかされるかもと思わぬでも無かったが、エイサーを観たいという気持ちがはるかに勝り、彼女に付いて行ったのであった。

 今まで生きてきて多くのことに感動してきたが、あの夜の感動は5本の指に入るくらいの、今なお忘れられぬ大きな感動であった。エイサーの本番はお盆のウークイ(送り)の日、その日のための練習を、その地域の若者たちがやっていた。年長の人(二十代後半位だったか)が若い人たちを指導している。彼女の話では、踊り手の中心は高校生とのことである。そんな若い人たちが真面目に一所懸命練習している。それも、すごく楽しそうにやっているのだ。練習は真剣だが、一曲が終わっての休憩になると皆笑顔なのである。年長者が冗談を言い、皆がケラケラ笑う。たくさんの若者が沖縄の伝統を楽しんでいる。

  当時、私の周りの友人たちのほとんどは、島のモノ(泡盛も民謡も)を蔑み、あるいは嫌い、沖縄モンは下等、内地(倭国)モン、アメリカモンは上等という気分であったので、民謡を聴いたり、伝統芸能に興味を持つものは少なかった。だから、コザで、伝統芸能を楽しむたくさんの若者を見た時、私は全身の毛が立つほどに感動したのであった。
 唐の世から大和の世、大和の世からアメリカ世、アメリカ世からまた大和の世と、幾たびも政治環境が変わり、社会の仕組みも変わってきた沖縄ではあるが、沖縄の心は逞しく、なかなか廃れるもんではないのだと、その時感じた。平素はロックやフォークやポップスを唄い、ディスコで腰をクネクネさせていても、その心の中には伝統の沖縄がしっかりと残って、これからも続くのであると、私は感じたのであった。
     

 記:ガジ丸 2005.8.10 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行


シチグヮチソーグヮチ

2010年12月18日 | 沖縄04行事祭り・生活風習・言葉

 シチグヮチソーグヮチは、漢字で書くと七月正月。七月に行われる正月のような大きな行事という意味で、お盆のことを指している。・・・と私はずっと思っていた。
 『沖縄大百科事典』によると、お盆のことは単にシチグヮチというとのこと。ウチナーグチ(沖縄口)の権威者と私が尊敬している上原直彦氏のサイトを見て、そうであることを確認した。倭国でも盆正月と言うように、「お盆と正月はどちらも大きな年中行事である」という意味で、沖縄でもシチグヮチソーグヮチ(七月正月)というようだ。

  で、単にお盆のことを沖縄諸島ではシチグヮチ(※1)という。これはお盆の別称というわけでは無く、旧暦7月13日から15日にかけての行事そのものを指している。今では旧盆などと呼んだりするが、元々はお盆という言葉は無かったようだ。
 もちろん、古い風習が多く残る沖縄のことなので、ここで言う七月は旧暦七月のこと。倭国でも元は旧暦で生活していたので、お盆は旧暦七月であったのだが、今では新暦の七月、あるいは、概ね一ヶ月遅れになる旧暦の七月に合わせた新暦の八月に行う地域が多いようである。沖縄でも正月は、最近ではほとんど新暦での行事となってい るが、お盆は、沖縄のほとんどの地域で今なお旧暦で行われている。旧暦は月の運行による暦なので、旧暦の15日は概ね月齢も15日、つまり満月となる。盆の夜は満月が似合う。
 七夕の日(旧暦7月7日)に墓掃除をし、お茶と線香をささげ、ご先祖に対し「13日には来てくださいね。」などといった挨拶をする。13日にウンケー(御迎え)し、15日の深夜か、16日未明にウークイ(御送り)をする。先祖がグソー(後生)に帰るのを名残惜しむ気持ちを表すために、ウークイはできるだけ遅い方が良いとされ、15日から日付が変わる午前0時過ぎのウークイとなったりするわけなのである。

 沖縄の盆行事については、多くのサイトでいろいろ紹介されているみたいなので、ガジ丸はここまで。我が家のお盆料理などについては、来週写真を撮ってから紹介します。
 お盆に行われる伝統芸能がある。青森のねぶたなどもそういうものであるらしいが、沖縄で行われる伝統芸能は私の好きなもの、エイサー。これは別項で述べます。
     
     

 ※1:沖縄諸島とは沖縄本島とその近辺の島々のことで、同様に奄美諸島、宮古諸島、八重山諸島などもそれらの近辺の島々を含む。盆行事については、沖縄諸島ではシチグヮチ、宮古諸島ではストゥガツと七月を表す呼び名で、八重山諸島では精霊といった意味の言葉であるソーロンとかソーリンとなり、奄美諸島ではブンマツリ(盆祭り)と呼ばれているとのこと。呼び方は違っても、行事内容は概ね同じ。

 記:ガジ丸 2005.8.10 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行